エピローグ
「あの、どうして嘘ついたんですか」
男はあまりにナイーブに、顔いっぱいに疑問符を浮かべて、隣に並んで歩く同じ年の頃の女に尋ねた。
青い大きな傘は、わりかし小さいふたりにとっては十分な幅で、垂直に落ちる大きな雨粒に肩を濡らすことはなかった。ただ、足元だけが微かに濡れていた。
「だって、そうでもしないとあの二人、ずっとあのままだと思ったんです」
女の言葉はどうにも男には解せないらしい。女は男の鈍感に半ばあきれながらも、いとおしさを感ぜずにはいられなかった。
「僕たちふたりが傘を持っていて、あの二人も傘を持っているのだから、四人に四つの傘。全員が傘を差して帰れたじゃないですか」
「じゃあ、今から傘を差して、別々で帰りますか?」
女の言葉に、男は口を閉ざした。
「私はこうして、一緒の傘の下にいられることが嬉しいです。先輩にも、同じ気持ちを味わって欲しいんです」
「……だから、ふたりとも傘がないって嘘をついたんですか」
「ええ、その通りです」
ようやく男は事情を飲み込めたらしい。こうして同じ傘の下にいられるのも、女の嘘のおかげなのだ。
『今日、駅まで一緒に帰りませんか?』
昼ごろ、男が業務用のチャットアプリを開くと、そこには堂々と私的な内容が書かれていた。
女は先輩の友人の後輩で、何度か四人で食事をしたことがあった。印象的だったのは、三度目に飲んだ日の帰りの雨の青い傘で、男はどこかそれに惹かれた。
こうして誘われれば、男は男でやぶさかではない。
『はい、ぜひ』
淡白なやりとりもまた心地良い。
男ははじめて話した時から、女が気の置けない人だとわかった。そして彼女にとってもまた、自分は気の置けない人なのだと確信していた。
そういうのは案外、初見でわかってしまうものなのだと、男は知った。
『それとお聞きしたいのですが、今日は傘をお持ちで?』
『ええ、折り畳み傘なら』
『夕方から雨が降るそうですよ。先輩いわく』
『なるほど、そうですか』
女はPC画面を見ながら、フッと息を吐いた。思った通り、彼は傘を持っていた。問題は、彼の先輩くんが傘を持っているかどうかだ。
『それで、中村さんは傘を持っていそうですか?』
『中村さん? 持っていると思いますが、どうして中村さんですか』
『それは後ほど、口頭でお伝えします』
『承知しました』
雨の日。
四人が帰るのに、四つの傘はいらない。
いらない傘を隠すのに、ひとつの嘘が必要だった。
ふたりが、同じ傘の下、束の間のときを過ごすためには。
「そう言えば、ずっと前にも青い傘の下で、誰かと過ごした思い出があります」
男の言葉に、ああやっぱり、と女は思う。顔も名前も覚えていなかったのに、どうしてか、そんな気がしていたのだ。
重ねてしまうのにも、理由がないわけではなかった。
「へえ、どんな思い出ですか」
女の言葉に、ああそうか、と男は思う。顔も名前も覚えていなかったのに、どうしてか、そんな気がしていたのだ。
重ねてしまうにも、理由がないわけではなかった。
「それがですね——」
再開の余韻を楽しむように、互いの胸の内の確信はまだ明かさない。
もしそれを嘘と呼ぶのなら、この嘘は、もう少しだけ長く続くだろう。
傘と恋、雨と嘘 testtest @testtest
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