第10話 帝国への忠誠と疑惑

 メテオライトと対を成す機体、スカイブレイカーを操る男クオン・リードブラム少佐はメテオライトを知っていた。


 自身の出生の経緯を知るにはまずメテオライトとセイティアの正体を知る必要があるだろう。クオンは以前の戦闘で直接会って話をしたいと言っていたが、恐らくはメテオライトを破壊するか鹵獲するかの算段を立てていると思われる。


 本来ならばクオン(のものと思われるプライベートアドレス)に連絡入れるのは危険なのだが、旅の目的の一つがカナタ自身とセイティアとメテオライトの出自を調べる事なのだ。


 ならばクオンの誘いに乗ってやるのが良いのではないだろうか? 何らかの手段で逃げ出せばそれで良いだろう。



「カナタ、出立前の忙しい時に済まないが頼まれごとをしてもらえるか?」



 ガンテツがいつ工房に戻ってくるか分からないので、取り敢えず工房の片付けだけでもしておこうとリココやセイティアに手伝ってもらっているのだがそこに村長がやってきた。



「何ですか?」

「実は、村にSOSが届いてな。飛空艇が撃墜されかけて船体やアーマードゴーレムを修理出来る環境を貸してほしいと頼まれたんじゃよ」

「このタイミングで……!?」



 工房のガレージがある程度片付けられている環境なのに、ここでアーマードゴーレムの修理をしろというのか!?


 綺麗に部屋を掃除した直後にゴミをぶちまけられるようなものだ、はっきり言って「このタイミングで冗談じゃない」と断ってやりたいところだ。


 だが、撃墜されかけた飛空艇から助けを求められて断れないのがカナタ・ウィルゲイズという男なのだ。



「俺、明後日にはこの村出るし魔導術の特訓だってやらなきゃならないのに」

「分かっておるが、人命が第一じゃろ」

「全くもう……軍には連絡入れましたか? 飛空艇は工房に入れられないし人力で修理は難しいので作業用ゴーレムが必須です。後、損傷が激しいゴーレムは工房に寄越してください。損傷が軽微なものは飛空挺内の施設で修理させましょう」

「何じゃ、ノリノリじゃないか」

「やるならさっさと終わらせたいんです!!」



◆◆◆◆◆◆◆



 撃墜されかけた飛空艇というのはフロンティア級、つまり飛空士用の中型艇でありスカイダイバーが5機ほど積まれていた。


 元々エンジンが不調だったところを空賊に襲撃され、何とかその空賊を巻いてここまで逃げてきたらしい。


 そこまで損傷が激しくないのでその日のうちに作業をほぼ終わらせることが出来た。


 だが、カナタには一つ気になる事があった。



「ジャック・アートウェイ艦長ってあなたですか?」

「あぁ、修理費の事かい? あまり懐に余裕が無くてだな……安くしてもらえると助かるんだが」

「まぁ、そこは要相談ってことで……本題はそこじゃなくてですね」

「ほう?」

「不時着したフロンティア級の戦艦、ありゃあところどころ民間製っぽく偽装されてるけど……あの艦、軍用艦ですね?」

「そう見えるかい?」



 ジャック艦長は不敵な笑みを浮かべる。偽装した艦である事に勘づいた事、それ自体に喜んでいるように見えた。



「それだけじゃない。艦載機だってアスガルフレームを基にした改造機! 装甲や使われているパーツで誤魔化してるけど、あんたら本当に民間人ですか!?」

「民間人さ、飛空士のライセンスも取得している。それに、そういう君のスカイダイバーもただのアーマードゴーレムではないね?」



 ジャック艦長はメテオライトを見る。


 確かにメテオライトはアーマードゴーレムに触れている者ならばその異常なまでの完成度に目を奪われるだろう。


 本来ならばSランクのアーマードゴーレムなど、飛空士ならともかく民間人が所有するべきではない。


 だがメテオライトはカナタ以外には操れないのだから売ることも出来ず、マッスルシリンダーは特注品で売り払うこともできない。



「……論点をずらさないでください。俺はあなた方がルキアルド帝国の人間なんじゃないかと疑ってるんです」

「ルキアルド帝国の人間だとしたら、どうだというのかな?」

「この村は三国自由同盟に属するマリナデール自由国の領土だ。ルキアルド帝国は自由同盟に対して宣戦布告をして戦争を仕掛けているだろう!? それに、ルキアルド帝国から特に軍事拠点もないこの村が襲われている!! あんた達には恨みはない、だけど帝国の人間は信用出来ない!!」



 カナタが啖呵を切ると、ジャックは冷静に切り返す。



「ルキアルド帝国全ての国民が、ルキアルド帝国のやり方に賛同していると……そう思うのかな? 飛空士を目指すにしては随分と狭い物の見方をするじゃないか」

「何だと!?」

「少なくとも俺は違う、ルキアルド帝国の恐怖と財源と権力で無理矢理国民を縛り上げるようなやり方は認めない。俺は今の帝国には死んでも従わない」



 がなるわけでもなく、威圧的に言うのではなく、ただ淡々とジャック艦長はカナタに宣言するかのように帝国に対する怒りを見せる。


 カナタはこのジャック・アートウェイという男が嘘をついているようには見えない。だが——


 

「……修理が終わったら、すぐにフェノシア村を出て行ってください。俺はこの村を戦場にはしたくないので」



 この男が信用できるか否かは別として、ルキアルド帝国に対して反抗活動を行なっているのなら厄介な火種になるに違いない。


 そんな連中はこの平和なフェノシア村には似合わない。



「ならば、君もこの村を出ると良い。そのマシンはこの村を戦場にするぞ」

「ジャック艦長、アンタこのマシンを知っているんですか?」

「そのマシンの鹵獲が今の特務部隊、クオンの任務だったはずだな」

「クオン・リードブラム……!!」



 ジャック艦長は淡々と語る、カナタはこの男がルキアルド帝国軍の人間である事に確信する。


 しかし、ジャック艦長はカナタがクオンを知っている事に対して意外そうな顔をする。



「知っているのか」

「知っているもなにも、フェノシアに攻撃を仕掛けたのはその男だ! 何やらメテオライトを知っているらしいが、あいつは何者なんだ!? というか、なんでアンタもこのマシンを——」



 カナタがジャック艦長に詰め寄ろうとしたその時、それまで沈黙していたメテオライトが起動してカメラを光らせ耳が引きちぎれるのではないかという程の警告音を発する。



『マスター、スカイダイバー20機及びバトルシップ級艦船と思われる熱源体反応を確認しました。恐らくはルキアルド帝国軍のものだと思われます』

「クオン・リードブラム……!! 痺れを切らしたか!!」

「いいや、クオンの勢力とは限らんぞ。いきなり大部隊を展開して正面から攻め込むような男じゃない」



 ジャック艦長がそれを指摘するがカナタは無視して壁についているレバーを引き、ガレージの天井をスライド展開させる。


 これは工房からアーマードゴーレムを緊急発進させるための装置であり、ガンテツがいざという時のために改造を施して付け足した機能である。


 まさかこれが役に立つ時が来るとは思っていなかったが、常に万が一に備えるというガンテツの考えはガンテツ曰く年に一度くらいは役に立つらしい。



「少年、メテオライトと女の子が落ちてきただろう? その子を連れなくて大丈夫か? どうせここにはまともに帝国とやり合える機体なんて無いんだろう?」

「言われなくても……ッ!!」



 後から試して分かったことだが、セイティアがメテオライトのコクピット内にいなければメテオライトに魔導術を使わせることが出来ないらしい。


 恐らくセイティアはフェノシア村の空がよく見える見晴らしのいい丘にでもいるだろう。


 元々私物の少ないセイティアは引越しの準備にあまり時間がかからないし、リココが言うには出発のための買い物ももう終わらせているそうだ。

 


「ジャック艦長、怪我したくないなら下がってろ!」

「はいはい」



 ジャック艦長はカナタの言う通りガレージから出て安全圏まで下がると、カナタはそれを確認してメテオライトを発進させる。



「メテオライト、生命センサーを使ってセイティアを探してくれ」

『了解、良ければマスターも自分の目でセイティアさんを探してもらえれば助かります』

「人間の五感がアーマードゴーレムのセンサー感度に敵うか」



◆◆◆◆◆◆◆



 クロウ・フィンレイ少尉は自分が捕虜にした、という事で捕虜にしたアスガルのパイロットの面倒を見ることを命令されている。


 フェノシアの駐屯地ははっきり言って仕事が少ないのでそれは構わないのだが、一向に情報を吐こうとしない。


 捕虜から軍内部の情報を引き出す事もクロウの仕事なので、その辺りの仕事が捗らないとどうにもならない。


 一応三国自由同盟では捕虜に対する拷問などは禁じられているため、今日もクロウは捕虜にしたパイロットを尋問室であれこれ言葉で恫喝することもなく問い詰めている。



「こちらもあまり手荒な真似はしたくないんだが、そろそろ口を開いてくれないか?」

「したくないのではなく、出来ないのではないか? まぁ、何をされても敬愛する陛下のためなら口を割りはしないがな」

「まぁ、お前が頑固なのは1週間付き合わされて分かりきってるんだが……そろそろアプローチを変えようと思ってな」

「は?」



 クロウは魔導術のエキスパートであるリココに相談したところ、丁度いい術があるというのでリココに来てもらったのだ。



「魔導術研究者のリココ・アンアップル博士だ」



 クロウが尋問室の扉を開き、リココを招き入れる。



「なんだ、ただのお子様じゃないか! そんな子供に俺が屈するとでも思っているのか!?」

「胸を見てそう判断するのはダメだぞ、リココ博士は今年でもう16だ」

「誰が胸の話をしろと言った」



 リココがクロウを軽く睨むと、兵士は慌てて首を横に振る。


 胸の薄い女子の地雷を踏むのは絶対にいけない、何をされるか分かったものじゃない。


 まだこの兵士が学生の頃、クラスメイトの女子に男と変わらねーじゃん! などと煽ったら気を失うまで殴られ続けたトラウマがある。


 

「それでリココ博士、尋問に使える魔導術というのは?」

「まぁ、試してみれば分かります」

「事前の説明なしかよ!?」

「そちらが情報を流さないのだからこちらが情報を流す義理は無いでしょう?」



 リココは理不尽を訴える兵士に冷静に返す。


 兵士は「ぐぬぬ」と何も言い返すことも出来ず、歯を強く噛んだ。



「では博士、お願いします」

「魔導術式展開、術式対象を確認……術式発動!!」

「な、なんだ……!?」



 兵士を取り囲むように黒い人型の霞がかったものが具現化されていく。


 魔導術でも何かを具現化させるタイプの魔導術は非常に高度であり、本来は複数人がかりで術式を構築するのだがリココはあっさりとそれをやれてしまう。



「苦痛は与えないわ、逆に貴方には快楽を与えてあげる」

「な、何ぃ?」

「痛みや苦しみには耐えられるでしょうけど、人間って快楽に耐えられるようには出来ていないのよ」



 兵士は困惑しながらもリココが具現化させた黒い霞を睨みつける。



「一応言っておくけど、そいつらは私の操り人形だから睨みつけても意味なんかないわよ」

「フンッ! しかし快楽……か。快楽なら何も耐える必要などないな」

「それはどうかしら?」

「何?」



 黒い霞は兵士の首筋をツーっと這うようになぞる。



「うおぉっ!?」

「そいつらモヤモヤしてるけど、人体に触れる時ははっきりとマテリアライズ……つまり固体化するのよ」

「なんだと? やはり拷問をする気か!!」

「だから苦痛は与えないって、条約違反なんでしょ?」



 黒い霞は兵士の体をあちこちとなぞりはじめる。



「ヒッ……ヒヒッ!!」



 兵士は思わず笑い声をあげる。


 普段触れられない部分を触られるため、触覚が敏感になっているのだろう。


 黒い霞は身体に触れる、身体をなぞる、身体を舐める(霞の舌に当たる部分を舌そっくりにマテリアライズする)など段階的に快楽を与える行為をエスカレートさせていく。



「さて、聞こうか? まず貴様の名前と所属部隊を答えてもらおう」

「ヒヒッ!! ヒャハッ! こんなもの、拷問のうちに入らな……ヒャハハッ!!」

「仕方ないな、博士。次の段階へ」

「良いのかしら、とんでもない醜態を晒す事になるわ」

「む、無駄だ! ヒイィ〜〜〜!! 誇り高きルキアルド帝国の兵士がこの程度のくすぐりでは……」

「……状況が理解出来ていないみたいね」



 リココは黙って術式を改変していく。


 クロウは何かを察し、表情を引き攣らせる。


 

「博士、逃げ出したいんだが……」

「これから尋問を実行する私が一番逃げ出したいんだから我慢してください」

「な、なんだ!? 何故服を脱がせる!!」



 黒い霞は兵士を押さえつけ、衣服のボタンやベルトを外していく。



「その魔導術はゴーレムのように人格を持ち、学習する。先程までのくすぐりはどこが弱いのか、どこが喜ぶのかを調べるための下準備なの。そして今、リミッターを外したから」

「リミッターを外せば、どうなるというんだ!?」



 兵士は食い入るように質問をぶつける。


 何か自分の身に良からぬ事が起きるのは分かっている、だが聞かずにはいられなかった。



「安心して、身体に傷はつかないわ。ただ……人としての尊厳は奪われると思った方がいいわ」

「では、改めて問うが……貴様の名前と所属部隊は?」

「し、死んでも口を割らない……陛下の不利益になるような行動はしないと誓ったのだ!!」



 クロウは「敵兵に命乞いをしておいて何を今更」と呆れるようにため息をつくが、黒い霞は早速兵士の身体に聞き始めた。



「ヒイィ……ひゃあああぁぁぁぁぁっ!?」



 兵士は悲鳴のような、歓喜の声のような声を上げ始める。



「なんというか、後で掃除が大変そうだな」

「ちなみにこの尋問方法ですけど、二段構えになっていまして」

「えっ何、怖……」

「最後まで完遂した場合、尋問対象の方からこの尋問を求め始めるそうです」

「……聞きたくなかった」



 ちなみに、クロウ・フィンレイ少尉は後に述懐しているがこの尋問を終えた後、尋問部屋の掃除が大変だったらしい。

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虹翼のスカイダイバー 一ノ清永遠 @sat0522

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