閑話「はん、今回の八賢人とやらは、政治的な事情とかを優先した、くだらねえ人選になってやがるみてえだ。……くそうぜえ」

 ――八賢人の最後の候補が、ついに見つかった。八賢人の最後の指輪は、そいつが預かっているらしい。

 そんな噂が、世界の各地でぽつぽつと囁かれていた。



 聖教騎士団の【教国】本部で訓練をしていたアテーマは、その事実を手紙で教えられたとき、思わず歓喜した。



(なんてことかしら……! ジーニアス・アスタ、あなた、遂にやったのですわね!)



 手紙の主は、かつて自分を完膚なきまでに叩きのめした不思議な少年。

 強大な魔力を纏っている気配すらしないのに、極大魔術を扱うことができる魔術師。



 あの友人が、なんと入学してたった二ヶ月で、八賢人の候補に選ばれたのだという。



 まだまだ従騎士エスクワイア止まりであるアテーマからすれば、ジーニアスとは大きく差がついてしまった形である。



(さすがですわ! 私、もっと強くならないといけませんわね!)



 奮起する。入団してからずっと騎士の基礎を叩き込まれているアテーマは、まだ目に見える形で活躍しているわけではない。

 騎士団序列もそこまで高くはない。いくら従騎士エスクワイア筆頭だと言われようと、いくら剣術で聖騎士パラディンに迫ると言われようと、まだまだ一人前ではないのだ。



 生粋の魔導騎士。

 何十年に一人の逸材。

 名門貴族カマセーヌ一族の寵児。



 そうやって褒めそやす人々はたくさんいたが、アテーマはまだまだ満足していない。

 なぜならば、油断していたらあっという間に引き離される友人がいるから。



 だから彼女は、強くなり続けなければならない。



(……それにしても妙ですわね。普通は、各国政府から特級指定を受けてから八賢人の候補になるはずなのに)



 些細な違和感はあったが――祝福の気持ちと、湧き上がる気概のほうが大きかったアテーマは、さして気にすることもなく、友人に手紙を送るために筆をとるのだった。











 ◇◇











「認めねえぞ! あまりにも横暴じゃねえか! 八賢人はきちんと、特級指定や準特級指定から選ばれるべきじゃねえのかよ!」



 世界有数の迷宮探索者であるその男は、己の激昂を隠そうともせずに吠えた。胸の内にあるのは煮えたぎる怒り。

 音魔術師のミゲル。準特級指定のA級探索者である。



「……ありえねえ。この俺様を差し置いて、ぽっと出の得体のしれないガキがまた・・八賢人に選ばれるなんざ、見過ごすわけにはいかねえ……っ」



 音魔術師ミゲルには、矜持がある。

 音律で魔術を発動する技術に関しては、かの“精霊魔術師の少女”にも引けを取らないと。向こうが管弦楽団オーケストラで精霊魔術の嵐を操るのであれば、こちらは打楽器のパーカッションで魔法陣を構築する呪術拳闘士だと。



 今まで準特級指定に甘んじてきたものの、かつて彼は、一度ティターニア・アスタと引き分けているのだ。

 もし純粋に強さのみを基準とするならば、八賢人候補と引き分けた彼が末席に選ばれるのが道理。そうでなくとも何かしらの強さを示す必要がある。

 少なくとも、どこの馬の骨ともしれない奴が横入りしていいはずがない。



「はん、かつてのニザーカンド迷宮の解放に貢献したとか世間じゃ言われてやがるがよ、ガキ三人で解放したってのが嘘くせえ」



 この噂が特に気に食わない。



 もしも本当にたった三人で迷宮を制圧したとなれば、それはミゲルでさえも一目置く活躍である。

 しかも報告によれば【災厄級】の迷宮守護者と戦って、打ち勝っていることになる。探索者ギルドの規定によれば、【災厄級】の魔物の討滅ともなれば、特級指定の者が複数人で対処する必要がある。特級指定魔術師が最低二人いれば、確かにその規定は満たすには満たすのだが――。



(これが、あの最古の魔女ユースティティアや、若き枢機卿ルードルフ英雄一族の末裔篠宮百合ほどの熟達者だっていうのなら分かる。だが、それ以外の特級魔術師どもは、せいぜい俺様と互角か、俺様がやや不利ぐらいの実力だ。そんなやつが二人や三人いたところで【災厄級】の魔物を仕留められるはずがねえ)



 これは謙遜した上での評価である。全く謙遜せずに考えていいのであれば――ミゲルは、特級魔術師の一部には勝てる自信がある。

 だが結論は同じ。二人や三人程度では【災厄級】の魔物を仕留められるはずがないのだ。



 となると恐らく、あの噂は出任せなのだ。



「はん、今回の八賢人とやらは、政治的な事情とかを優先した、くだらねえ人選になってやがるみてえだ。……くそうぜえ」



 ミゲルには信念がある。

 人は、純粋に力で選ばれるべきである。



 ましてや、世界の各地に出没するとされる迷宮の卵を破壊して回る大役、これは政治的な事情などのくだらない理由で選ぶべきではない。真に実力のある人物を選ぶべきなのだ。



(俺様だけじゃねえ。不満の声は多数ある。“巨大な魔法陣”のゼニス、“泥の魔術師”のオルト、“きまぐれ吸血姫”のエルサ……他にも有力な準特級魔術師たちは、みんな今回の決定に不満を抱いてやがる)



 ミゲルは既に知っている。

 不満を抱いた彼らが、どこに向かっているのかを。



 その名は、魔術学院アカデミア。



(噂にはこうもあった。もし今回の決定に不満がある場合は、力づくで八賢人の指輪を奪い取ってもいいと。いいじゃねえか、分かりやすいことだ)



 噂は、不満を抱いた魔術師たちを突き動かした。

 こんな馬鹿馬鹿しい決定は認められない。自分こそが八賢人に相応しい――。

 そう考える腕利きの魔術師たちは、世界迷宮を経由して、魔術学院へと集結しつつあった。



 騒乱の予感と火種がくすぶっている。ただ暴れたいだけの人間にとっては、この上ない好機である。もちろんそうでない人間にとっても、悪巧みをするにはよい機会であった。



 野望を胸に抱いたミゲルは、世界迷宮を馬車で横断しながらも、大胆不敵に笑っていた。

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現代魔術は異世界をクロールするか:数理科学による魔術の始め方 RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe

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