虹翼のスカイダイバー
一ノ清永遠
第1話 流星が堕ちた日(前編)
フェノシア村の外れの海岸から釣り糸を垂らす、釣り餌は小エビで子供の小遣いでもお釣りが貰える程度に安い。
上手くいけばその小エビが今日の晩飯にはなるのだから暇潰しにもなるし、実用的な時間の使い方と言えるだろう。
もっとも、その小エビを釣り針に刺して釣り糸を垂らしたカナタ・ウィルゲイズはこんな風に時間を使う事を疑問に感じているわけだが。
カナタの隣で釣り糸を垂らすグラム・ビッツバークは溜息をつきながら糸を垂らす隣人に苦言を呈す。
「やめろよ、釣りしてる時に溜息つくの」
「今週に入ってこうして釣り糸垂らすの、何回目だ?」
「ひぃ、ふぅ……4回目だな。結構なことじゃないか、釣り糸垂らせるのは平和な証拠だぜ」
グラムは指折りで釣り糸を垂らした回数を数える。
グラムはこうして岩に座り、握り飯でも食いながら釣り糸を垂らすのが好きだ。
変わらないようで変わる景色、いつ魚がヒットするか分からない、ヒットしたらテンションが上がる、それが好きなのだ。
カナタも別に釣りが嫌いなわけではない、小さな頃から自分を育てたガンテツから釣りを教わってからは時折こうして釣り糸を垂らしている。
「この海の先には何がある?」
「そりゃあ、ソラが広がってる。無限の雲海だ、雲だらけの世界だよ」
「雲海の下には何があるか分からない、天空にも何があるか分からない、帝国が世界統一を掲げて侵略を宣言したってのに俺たちは釣りをしてる」
「そりゃあラッキーな事だ」
「ウチの稼業、知ってるだろ?」
「ゴーレムの修理工場だろ? ウィルゲイズ工房、腕前はフェノシアでイチバンの」
「戦争が始まってるってのに、修理依頼が全然増えない」
だからウィルゲイズ工房の看板息子のカナタは暇でこうして釣りをしているわけなのだが。
普段は工事現場用ゴーレムやら、警備様ゴーレムの修理やら、パーツの交換なんかをしている。
一応そこそこの収益はあるようだが、悠長な事を言ってられる状況でもないのにカナタの「主大陸に移転すべきだ」の声を「その必要はない」とガンテツに突っぱねられ続けているのだ。
「このフェノシアにいたらいつか干涸びるんじゃないかと思うよ」
「ウィルゲイズ工房が潰れたらウチの農家を手伝ってもらうとするさ!」
グラム・ビッツバークの実家は立派な農園を持っており、頭数はあまり多くないが牛も育てている。
ビッツバーク農園の牛乳は人気で濃厚なバターは特に絶品だ。
「嫌だね。そんな事より俺はサイ——」
「サイファーと飛空艇でソラに出る!! だろ?」
「……先に言うなよ」
カナタはフェノシアの外に憧れている。
このフェノシアの村は傷ついた者やソラの旅で脱落した者が流れ着く事も少なくないため、旅の思い出なんかを聞かされる事もあった。
だがカナタはフェノシアから外に出た事がない。
親のガンテツがカナタを頑としてフェノシアの外に出したがらないのだ。
理由を聞いても「お前にはまだ早い」「子供に外の世界は危険だ」という頭ごなしの否定ばかりで話にならないのだ。
「もうジュニアハイを卒業して2年も経つ。俺、じきに17歳だぞ!? なのに、外にも出られない、機械も弄れない、こんなんじゃ身も心も腐っちまう!!」
「そうだな、新陳代謝が欲しいよなぁ……何が面白い事件でも起きないものかと空想したりはするけどな」
ピタリとも動かない釣竿に二人は思いを馳せる。
信じられないほど凪いでいる海、魚が1匹もいないなんて事はないがこういう時は釣れないものだ。
「スポット変えるか? このままじゃ晩飯が残念な事になる」
「1匹も釣れなかった場合の晩飯、どうなる予定だ?」
「揚げ出し豆腐のステーキ」
「それはそれで素敵だな、ステーキだけに」
「ダジャレのセンスが若人のそれじゃないだろ、まぁ……爺ちゃんの作る豆腐は美味いんだけどさ」
釣竿を引き上げ、場所を移動しようとするとカナタは空に何かを見た。
何かを見た——というのは、何かを見た気がしたという幻覚か現実か判断がつかないからそういう言い方になる。
空を凝視していたわけではなく、視界の端に映り込んであっという間に消えたから幻覚なのかもしれないがその一瞬の後にその映り込んだ何かは現実のものだと確信した。
——ズドオオオオォォォォ!!
「うっわ……!?」
「すげぇ、音!!」
フェノシア村に限った話ではないが、この『ソラ』に覆われた世界には地震という概念がない。
どの島も大陸も空に浮いており、万物の根源物質とされるスカイストリーム粒子で構成される雲海から養分を得て大地は生きている。
よって、この世界の島と大陸は地震の原因であるプレートが無いため地震が起きないのだ。
そのため地面が揺れるという経験がなく、音を立てて揺れるという経験がなかなかない。
「何が起こった!? カナタ!!」
グラムがカナタに問う、こういう時は意外なくらいにカナタは簡単に答えを出す。
だから無意識にカナタに答えを求めてしまうのだ。
「さっき、天空が光った。きっと天空から何かが落ちたんだ!!」
「マジか!? 気付かなかったけど」
「俺も見間違いなんじゃないかと思ったけど、今ので見間違いじゃないって事が分かった。グラム——」
「おーい! そこにカナタはいるか!?」
ビルケン・ファーラウ、フェノシア村の村長の声が急に聞こえてきた。
特にやる事もないのでこの辺でピクニックなり、釣りをするなりしていたのだろう。
カナタのグラムに対する「様子を見に行った方がいいかもしれない」というセリフを遮る様に現れたビルケン村長はカナタに言う。
「さっき、山の方に堕ちた隕石で火災が起きたかと分からん! 行ってくれんか!?」
「まぁ、そのつもりではいましたが」
カナタがグラムを横目に見ると、グラムも頷く。
「ウチのゴーレムを使って落下物の撤去とかなら任せてください」
「助かる! 実は消防団に配備されとるボックルが故障して使い物にならなくてなァ。消火装置なら用意するから工房のゴーレム……サイファーとかいったか? あれに装備して火を止めて欲しいんじゃ」
「また消防団のゴーレム壊れたのかよ!?」
「だからあれほど機種転換しろって言ったのに、フレームとエンジンに限界が来てるんだからオーバーホールじゃもうどうにもならないよ」
フレームは機動人形ゴーレムの骨と筋肉部分であり、エンジンは心臓部である。
ゴーレムは外装やアクチュエーターや武装ならいくらでも交換可能だが、フレームとエンジンはゴーレムの根幹を成すものであるため修理は出来ても新品に交換するのは非常に困難である。
フレームとエンジンは魔導術による刻印が施されており、魔導効果によって特定のアルゴリズムが刻み込まれる。
これをゴーレムの『人格』と呼び、個体ごとに性格が出る様になる。要はコンピュータのOSのようなものだ。
人格を得たゴーレムはパイロットの操縦を受け付けるようになり、ゴーレムの人格はパイロットと共にいる事でどんどん成長していく。
なのでフレームとエンジンは交換がきかないのだ。フレームとエンジンを交換するくらいなら新規にゴーレムを製造した方が早いだろう。
「そうはいってもなァ、予算がのう……」
「分かった、サイファーを使ってもいい。ただし! その隕石がお宝持ってたら、ウチの工房がもらう。それでいい?」
「もちろん、それで構わんよ」
◆◆◆◆◆◆◆
ウィルゲイズ工房謹製高性能アーマードゴーレム、サイファー。
それはカナタ・ウィルゲイズとガンテツ・ウィルゲイズの魂が込められたゴーレムである。
「やっぱり飛行速度が出ないな……」
「マシンの不調か?」
「馬鹿言え、バックパックが重いんだよ! こいつはスカイダイバー、軽量が売りのアーマードゴーレムだ!!」
スカイダイバーとは雲海を飛行することを前提としたアーマードゴーレムの事である。
「バックパックな、貯水タンクに消火剤にワイヤークローに救急用キャリアーだもんなぁ」
「過積載も良いところだっての」
サイファーはカナタの言う通り空を飛ぶ事に特化したスカイダイバーと呼ばれる分類のアーマードゴーレムであり、出来るだけ身軽な装備を選択するのが普通だ。
しかし、消防・人命救助用のバックパックを背中に積んでいる以上カタログスペックの7割程度しかスピードが出ていない。
マリナデール自由国に配備されているボックルはとにかく汎用性を重視しており、今でこそ他国のパイロットに馬鹿にされるほどの低性能だが装備を換装することであらゆる局面に対応出来る柔軟性を誇る。
救助用のレスキューアームズタイプはパワーブースターをいくつも有しており、フレーム内のマッスルシリンダーの強度も高めに設定されており重装備でも問題ない。
今のサイファーは高級車で畦道を走る様なものであり、宝の持ち腐れならぬ宝の使い潰しと言ってもいいような状況だ。
その上、カナタを不快にさせているのは本来は一人乗りのサイファーのパイロットに男が二人乗り込んでいるのだからコクピットはやたらと狭苦しく暑苦しい。
「とはいえ、分かってて引き受けたんじゃないか」
「本当に山火事になったら洒落にならないし、消防団も動けないなら俺たちがやるしか——」
ビー!ビー!というブザー音がコクピット内で響いた。
「な、なんだ!? 何が起きてる!?」
「熱源反応だ!!」
「熱源反応って、稼働してるゴーレムがあるって事かよ!?」
「映像・熱源パターンライブラリに無し、アンノウン……!!」
カナタはサイファーに今までに手に入れた映像や整備してきたゴーレムたちのエンジンパターンをサイファーに仕込んできた。
いつかはサイファーと共にソラを旅するのがカナタの目標であり、そのための下準備のひとつがそれだった。
「青い、空色のアーマードゴーレム……新品同然だな」
グラムが呑気な感想を述べている傍でカナタは霊応通信機のスイッチを入れ、その対象を空色のアーマードゴーレムに設定した。
精霊と精霊を繋ぐニューロンコードを応用した通信のため、相手のチャンネル周波数を調べる必要もない。
そのためアーマードゴーレム同士の通信では最もポピュラーなやり方だ。
もっとも、簡単に傍受されるため戦場では使わないのが普通だが。
「そこの青いアーマードゴーレム、こちらウィルゲイズ工房のカナタ・ウィルゲイズだ。応答を願いたい、こちらウィルゲイズ工房のカナタ・ウィルゲイズだ。応答を——」
「き、聞こえますか!? 助けてください!!」
「通信機能は生きているらしいな? 話を聞きたい、まずは速やかに武装を解除して投降をしてほしい。こちらは軍所属の人間ではないためそちらに危害は加えない」
カナタは青いアーマードゴーレムのパイロットらしき人間の、少女の声を聞いて安堵感を得る。
どうやら話の通じない相手ではないらしい、なにやら困っている様だがこのフェノシア村の人間は優しい人間たちばかりなので力になってくれるだろう。
ルキアルド帝国軍のスパイという可能性もあるが、戦略的価値の一切ないこのフェノシア村にそんな搦手を使う必要など全くないのでその線も薄いはずだ。
「ぶ、武装の解除……出来ないです」
「捜査系統のバグか? ならそのコクピットハッチを開ける。下手に触らずに——」
その言葉を言い終える前に青いアーマードゴーレムはカメラアイを光らせ、ギリギリと鉄同士を擦らせる様な轟音を立てる。
「この機械、勝手に動くんですッ!!」
青いアーマードゴーレムの脚部装甲が開き、剣が飛び出しその柄を右手で握り青いアーマードゴーレムはサイファーへと突進し斬りかかる。
「そんな、馬鹿な話があるかッ!?」
続く
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