彼女が上から、凍死体となって部屋に降ってきた②〔完結〕

 そんなコトが続き、精神的にオレが参っている時に、心配した婚約者が部屋に訪ねてきた。

「どうしたの、最近連絡してこないじゃない……何かあったの?」

 オレが何も答えられないでいると、部屋の天井に楕円形の黒い穴が開いて、そこからドスンと部屋の中に凍死した彼女の死体が部屋の中に降ってきた。


 いきなり落ちてきた、自分の死体に悲鳴を発するオレの婚約者。

「きゃあぁぁぁぁぁ!?」

 両目を開けたまま、凍結して白くなっている婚約者の死体。

 生きている婚約者は、パニックになって騒ぎだした。

「な、な、なにこれ? あたしが死んでいる?」

 恐怖から走り出して、部屋から出て行こうとする彼女の腕をオレはつかむ。

 こんな奇怪な現象を口外されたら……オレの人生は。

「待てよ、落ち着け! 自分の死体が部屋にあるなんて人に言っても誰も信じてくれないぞ!」

「手を離して! 自分の死体が部屋に転がっているのよ、こんな気持ち悪いこと……警察を呼ぶ」

「心配するな、すぐに死体は消え……て」

 振り返ったオレの目に、凍った彼女の死体は消えずに残っていた。

(どうして消えないんだ……いつもなら、目を離した時に消えているのに)

「もうダメ! 耐えられない! 本音を言うと、あんたみたいな気持ち悪い男、本当は嫌い! 婚約破棄する!」


 婚約を破棄すると言われて、怒りで頭の中が真っ白くなって我を忘れたオレは、ドアノブに手を伸ばした彼女の後頭部目掛けて、近くにあった置物を振り下ろしていた。


 頭蓋骨が陥没する音と、彼女の口から漏れた。

「うッ」と、いう短い呻き声の後に、彼女の体は勢いよく固い玄関に頭から倒れ。

 倒れた彼女の前頭部から、血の筋が床に流れるのを見た。

 数回ピクッピクッと痙攣した婚約者は、そのまま動かなくなった──婚約者は死んだ。


 我に返ったオレは、発作的に婚約者を殺してしまった現実を、自分でも不思議なほど冷静に受け止めていた。

(もしかしたら、彼女と結婚しても……性格の不一致で、いずれは)

 決裂してこうなるコトを、心のどこかで薄々感じていたのかも知れない。


 部屋にあった凍死体は、いつの間にか消えていた。

 殺人を犯したのに、心は冷淡に撲殺してしまった婚約者を眺め。

 冷静な心とは正反対に体の方は小刻みに震えはじめた。

(どうする……これからの輝かしいオレの未来が消える……どうする、いっそうのコト、この死体が消えて無くなってしまえば)

 オレが、そう思ったま時──死体の周囲に、楕円形の黒い穴が生じて、オレが撲殺した婚約者の死体は穴の中に吸い込まれるように消えた。

 

 楕円形の穴が閉じると、血痕も消えていた。

(???)

 夢だったのか? とも思ったが、婚約者を撲殺した鈍器には生々しい血が付着している。


 立ち尽くしているオレのスマホに電話の着信があった。送信者の携帯番号を確認したオレはギョッとする。

 オレのスマホに着信されたのは、オレ自身のスマホからだった。


 恐る恐る電話に出ると、オレの声が聞こえてきた。

『一度しか言わないからな、しっかり聞けよ……オレは、おまえがいる平行世界の一つ上にある平行世界のオレだ……おまえも婚約者を殺したと思うが』

 平行世界のオレの話しだと、皿が重なるように別の世界があって。

 そのどの世界でも、オレは同じ彼女と、つき合っていて婚約の段階まで進行しているらしい。


『オレも、上の世界の自分から電話で聞いたんだが……あり得ないんだよ、同じ性格の女と同じ性格の男が、婚約者だなんて……よくわからないが、オレと彼女の関係は特異点という存在みたいだ』


 その特異点を修正するために、避けられない婚約者の不可欠殺害が続いているらしい……平行世界の崩壊を防ぐために。


『殺害した婚約者の死体は、消えてくれと望んだら消えただろう……オレの時もそうだった、あっ! また窓の外に彼女の死体が降ってきた……じゃあ、次のオレにこのコトを伝えてくれ頼んだぞ』

 そう言って、オレからの電話は切れた。

(この先もオレは、降ってくる婚約者の死体に悩まされ続けるのか)


 少し考えていたオレは、自分のスマホから自分の番号に電話をして。

 一つ下の平行世界にいる不安になっているはずの、オレに今聞いたばかりの真実を伝えた。



   ~おわり~

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彼女が上から、凍死体となって部屋に降ってきた〔SFホラー〕 楠本恵士 @67853-_-

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