人狼事件
@raoki
第1話 花火殺人事件~犯人と被害者について
「簡潔にまとめたものがこちら」
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被害者情報
名前:一色一(いっしきはじめ)
年齢:37歳
伸長:185cm
体重:100kg
住所:隣県某市
職業:暴力団構成員
正確には「元」暴力団構成員。彼が所属していた組織は先月に壊滅済。
組織の保有すクルーザー上で行われていた取引の現場を取り押さえられ、その際に組長である浜岸氏は自殺している。その後の構成員の動向は不明。
事件当時の動向:S市S駅の付近のホテルに停泊中。同行者無し。
詳細な動向:
12時:家を発ちS市に来訪、ホテルへチェックイン。その後は部屋から出ていない。
17時:ホテルにカギを預けて外出。
17時以降、百貨店や商店街をぶらついているという目撃情報複数。最後の目撃情報は18時頃。
備考:空手とボクシングについて免許を保有する
(報告:茶屋)
死因:失血性ショック死。体に目立った傷がないため、直接の死因は失われた上顎骨以上の部分にあったと思われる。
死亡推定時刻:発見時点から24時間以内。つまり7月7日中。
(検死:白川)
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「ドラッグ売ってたヤクザが死んだ。それもムキムキの大男。普通に考えて暴力団の人間同士のいざこざではないんですかね?」
緑のつなぎ大学生ほどの年齢の茶髪の女性、緑原美利は、サーバーから出てきた苦すぎるコーヒーにしかめながら声をかける。
それに対して熱すぎる胸板がダークブラウンのワイシャツをはちきれさせそうな中年男性が首を横に振る。短く刈り揃えた頭髪と険しい顔つき、眉間に刻まれた皴は、彼の性格を物語るのに十分だろう。茶屋、という変わった苗字の男は、この事件の捜査を主導している現職の警察官だ。
「見せしめとして頭蓋を持ち去る、というのがその界隈でどの程度意味があるのかわからないが、それはないはずだ。警察にわざわざ匿名で現場をチクったりはしない。公表するとすれば、そう言うシナリオだろうがな。阻止されるリスクを考えれば予告を出す意味もないだろ。」
「ですよね~」
残念だが茶屋さんの言うとおりである。この事件はよりにもよって警察に対して「予告されていた」殺人であり、しかもその阻止に失敗している。匿名の通報を受けて翌日現場に警察が駆け付けたころには見るも無残な死体の出来上がり、というわけだ。
被害者の身分がいかにキナ臭くても、間違いなく何らかの意図をもって計画された事件である。そして、わざわざ緑原のような「探偵」がいる所以でもあった。
予告状。わざわざご丁寧に「人狼」を自称する犯人は、事件が起きることを事前に予告し、そしてその捜査を主導する人物を指名している。
警察組織から茶屋、紫藤、白川の3名。
在野の捜査関係者として緑原、黒水、赤崎、葵の4名。
そしてフリーの小説家を自称する黄之井という男。
S市に住まう彼ら8名を犯人は指名した。名前に色が入っているのには意味は特にないだろう。捜査に関連する情報は伏せられるので実際に彼らが捜査しているかどうかなど犯人には分からないはずだが、実際に事件が起こってしまった以上、集めざるを得なくなってしまった、というわけだ。
緑原美利は探偵である。探偵と言っても、殺人事件など出くわしたこともない。猫や浮気現場を写真でパシャリ、場末の探偵アルバイター、という次第である。旧帝大の1つ、南東北西大学に通うリケジョであるが、正直言って彼女の専攻分野である「兎の交尾頻度の統計」が捜査に役立つことは無いだろう。ウサギは寂しいと死ぬが、人間も上あごを取られると死ぬ。真理である。
警察側も完全に外部の人間である緑原を凄惨な現場に迎えるわけにもいかず、結果、警察署の涼しい会議室で情報を整理しながらこの被害者について情報を整理するくらいしか、緑原にできることはなかったのだ。
「被害者の、あ。」
「どうした緑原くん。」
「あーいや、ガイシャ、とかそういう用語を使った方が警察的にはいいんですかね?」
「別に構わない。確かに使うが、それは警察官同士で略語を使うことで秘匿性を上げるためだからな。で、何を言いかけた?」
「あ~・・・被害者の事件当日の行動をまとめると、まさか死ぬとは知らず、S市に花火を見に来て、そのまま死んだ、ってことでいいんですかね?」
「隣県からも人が来るようなイベントではあるが、自発的に来るほど祭り好きだったという情報もない。紫藤くん、そっちはどうだ。」
茶屋が机に置かれているスマホに声をかけると、そこから声が流れてきた。
「結論から申し上げると、被害者は呼ばれたから向かった、というのが正しいですね。SNSにそういった履歴が残っていました」
「なるほど。誰からだ?」
「それがですね、追跡できないんですよ。追跡のしようがない、というか。複数サーバーを経由して、というような、いわゆるかなり高度な方法で自身のことを隠匿しています。ただ、SNS上で声をかけられたからというわけではなく、この人物は浜岸組の組長の娘、浜岸恋歌を名乗っています。」
「なりすましだな。花火を見るのに格好の場所がある、か。同時に今後組をどうするかも相談したい、と書いてあるな。」
「ええ、少なくとも浜岸組が壊滅したことを知っている人間が差し出し主なのかと。当の浜岸恋歌ですが、事件当日は美容院にいたということで、アリバイが確認されています。寝耳に水のようでした。」
事件から半日時点でこんなに操作というものは進むのだろうか、改めて日本の警察の技術力に舌を巻く。当の紫藤さんは「サイバー犯罪対策課」の刑事ということもあり、PCルームで悪戦苦闘しているようだ。なので、会議室には来ていない。
「その・・・恋歌さんって人はホントに人殺しはできないんですかね?」
市井の探偵として素朴な疑問をぶつけてみるが、茶屋はそれを一掃する。
「浜岸恋歌は持病で激しい運動ができない。当人が犯行に及ぶのは無理だろうな。現時点ではただ巻き込まれただけ、と思うしかない。」
「一応念のためスマホの履歴を見せてもらえないかとお願いしをしたところ快諾してくれましたし、結果としてSNSのメッセージは彼女のものではありませんでしたよ。他の端末からアクセスした可能性もありますが、仮にも警察の捜査線上にいるにはおとなしすぎるという印象です。」
「! わざわざ君が取り調べたのか!?」
「一応私も現職の警察官ですからね・・・たまには日光を浴びないと。こういう機会でもないと、人と会うなんてことはしないですから。」
(うへぇ・・・)
緑原はホワイトボードに「SNSで「浜岸恋歌」と名乗るアカウントから呼び出され、」「浜岸恋歌はアリバイあり。」と書き足し、チラリと時計を見る。
そろそろ14時。白川さんから詳しい検死の報告を聞く時間だ。すると、会議室のドアを開け、年齢は30を過ぎたころだろうか、つややかな黒髪のロングヘアーをたなびかせた、不健康なほどに細身の女性がペタペタとスリッパの音を発たせながら入ってきた。
「お疲れ様です。」
白衣の下のレディーススーツはサイズが合っていないのかゆったりとしており、彼女の腕や足の細さを一層際だたせている。丸顔に薄化粧しかせず眠たげな眼差しを浮かべた彼女は、小脇に抱えていたノートPCを机に置き、意外にもはきはきと口を開き始める。
「えー、データは先ほどお送りしました。見てもらえればおおよそわかると思いますが、結論から申し上げると、『犯人につながりそうな情報は残っていませんでした。』」
おいおいおいおい!
「いやいやいやいや、こんな大の男性が死んでるんですよ!?もみ合った形跡とか、薬物を使われたとか、そういうのもないんですか!?」
「緑原くんの疑問ももっともだ。1つずつ可能性を消して行こう。まず、外傷についてはどうだった。」
「えー、結論から申し上げると、死因と思われる上顎部以上の喪失、これについては断面から力ずくでこじ開けられたものだとわかっていますが、それを除いての外傷は見られませんでした。
ここに被害者が運ばれたと仮定するなら、その際についたであろう小さな傷も見つかりませんでしたし、そもそも紐の跡のような、拘束の類をした形跡もありませんでした。スタンガンの感電の跡と言ったものもない、実にきれいな死体、という印象です。」
「逆に言えば、上顎部以上の部分に何らかの傷があった可能性は捨てきれないってことか。」
「失血性なので、例えばバットで頭頂部を殴って一撃で、とかそういう方法の可能性はありますね。」
「じゃ、じゃあ、薬物とかの形跡は?」
「ざっくりですが、胃や腸と言った消化器官にそれらしきものは残ってませんでしたね。薬物で眠らせてここに連れてこられたという可能性は低いでしょう。ただ、ニコチンが体内から発見されました。現場で見つかった吸い殻からも彼の唾液が見つかっていますし、直前まで彼はたばこを吸っていたのはほぼ確実かと。」
落ち着いて要点を整理すると・・・
・被害者はここに運ばれたのではなく、直前まで生きていた
・被害者は大男の武道経験者
・外傷はなく、一撃で死亡している。
・なんらかの方法で口をこじ開け、上あごを引きちぎっている
「・・・・ええとつまり、犯人は被害者の上あごを一撃で持ち去った、ってことですか・・・?」
「検視を元に申し上げるなら、辻褄は合いますね。」
「バケモンかよ・・・」
緑原は、被害者について検死とWeb上での動向を元に分かったことをホワイトボードに追加していきながら、その荒唐無稽な内容に驚愕していた。生まれ育ったS市に恐ろしい殺人犯がいる。それだけでなく、人外のバケモノのごとく、証拠も残さずに殺人を果たしている。
肩を落とす緑原に白川が声をかける。
「人外による犯行と結論づけるにはまだ早いですよ。まずは監察の情報を待ちましょう。私から申し上げられるのは遺体見分上はきれいな遺体、というだけで・・・にがっ!」
相変わらず眠そうな目で、苦すぎるコーヒーに悲鳴を上げる白川を横目に、茶屋は
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被害者情報
名前:一色一(いっしきはじめ)
年齢:37歳
伸長:185cm
体重:100kg
住所:隣県某市
職業:暴力団構成員
正確には「元」暴力団構成員。彼が所属していた組織は先月に壊滅済。
組織の保有すクルーザー上で行われていた取引の現場を取り押さえられ、その際に組長である浜岸氏は自殺している。その後の構成員の動向は不明。
事件当時の動向:「浜岸恋歌」を名乗るアカウントから呼び出され、S市S駅の付近のホテルに停泊中。同行者無し。
詳細な動向:
12時:家を発ちS市に来訪、ホテルへチェックイン。その後は部屋から出ていない。
17時:ホテルにカギを預けて外出。
17時以降、百貨店や商店街をぶらついているという目撃情報複数。最後の目撃情報は18時頃。
備考:空手とボクシングについて免許を保有する
(報告:茶屋)
死因:失血性ショック死。
外傷:下顎部の切断面を除き、外傷無し。拘束、感電等の痕跡も同様に無し。
内臓:薬物等の痕跡無し。ニコチン摂取の形跡あり。
以上の内容から、直接の死因は失われた上顎骨以上の部分にあったと思われる。
死亡推定時刻:発見時点から24時間以内。つまり7月7日中。
(検死:白川)
備考:浜岸恋歌について
事件当時には美容室におり、店舗側にも証明済み。
使用する端末からは被害者への連絡の痕跡は見受けられなかった。
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