第9話 ガレージに幼馴染と二人
ウィルゲイズ工房のガレージにはマリナデールのボックル(主に作業用)の修理に頭を悩ませているガンテツやカナタの姿が見えるが、今日の光景はいつもと違っていた。
ウィルゲイズ工房の跡取り息子のカナタがボロボロになったメテオライトを修復している。
メテオライトが以前言っていた通り、内部機構を覆うための複合繊維合金は自己修復機能により大部分が元通りになっていたが問題は装甲に護られるはずの内部機構である。
『ふむ、想定していたよりも損傷が激しいようですね』
ルキアルド帝国軍特殊任務実行部隊隊長、クオン・リードブラム少佐が駆るスカイブレイカーとの戦闘は激しいもの……と言葉にすれば簡単になってしまうが、あまりに激しいものだった。
あまりに激しい戦いだったため、横になって寝ていたいものだがこれでカナタ自身の——いや、カナタ達の戦いが終わるわけではない。
またきっと戦いに巻き込まれるのだから、いつでも戦えるように準備しておきたい。
「幸い、フィンレイ少尉が鹵獲したアスガルのパーツは9割が生きてる。こいつを流用すれば落ちてきた時よりはマシな性能になるはずだ」
『アーマードゴーレムはパーツを自由に組み合わせる事が出来ますから、まともに動けるパーツであれば問題ありません』
「といってもボックルなんかのパーツは流石にな」
メテオライトほどの性能のフレームとエンジンにボックルのパーツを使うのはスプリンターに足枷をつけるようなものだ。
性能を引き出すのであればせめてハイエンドな量産機のパーツが相応しい。
全てアスガルのパーツに統一してもただのアスガルになってしまうのでそれは避けるが。
『アスガルのパーツだけではなく、私が大破させてしまったサイファーのパーツも流用するのですね。それは思い入れによるものですか?』
「思い入れもあるけどな、アスガルは機動性よりもパワーと重装甲がウリのアーマードゴーレムだろ? メテオライトは奇襲とか高機動戦に向いた機体だから、スピード特化のサイファーのパーツの方が相性が良いんだ」
アスガルのパワーとサイファーのスピード、良いとこどりのマシンになれば良いが大半は中途半端なチューンになってしまう。
だがカナタはプロの修理士だ、だからこそメテオライトを最高のマシンに仕上げてやる必要がある。
幸い、アスガルにサイファーという高性能な機体が手元にあるのだからそれが出来る環境にあるはずだ。
「とはいえ……最大の問題は俺にありそうだけどな」
『問題、というと?』
「アーマードゴーレムにとって最も重要なパーツ、つまりパイロットの俺だ」
『ふむ? それはどういう意味でしょうか?』
「まず第一にパイロットとしての技能、第二にメテオライトの性能を最大限に引き出すための魔導術……その素養が俺にはない」
要するに、メテオライトの性能を引き出すために大事な要素がまるで死んでいるのだ。
カナタはロクに戦闘経験のないフェノシア村の兵士に毛が生えた程度の操縦技量、そしてハイスクールでは魔導術の成績は下から数えた方が早い方だ。
「だったら、魔導術としての研鑽を積めば良いだけの話じゃない?」
ハーフパンツに半袖のTシャツ、髪を束ねず無造作に下ろしているカナタが「風呂上がりルック」と呼んでいる格好でガレージにリココ・アンアップルが現れた。
正直、長いこと一緒に生活しているが……いや、ここ数年でそうなったがリココのこの風呂上がりルックは正直言ってカナタは目のやり場に困るようになった。
確かにリココは本人が悩んでいる通り胸は薄いし顔は幼いかもしれないが、村で一番の美少女といっても差し支えないほどの器量だ。
だからこそ、そんなラフな格好でいられるとカナタは年相応に女子が気になる年頃なのでいてもたってもいられなくなってしまうわけだ。
だが、そんな事よりも今はラフな……いや、二重の意味で無防備な格好でガレージに足を踏み入れたリココを注意しなければとカナタは思考を切り替える。
「リココ、そんな格好でガレージに入るなんて危ないって言ってるだろ!」
ガレージには工具やら交換用パーツやら可燃性のオイルやらが散乱しており、下手をすれば流血沙汰になりかねない。
こういった作業現場において最悪の出来事が人身事故なのでヘルメットをして立ち入るというのがこのガレージのルールである。
以前村長がメテオライトを覗きに来た時も一応はヘルメットを身につけていたが、その時もリココは魔導術師としての服装のままだった。
「別に長居するつもりはないわ。お風呂終わったからとっとと入りなさいって言いに来ただけよ」
「あ、もうそんな時間なのか……」
ガンテツも時期主力量産機計画の話し合いで首都に招かれており不在で、客もいないのですっかり時間の感覚がなくなってしまっていた。
夕方に晩飯を食べ終えてから無我夢中で作業を続け、長風呂のリココが1時間半ほど風呂に入っていたのだからおよそ3時間ほどメテオライトの調整を続けていたのかとカナタは自分に呆れた。
「で、カナタ。前に聞いたけど、そのメテオライトって魔導術を増幅させて攻撃や防御に転用出来るんでしょ?」
「ああ、魔導術を行使すれば尋常ではない戦闘力を発揮する事が出来る。並大抵のマシンじゃこいつには敵わないだろう」
『マスターの仰る通りです、1対1の対決であればカタログスペックで右に出るのはオリジナルのアーマードゴーレムくらいでしょう』
しかし、先日対決したスカイブレイカーこそがそのオリジナルのアーマードゴーレムでありクオン・リードブラム少佐はエース級パイロットであるため完全に格上と言える。
「でもカナタの魔導術じゃ宝の持ち腐れ、それどころかパイロットとしての技量が低過ぎて機体の性能を満足に引き出せていないのが悩み……でしょ?」
「さっきから聞いてたんだろ?」
「聞きたくなくても聞こえたわよ、あんなに大きな声で話してたんだもの」
リココは盗み聞きをしていたわけでなく、たまたま聞いてしまったらしい。
カナタは別にそんな事を咎めたりしない、リココは他人に噛み付く言動もするが悪意を持って人を傷つけたりはしない。そういうところはカナタもよく知っている。
「カナタ、これから戦い続けるんでしょ? そのメテオライトってマシンに乗って。だったら魔導術の修行はした方がいいわ」
「魔導術、ね。一応学生時代も頑張ってはいたけど、結局全然伸びなかったぞ」
カナタは根っからの負けず嫌いなので勉強も体育も努力を続けてきた、しかし魔導術だけはどうにもこうにもサッパリ伸びなかった。
魔導術の授業では様々な珍事件が起きて周囲から馬鹿にされ続けた。
簡単な風の術や火の術はカナタの努力の末に何とか会得したものであり、それらは少し練習すれば簡単にマスターできる基礎的な魔導術だ。
「学校のカリキュラムっていうのは、万人等しく同じやり方で同じような人間を育てようとしているの。カナタは魔導術のセンスが人とズレているだけ、カナタだけのやり方を見つけたらきっと上達するわ!」
「俺にあった魔導術のやり方があるっていうのか?」
「もちろん! 魔導術の行使そのものは出来るんだからきっとカナタに合った魔導術のスタイルはあるはずよ」
リココ・アンアップルという女はいつの間にか自信に満ちたオーラを身に纏い、それを絶やさずに生きてきた。
カナタはそんなリココに呆れていたが、いつの頃からかそんなリココを尊敬するようになっていた。
自分に合った生き方をして、最高の自分を実現しようとする。そんなリココはカナタにとって最高にカッコいいと思えるのだ。
——いつか飛空士になって、ソラの世界を冒険するんだ。
そんな風にいつか叶えると言っている自分とは真逆のリココは最も近くにいる、最も偉大な存在にさえ思えていた。
「リココ、俺……来週末にはフェノシア村を出る予定だ」
スカイブレイカーとの戦いの後、メテオライトを狙ってクオン・リードブラム少佐が率いる特務部隊がフェノシア村を狙う可能性がある事が理由だ。それに——
「メテオライトとセイティアがあなたの出生と何か関係があるんじゃないか……そう思ってる?」
「……何となく、だけどな」
メテオライトの消去され断片化されたデータや自身のシステムから、メテオライトは推察したらしいが誰でもメテオライトのパイロットになれるわけではないらしい。
特定の精神波形・メテオライトのニューロンネットワークの相性が良くなければパイロット登録はできない仕組みになっているそうだ。
パイロット、つまりメテオライトの適合者は数億人に一人いるかいないかというレベルらしい。
そくまで複雑なパイロット認証を行なっているという事は、あらかじめカナタのバイタルデータを取ってメテオライトを組み上げた可能性すらある。
もっとも、ただの孤児であるカナタからしたらこの仮説も信じ難いところなのだが。
「正直、アーマードゴーレムには詳しくはないけど精神波形とバイタルデータの一致なんて天文学的な確率だしこのフェノシア村に墜落なんてのもキナ臭いわよね……」
「ああ、でもそれ以上にソラの世界に行ってみたい。そこは変わらないかな」
「やっぱりそこなんだ……で、ガンテツ爺さんはなんて?」
「好きにしろ、ってさ」
ウィルゲイズ工房の主人ガンテツ・ウィルゲイズはカナタの旅立ちに対してひたすら反対していた。
その理由は不明だが、ガンテツに旅立ちの経緯を話したところ「地下に村長に譲ってもらったキャリーシップがある、それを使え」と淡々と事務的に話していた。
それと通信の最後に「生きて帰ってこい」とだけ言っていたが、優しい声色でもなく厳しい声色でもなく普段と同じような感じだ。
「へぇ、なんか意外……」
「正直俺も面食らったけど、でも不思議と腑に落ちるんだよな」
「どうして?」
「なんだろうな、時期とか宿命とかそういうのを見てたんじゃないかって」
「運命?」
ガンテツがいつも語っていた。人間は誰しも大きな宿命を背負っている、その宿命は否応なくその人間を呑み込む。
ただし、その人間は宿命に打ち勝つことが出来る。その宿命に打ち勝つために人は生きているのだ、と。
「そういえば、言ってたわね。そんなことも」
「もしもメテオライトに乗って戦う事が俺の宿命なら、俺は負けない。最後まで生き延びる、そんで……帰ってくる。だから魔導術のレッスンは1週間程度しか——」
「あら、ずっと受けられるわよ?」
「うん?」
ずっと受けられる、とはどういう事だ?
カナタはその言葉に引っかかりを覚えるが、その疑問は直後のリココの言葉で確信に変えられてしまった。
「私もね、カナタとセイティアと一緒に冒険に出るから」
「ハァ!?」
続く
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