第2話

 ゴウン、ゴウンと、洗濯機が別の部屋で唸り、床を伝ってきた振動が足裏をくすぐる。

 急いで着替えた為に、湿った体に貼りつく衣服が鬱陶うっとうしい。


 そんな眉間に皺を寄せているであろう僕を、水の張った湯船に入った人魚が、浴槽に両手を掛け上半身を出した姿勢でじっ、とこちらを凝視みつめている。


 僕は無意識に川に入り、人魚を拾い上げた。


 ――否、正確には「溺れた人間を救助たすけた」……心算つもりだったのだ。

  

 だが実際引き上げたソレに脚は無く、代わりに魚の尾鰭おひれがついていた。


 よくフィクションで見かける光景シチュエーションだと、自分でわらった。

 それとは対照的に、人魚は今の所一度も、にこりとも微笑わらってはいない。


 当然だが人魚は衣服など一切纏っておらず、腰まで伸びた白銀の髪はあれど、御伽噺つくりばなしの様に常に胸を隠している訳でもない。

 目のやり場に困り掛けるが、少し視線を上げかおを見れば邪念どころではない。


 翠玉エメラルドの眼は魚の眼その物の様な形をしており、綺麗な分無機質で、それでも均整のとれた貌のパーツは、〝人間を模した魚〟を思わせる造りである。

 

 指の間の水掻きと尾鰭おひれは充分な程に水分を含んでおり、肌は薄らと銀色のうろこに覆われ、光の反射加減では鈍色にびいろにも見える。

 時折遊んでいるのか、尾鰭を揺蕩たゆたわせている。


 その様子を見ている限り、懸念していた水質も一応問題はなさそうだ。


 ――ところで。


 「人魚って云うのはフツー、川じゃなくて海に居るものじゃないのか?」


 抱いていた疑問が口をついて出たが、人魚の無機質な眼は相変わらず僕をているだけで、僕の先入観に囚われた疑問は、浴室の残響をもって返事とされた。


 今後の事は、追々考えよう。

 今迄の様に。今迄と変わらず――。

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人魚の聲 徒花 @ProjectRedMoon

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