第8話 虹色の翼
エッジストリーム、それは剣の奔流であり四方八方から斬撃による三次元的な攻撃がメテオライトに襲いかかる。
「あの切先をなんとか振り切れませんか!?」
『残念ながらそれは難しいですね、あの剣はこの機体よりも軽いので』
カナタはどういう原理なのかは分からないが、あの剣の奔流の厄介な部分は回避のしづらさ以上に速さと軽さがあると認識していた。
軽いからこそ縦横無尽に動き回り、軽いからこそ高速で動き回る機体にも追いついてきて四方八方から回避不可能な攻撃を仕掛けてくる。
しかし、あの剣の奔流にも弱点がある。それはあの機体には本体があるという事だ。
「メテオライト、あの剣……ソードファミリアより先にスカイブレイカーを落とすぞ!!」
『マスター、ソードファミリアというのはあの剣の群れの事ですか?』
「名前つけないとめんどくさいだろ?」
『ソードファミリア、剣の使い魔ですか。悪くないネーミングです』
「ソードファミリア、カッコいいですね!」
「はいはい、そうですか!」
なんだかメテオライトとセイティアにバカにされた気分になるカナタだが、メテオライトはカナタの意見を汲み取りスカイブレイカーの追跡を開始する。
「ぐっ……うぅ……!!」
メテオライトの加速はカナタとセイティアを追い詰めていくが、カナタは冷静にハンドブラスターの照準を定める。
メテオライトは機体の制御にリソースを割いているため、照準はカナタが定めないとならない。
「そこだ……っ!!」
ハンドブラスターの光弾がスカイブレイカーに襲いかかる、だがその光弾は弾かれ消失してしまう。
そのハンドブラスターの光弾はソードファミリアが遮断してしまったのだ。
「あれ、盾にもなんのかよ!?」
『なるほど、攻防一体の剣ですか。厄介ですね』
そして、ソードファミリアが光弾を弾き飛ばすと再びメテオライトに向かって襲いかかる。
「クソッ!! クソッ!!」
カナタは再びかかるブースターのGに押し潰されそうになりながらもハンドブラスターからエネルギー光弾を連射する。
ソードファミリアがエネルギー光弾を遮断していく、直撃しないものには反応してくれない。
エネルギーを遮断したソードファミリアは別方向からメテオライトに突き刺さろうとする。
ならば、バルカン砲でソードファミリアを足止めして……と考えたが、バルカン砲の威力ではソードファミリアの足止めすら出来ない。
「どうすれば勝てるんだ……!?」
『マスター、逃げますか?』
「逃げたらフェノシア村がどうなるか分からないだろ!!」
装甲材もそろそろ限界だ、内部機構やマッスルシリンダーも露出しつつある。
恐らく次にソードファミリアは装甲が破損して露出した部分を的確に狙ってくるだろう。
そうなればフレームまで届きニューロンネットワークに申告に被害が出てしまう。
「カナタさん、魔導術を使えますか?」
「なんで急に!?」
セイティアがカナタに質問をぶつける。だがカナタはセイティアの声が真剣そのものである事に気づく。
「一応、基礎なら出来る」
「メテオライトさん、あなたは魔導術を使えますか?」
『魔導術……ふむ、確かに断片的にそのデータがあるようです。1分間、持ち堪える事ができますか?』
「1分間……やれって言われたらやるしかないだろ!!」
『では、1分間マニュアルで持ち堪えてください』
メテオライトの全ての操縦がカナタに託された。
ソードファミリアが突撃してくるが、カナタはブーストを吹かしつつそれを回避し、ハンドブラスターを発射して動きを封じる。
「エレメントドライブソード、エネルギー収束!」
エレメントドライブソードは本来、対象に分子レベルを合わせてあらゆる物質を切り裂く好きだが表層にエネルギーを纏わせ純粋な破壊力を得る事も可能だ。
「動きを止めたか、なるほど」
スカイブレイカーのパイロット、クオンはエレメントドライブソードでソードファミリアを迎撃する心算なのだろうと判断した。
戦ってみて改めてクオンは体感したが、このカナタという少年はアーマードゴーレム同士の戦いに慣れていない。
射撃も素人、近接戦は勢い任せ、折角の機動力も期待に振り回されるどころかゴーレム任せだ。
「では、トドメを刺させてもらおう!」
カナタは四方八方からソードファミリアが飛んできたタイミングで、エレメントドライブソードに纏わせたエネルギーを周囲に放出した。
「何っ!?」
クオンは思わず驚嘆の声を上げる、メテオライトが棒立ちだったからではない。
エレメントドライブソードから放たれたエネルギーはスカイストリームのエネルギーであり、そのエネルギー量はスカイブレイカーのブリガンティと呼ばれていた巨大な鎧のバリアに匹敵するものだ。
「ソードファミリアに……やられてない!?」
死を覚悟していたセイティアは自身の無事である事を喜んでいる。
『エレメントドライブソードのエネルギーを放出した事で疑似的なバリアになるわけですね』
「ああ、でもそれだけじゃない」
ソードファミリアの動きが弱々しくなり、ポロポロとソラの底へと落ちていく。
「恐らくあのソードファミリアはパイロットの思考を媒介とした霊応通信のリンクで動いていると推察出来た。エレメントドライブソードのスカイストリームの力場は霊応通信を阻害する。なら機能不全に陥るのは必然だろ」
「ほう……!!」
クオンはカナタの咄嗟の判断、土壇場での肝の座った行動に驚嘆する。
動きそのものは素人同然、Sランクゴーレムの性能も全く活かしきれていない。
だが先ほどから埋めようのない明確な実力差がありながらも困難な状況を突破し、こうして自分を追い詰めている。
「だがソードファミリアを落としたところで、まだこちらには手は残されている」
エネルギーコートソード、飛び道具にも剣にもなる万能武器である。
その名の通り、スカイストリームのエネルギーを剣の表面に纏わせ破壊力を増大させる。
エレメントドライブソードとは違い、エネルギーコートソードは純粋に戦闘用に調整されておりスカイストリームのエネルギーを収束し敵に向かって撃つことが可能だ。
また、スカイストリームをエネルギーコードソードの内部機構で高圧圧縮しておりそれを纏わせ破壊力を増大させる。
「ヒートソード? いいや、違う……」
『あの剣そのものから高エネルギー反応を感知しました。ご注意を』
ビュオンッ!!
エネルギーコートソードからエネルギーが放出される。
「うわっ!?」
剣先から放たれたエネルギーはメテオライトの装甲を掠め、複合合金を編み込んだそれをドロりと溶岩のように溶かしてしまう。
『なるほど、これは直撃は避けたいですね』
「避けたいですね、じゃなくて絶対避けなきゃ——」
ビュオンッ!! と、エネルギーを発射する例の音が再び聞こえる。
メテオライトは咄嗟に回避運動を取り、腕などのパーツへの直撃を避けるが——
『ジリ貧ですね、このままでは勝てません』
「勝てませんじゃなくてだな……!!」
『ですが“このまま”ではなくなったので、勝てるかもしれません』
メテオライトの音声は内蔵音源を組み合わせた合成音声であり、機能自体は抑揚など必要最低限の調整であり人間のように感情表現豊かに話すことは出来ない。
しかし、この時ばかりはメテオライトの声は得意気に感じられた。
『魔導術式、構築完了しました。マスター、セイティアさんいつでもどうぞ』
カナタはイマイチ要領を得ていない、そもそもコクピット内で魔導術なんか使ったらコクピット内が大変なことになるだけだ。
「本当に大丈夫なのか? そもそも魔導術といっても俺は素養が無いから簡単なものしか使えないんだけど」
『コクピット内の魔導術は全てエンジン内部に吸収されます、それに魔導術のコントロールはセイティアさんがやってくれます。そうなのでしょう?』
「その通りですッ!!」
セイティアは自信満々に胸を張る。
しかしカナタは思う、記憶喪失でも魔導術って扱えるのだろうか? と……。
「カナタさん、私を信じてください。何となく、これが一番上手くいく方法だと思うんです!!」
『マスターは思いきり魔導力を振り絞るだけで構いません、操縦に集中してもらえればそれで勝てます』
「……分かったよ! 魔導術が暴走して墜落したら恨むからな!!」
カナタは出せる限りの風を操る魔導術を展開し、コクピット内が一瞬カナタの魔導力に吸収されていく。
風が吹き荒れるわけでもなく、清涼感があるわけでもない。ただ、カナタの出すエレメントで満たされていく。
「これが、カナタさんのエレメント……」
「ほ、本当に魔導術が吸収されていくんだな。俺の体内エレメントだけが残ってる感じ……なんか変な感じだ」
魔導術の行使には世界や生き物を構成する原初素子『エレメント』と大気中に存在する『スカイストリーム』を結合させる事で効果を生み出す。
例えばアスガルの武装『ハイパーヒートブレイド』やメテオライトの『エレメントドライブソード』は自然界に存在するエレメントとスカイストリームを結合させる事で初めて効果を発揮する武装である。
『マスターのエレメントを確認しました。魔導術式のリアルタイム行使が可能です』
「魔導術式のリアルタイム行使って、本当に出来るのかよ!?」
『可能です、現代のアーマードゴーレムとはエンジンが違いますので』
古代のアーマードゴーレムは魔導術を使うことが出来たなんて伝説をカナタもガンテツから聞かされた事があるが、そのガンテツも冗談半分で笑っていたので御伽噺なのだとカナタもずっと思っていた。
アーマードゴーレムは確かに人格を持つが、自律稼働出来るマシンなどほとんど無い。
そもそもアーマードゴーレムはエレメントを有さない、魔導術を行使出来るのは膨大なエレメントを有する人間の専売特許だ。
だが、メテオライトは自分で勝手に回避行動を取ったり中のパイロットを無視した無茶苦茶なマニューバでカナタを驚かせてきた。
空から降ってきた未知のアーマードゴーレムと、そのアーマードゴーレムの中にいた謎に満ちた女の子。
「信じるぞ、メテオライト、セイティア……!!」
「行きます!!」
クオンは相対するメテオライトの様子を凝視し、口角を上げ、エネルギーコートソードからエネルギーを放出する。
クオンは「これで落ちはしないだろう」という確信があった。
もしもあのマシンがこのスカイブレイカーと『同じ』なのであれば、まだ隠された機能があるはず。
「無駄です……!! 通りません!!」
メテオライトの全身から鋼すら斬り裂く刃のような風圧の風が吹き荒れる。
その刃の風はメテオライトの複合合金の装甲すら一撃で溶かすほどのエネルギー波を水のように弾き飛ばした。
「メテオライトと言ったか、やはり魔導術を使うか……!!」
自身が追い詰められているにも関わらず、クオンは悦びに打ち震えている。
カナタはそんなクオンの様子など構わず、今ののの状態に驚いてばかりである。
「すげぇ、何が起こってるんだ……!?」
『マスターのエレメントを私のニューロンネットワークリンクさせ、リンクしたエレメントと大気中スカイストリームを結合させ、風の魔導術式を行使したのです。今のは風の防御式魔導術をセイティアさんが行使した結果、スカイブレイカーのエネルギー波を無効化したと思われます』
「これなら行けます、まだエレメントを込められますか!?」
正直、カナタは先程の風の魔導術を込めただけで体力を奪われたがあのスカイブレイカーを撃退するには踏ん張るしかない。
ならば、強がりだろうとハッタリだろうと魔導術を撃ち続けるまでだ。
「3〜4発ならイケる!!」
『いえ、大きいのは後1発くらいにしましょう。マスター、こちらから機体の維持用にマスターのエレメントをいただきます』
「機体の維持?」
『機体のリミッターを解除します、スペック上許される限界稼働でクオンというパイロットを驚かせるのです』
カナタは修理士の経験上、限界稼働という言葉には嫌な思い出しかない。
内部パーツはズタボロになり、大半のパーツを交換する羽目になる。
ガンテツの命令で二徹させられた事だってある、そのくらいアーマードゴーレムの限界稼働というモノにはロクな事がない。
「メテオライト、お前用の換えのパーツは無いぞ」
『装甲は自己修復可能、エンジンとフレーム以外はスタンダードなパーツで構いません』
「なら、リミッターを解除してくれ。俺は何をすれば良い?」
『マスターのバイタルデータを取得済みなので、同意するだけで構いません。機体の維持にマスターのエレメントを分けて貰うだけです。同意しますか?』
「俺が死なない程度に持ってけ!!」
『了解、リミットブレイクします』
メテオライトの『リミットブレイク』の宣言と同時に機体背部の排熱口から様々な色が混ざり合いあらゆる色が折り重なった透明な翼に見えるエネルギーが放出された。
「ぐ、うぅ……!!」
カナタは激しい疲労や倦怠感、痛みに襲われる。
メテオライトの言うリミットブレイクとは、機体だけではない。パイロットの肉体的限界の突破も意味していたのか……カナタは少しだけ後悔したが、それでもメテオライトのパフォーマンスが一時的にでも上がるのであれば勝機はある。
『リミットブレイク解除までおよそ3分、それまでに決められますか?』
「余裕!!」
カナタは強がりを言ってみた。
本当は身体から色んなものが出てきそうなくらい辛い。
「虹色の翼……ああ見えるものなのか」
クオンは感傷や感慨にふけるような面持ちでそう呟くと、パイロットシートのすぐ後ろに気配を感じ、もう来たのかと微笑む。
すると、クオンの後ろの少女は舌足らずな声でクオンを静かに叱責した。
「クオン、また一人で出撃した。ダメって言ったのに」
「プリンセス、君が怪我をすると私の心が痛む」
「私が怪我するよりクオンが怪我する方がずっと嫌」
「フッ……お互い様という事だな」
クオンが笑みを浮かべると、信じられない速度でメテオライトが距離を詰める。
事前動作も見えず、音もなく、ただただスカイブレイカーを破壊するために至近距離まで接近していた。
だが——
「動きが単調すぎる、速度を変えただけではこのスカイブレイカーを破壊するのは不可能だ」
絶え間ない連続攻撃、風の刃を纏い破壊力を増幅させたメテオライトの斬撃や射撃は悉くクオンの乗るスカイブレイカーに捌かれる。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉッッ!!」
カナタが全身の痛みを掻き消すかのように雄叫びを上げ、連続攻撃を叩き込むとメテオライトを苦しめたエネルギーコートソードの耐久値を越えそれは真っ二つに割れた。
「流石に限界か……エミリ、頼む」
スカイブレイカーのコクピット内が一瞬虹色に輝きだす。
プリンセスと呼ばれる少女の名はエミリ、クオンは彼女の幼い容貌と花のような美しさを併せ持つ少女を「まるで御伽噺のお姫様のようだ」と思いプリンセスというニックネームをつけたのだ。
だがエミリはこのプリンセスというニックネームを気に入っており、本当にお姫様のように大事にしてくれるクオンを好いている。
「これで……終わりだああぁぁぁぁぁぁッッ!!」
カナタは炎の魔導術式を展開し、セイティアは炎を感じとりエレメントドライブソードに炎を纏わせる。
エレメントドライブソードから太陽フレアの如く荒々しい炎が巻き上がり炎そのものによる刀身を成す。
エレメントドライブソードの融点は炎を纏わせたのと同時にその炎の熱を遥かに越える値となり剣そのものの強度が上がる。
だが、エレメントドライブソード自体の切れ味などに意味はない。
炎の斬撃、それがメテオライトの現時点での最強の技だ。
「無駄、それは通じない」
エミリがはっきりとそれを言葉にすると、スカイブレイカーの機体が「黒い何か」に覆われていた。
炎を纏ったエレメントドライブソードの斬撃を受けても黒い何かはドロドロとマグマのように溶けるだけで機体には攻撃が届いていない。
「ゲームセットだ、カナタ少年。もはやまともな攻撃を繰り出せまい」
「くっ……!!」
スカイブレイカーを覆った黒い何かは粒子状の鉱石か、とカナタは思った。
サイファーが装備していたストリームブレイドは他国のアーマードゴーレムも採用している武器だ、それの防御用兵装として応用されていても不思議ではない。
あれだけの炎を浴びて鉱石はドロドロと溶けただけとなると、相当な武装だ。
「だが、こちらも本来予定にない魔導術式を繰り出させられたのだ。事実上こちらの敗北として、部隊を撤収させてもらう」
「魔導術式だと!?」
「Sランクのアーマードゴーレムはその機体だけではない、という事だ」
ソラの世界の半分を牛耳る強大な帝国のことだ、Sランクのゴーレムを有していても不思議はないが……まさか、メテオライトの同じタイプの機体を有していようとは。
「待て!! メテオライトを、この機体を知ってるのか!?」
「それを知りたければ、私の元へ来ることだ」
クオンはそう告げると、メテオライトへとテキストメッセージを送りつけてきた。
どうやらクオン・リードブラムのプライベート通信アドレスらしい。
「では、また会おう……カナタ少年」
クオンの駆るスカイブレイカーは後退していく。カナタはただ黙ってそれを見送るしか出来なかった。
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