時を駆けなかった少女は、永遠の愛を手に入れる~タイムトラベルラブストーリー~

相ヶ瀬モネ

永遠の愛が時を繋ぐラブストーリーです。

■表紙絵⬇ https://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16817330653402451027


〈21世紀になる前の日本某所〉


 ゴシック様式とは、十二世紀前半にフランスで始まり十六世紀に至るまで、ヨーロッパ各地で広く影響を与えた建築・美術の様式美のことです。


 グロテスクとは、グロいなどといったいわゆる気味が悪いという意味で、気軽に使われるカタカナ用語ですが、実は古代ローマ時代までさかのぼる半身半獣の怪異や、植物文様を多様に組み合わせたグロテスク様式、つまり美術の様式が語源です。


 そしてゴスロリとは、『ゴシック・アンド・ロリータGothic and Lolita』もともとはフランスのロココ文化のファッションを紀元に、日本で生まれ発展したロリータファッションというものに、イギリスの十九世紀のゴシックファッションを加えて派生した別流派的ファッションです。


『さっきから一体なにを言ってるんだろう、わたしは?』


 ロココの花、ポンパドゥール夫人のドレスを盗み出して、膝上でスカートを切り取り、黒く煮しめたスカート部分をふんわりと広げるためのパニエを何重にも重ねたようなヒラヒラとした黒い正装ドレス、そして、某ブランドに……まあ、よく言えばオマージュしたと言い張って似せている厚底でストラップのついた、ぴかぴか光る黒のエナメルでできた、つま先もハイで、うしろもハイな厚底ヒールのブーツを履いたわたしは、畳の上に無理やりフローリングマットを引いた部屋で、電車の中に突然現れた大量の紳士たちに向かって、彼らの言う“珍奇”な服装の説明をしていた。


 水色の縦ロールの髪の上には、黒いレースと薔薇の装飾がほどこされた、ベールつきのヘッドドレス。


 他人に無関心な政令指定都市&の専門学校と言う免罪符を持っているのを良いことに、そんな装いで毎日を過ごすわたしは、ボロボロのアパートの一室で、いわゆる“ゴスロリ説明会”をようやく終えると溜息をついた。


 ここは、取り壊しておしゃれなオートロックマンションに建て替えようと、オーナーが思い続けながらもなかなか最後の数人が立ち退かず、お金はかけたくない。かと言って野ざらしにするわけにもいかない!


 と、いとこのそのまたいとこの土地持ちの叔母さま、つまりただの他人が、わたしの悪評? を聞きつけて、てっぺんからつま先までジロジロ値踏みしてから「おかしな子だけど、大人しいしキチンとはしてそうね」という素敵な判断で、家賃を無料にする代わりにほとんど空き部屋になっている、ボロアパートの管理人のバイトをさせてくれることになった、わたしの住まいだ。


 わたしのコンセプトは、どこかアンニュイで影のあるレディであることだけど、住まいはアンニュイどころかシンデレラより酷いので、脳内で苦労知らずで世間知らずな老舗の三代目の父親が、事業に失敗したために苦労している可哀想な元ご令嬢という設定で、このボロアパートに住んでいる。


 そんな訳で、わたしは日々の学業に勤しむかたわら、いわゆるゴスロリの恰好でほうきを持って、ボロアパートの前を掃除したり、少ない住人から家賃を受け取って回ったりしていた。


 そんな、とある日のことである。わたしは籍を置いているグラフィックデザイン科の課題に必要な通称B0ビーゼロ(1030 mm× 1456mm)と言う、ひとりで運ぶには大き過ぎる木製パネル(通称、木パネ)を5枚購入して、電車に乗り込んでいた。


 あまりの荷物の大きさのせいか、ゴスロリファッションに身を包むわたしの様子が異様だったせいか、多かった車両の人影は隣の車両に瞬間移動した。


『ラッキー!』


 そう思ったのもつかの間、電車は急ブレーキと共に停止して灯りが消え、わたしが真っ暗な車内で倒れてきた木パネの下敷きになってもがいていると、「ただいま人身事故により……」などと、恐ろしげなアナウンスが響き、すぐ先に駅の明かりは見えていたがどうしようと困っていると、気がついたら大勢のスリーピースに、古い映画で見たマフィアが被ってそうな帽子をきっちり被った、いま目の前にいるサラリーマンの集団に助けられていたのである。


 まだSuicaなんてなく、自動改札に定期か切符を入れるしかない上に、電車の混乱で切符を落とした人も数多く、少し様子のおかしいサラリーマンたちは、不思議そうに駅を見渡しながら、緊急措置として開けっ放しになった改札を過ぎて……わたしにくっついて来た。


 どうも土地勘はないらしい。出張でここか、この近場まで来ていたんだろうか? 大人数だな。


「あ、ありがとうございました」

「重たそうですから、お家まで持ちましょう」

「えっ!? いえ、そこまでは……」


 重たすぎる木パネの、いや、もはや大きな木の板のかたまりは、一人のサラリーマンが持ってくれていた。礼を言う時間もなく、断る時間もなく、サラリーマンたちは、わたしをジロジロと囲んで見物している。どうしようかなと思っていたら、サラリーマンのひとりが口を開いていた。


「ああ、知っています。裾はもっと長かったと、そう記憶しておりますが、確か英国の未亡人がそのような服装をしていたと、わたしの曽祖父が写真を見せながら申しておりました」

「ほう、洋行帰りの高畑くんが言うのであれば、それに相違ないだろう」

「それにしても万博に出品するわが社の製品の実験は大成功ですなぁ」

「しかし時代と共に、服飾と言うものは変わるものですね」

「温故知新と言うヤツですよ」


「なに言ってんの? 頭だいじょう……あ……」


 きっと、さっきの電車で、この人たち頭打ったんだ! 駅の人に病院に連れて行ってもらわなきゃ!


 しかし、そう思ったわたしが振り向いたときには、すでに地下鉄の入り口は、無情にもシャッターが降りていた。


 出張先の電車の事故で泊まるところが見つからないのなら、最近流行りの漫画喫茶に行けば? とも思ったが、疲れ切ったわたしは、木パネを担いで帰るのが重く辛かった。


 それに木パネ担いで歩くなんて、そもそもレディなゴスロリじゃないし。何人いるんだろう、いち、に、さん、……まあ、大丈夫だろう。ボロアパートの空きは沢山ある。


 助けてもらったといえば、もらったし……一日くらい泊めてあげてもバレないはず……。


 そんなこんなで、ひと晩のつもりで連れて帰ったサラリーマンたちは、なにか長々と話し合ったあと、実は万博に向けて『時空を走る電車』を開発していた、過去から来たサラリーマンの集団だと述べ、うたぐり深そうな顔のわたしは、彼らに詰められるままに、先ほどのゴスロリうんちくと、現在の日本についてざっくりと語り、冒頭の朝に話は戻る。


「あとは新聞とテレビでも見てください。雑誌もその辺にありますから」


 そう言いつつ、わたしは課題も気になったが、とりあえず黒いナイトドレスに、ヒラヒラのヘアキャップを被って、空き部屋のカギを数個、彼らに渡してから、景品で当てたムーミン柄の布団に潜り込んだが、彼らは枕元でまだなにやら話を続けていた。


「いつ帰るんですか? これからどうするんですか?」

「しばらく、いまの文化を見学してから帰ろう」

「よろしいですな、さいわい出張扱いになりますので経費は落ちます。領収書は忘れずに!」

「お金、どうするんですか……」

「水色少女が目を覚ましたら、銀行に行ってもらおう」

「最近の若いものは根性がない! 徹夜の一日や二日!」


「うるさい! あっちの空き部屋へ行って!」


 そんな訳で、次に目が覚めたとき、わたしは手渡された聖徳太子の万札の束を、福沢諭吉に替えるために、銀行に走るハメになっていた。


 旧札も使えるが、いちいち聖徳太子を出せば、いろいろと面倒になるという判断らしい。わたしの面倒は気にしないのか!? もうすぐ窓口しまっちゃう!!


 あまりの聖徳太子の厚みに、窓口のお姉さんには不審な顔をされたが、ひいおばあちゃんに御祝儀のために新札に変えてきて欲しいと頼まれたと言うと、「自宅に置いておくのは危ないので、うちに定期預金をしないかぜひ聞いておいて欲しい」と、ニコニコしながらラップとティッシュをつけて、お姉さんは凄い厚みの聖徳太子を、これまた分厚い福沢諭吉の新札に取り替えてくれた。


「ひえっ! あれ……?」


 あっ! もうサラリーマンたちが元の時代に帰ってくれていたら丸儲け、これは、全部わたしのものだ!


 ベルギー製のレースと布を購入してワンピースを作ろ……いや、マリー・アントワネットだってゴスロリに目覚めるに違いないと、海外のゴスロリファンにも評判の『ブルー・カーバンクルBlue Carbuncle』ブランドで、マネキンの頭の上に乗ったヘッドドレスから足元のブーツまで買えるかも!


 わたしは期待で胸を弾ませながら、申し訳程度のドアノブを、そろそろりと開けたが、残念なことにマフィアでサラリーマンな集団は、まだたっぷりと部屋の中にいた。


『ちぇっ! ひょっとして、プロジェクトなんとかだろうか? どっきり? いやいや……』


 過去から来た(と、言い張る)彼らは、そのくらいの情熱で、自分たちの仕事と未来の生活に没頭していた。


 カッチリしたスリーピースのスーツと、マフィアみたいな帽子を被っていた彼らは、いまどきのサラリーマンの服装をテレビドラマで学習したらしく、激安スーツ専門店のアキヤマに行って一揃いのスーツを購入し、昼間は普通のサラリーマンに紛れていかにも営業職をしています! みたいな顔で街をうろついて、夜は研究なんだか工事なんだかまったく分からないことをジャケットだけ脱いで、ときには三日三晩おそらくは貫徹で没頭していた。


 さすが昭和の企業戦士だなと変なところだけ感心したわたしは、家賃代わりに、廊下の掃除を頼むと、縦ロールをスプレーで固め、サファイア色のリップを塗って、お茶会に出かけようと思い、ブーツをせっせと履いて外に出ようとする。


「変な恰好」


 すると一人だけ帽子を被っていなかった、いかにも新卒です! みたいな青年がわたしにそんな声をかけて来た。


「そんな恰好はあなただけですよね? いまは、そういう時代なのかと思ったら、あなただけが変わっていますよね?」


 古いブラウン管のテレビから目を離して、振り向いた彼はそう言った。


 うっ! 痛いところを突かれた。


「だって、この格好が大好きなんだも――ん! それにこの辺りには住んでいないだけで、好きな人は気に入ったら、すっごくお金を払って揃えるのよ? 豪華なお茶会とかして! 今日なんて、高級車を買えるくらいの、すごいゴスロリドレスを着た人が沢山集まるんだから!」


 嘘である。


 そんな豪華なゴスロリは、今頃、同じような豪華なゴスロリと、ホテルで三段重ねのケーキを用意して、ティー・パーティーをしているはずだ。(雑誌で見た)


 お金のないわたしは、自分で裾が広がった未亡人のお姫さまみたいなフリフリの黒いワンピースを縫い、黒のレースをしみじみと縫いつけて、同じように夢だけは見ているゴスロリ女子だけで喫茶英仏屋にゆくと、シフォンケーキセットを前に何時間もベルキーのレースの歴史とその発展についてなどと、分かったような分からないような話をして、「手作りのドレスが、今度のハンドメイドマーケットで、何着か売れたらいいのにね」などと、店員の早く帰れ、そんな視線を気にしながらボソボソと話をしているのだ。


「それは儲かるんですか?」

によるんじゃないかな? フランス製のアンティークレースとか、えっと? とかいうヤツ?」


 この子はアホの子なのかな? 彼はそう思っていたが、「すっごくお金を払って」と言うフレーズは彼の耳に残った。


 それからほぼ一年が過ぎ、一体いつになったら過去に戻るんだろう? やっぱり頭のオカシイ集団を拾ってしまったんだろうか? そんなことをゴスロリちゃんが考えていたある日の朝、たばこの吸い殻の山を残し、新卒の彼と他のサラリーマンたちと一緒に消え、たばこ臭くなったボロアパートは、ようやく最後の一人が立ち退いて、めでたくマンションとなり、マンションになっても相変わらず、ここに住んでいるゴスロリちゃんのところに、ある日、大きなトランクが届いたのである。


「こ、これは、憧れのブルー・カーバンクルBlue Carbuncleのワンピース!」


 豪華で真っ黒なワンピースと一緒に入っていたパンフには、一通の手紙がはさまっていた。


「あ! あのときの!」


 そう、あのときの新卒は、わたしの情報でうまくやり、高級車くらい高いドレスも売っているゴスロリブランドを立ち上げて、大儲けをしていたのだ……。


「詐欺師! わたしに金払え!」


 送り主の住所に書いてあったタワマンの最上階、インテリアはグロテスク様式で揃えられ、青いベルベットの絨毯が敷き詰められた一室で、すっかりイケオジになっている元新卒だった、見覚えのあるスリーピースの有名ファッションデザイナーが、怒鳴り込んだ彼女を、三段重ねのアフタヌーンティーと、美味しい紅茶を用意して、笑顔で出迎えていた。


「ぜんぜんタイプじゃないんですケド、とっても趣味が合うから、しゃーなしで結婚したんです!」


 それから数年後、元新卒のイケオジデザイナーと結婚した水色頭のゴスロリちゃんの高飛車な発言に、ブルー・カーバンクルBlue Carbuncleの新作の取材に来ていた記者は、思わずひるんだが、実は押し切られて結婚していた彼は、高価なティーカップに入った紅茶を片手に苦笑いをしていた。


 なぜなら出会った頃、新卒のサラリーマンだった彼は、「すっごくお金を払って」と言うフレーズが彼女を忘れられない理由だと、もとの時代に戻ってからも、このブランドを成功させてからも、数年は考えていたが、ある日それは逆で、彼女を忘れられなくて、この事業に乗り出していたことに気づいていたから。


 ようは、初めから彼女と紳士はお互いに、ひとめ惚れをしていたのだが、水色頭のゴスロリちゃんは、とっても照れ屋さんだったし、しごく常識人の元新卒だった彼は、年の差を気にして、自分からはなにも言い出せなかったのである。


「彼女は僕のミューズなんです」


 彼がそう言うと、真っ黒な装いで、でも年不相応に少し幼い顔の、お人形より可愛い真っ黒なドレスの美少女は真っ赤な顔でバタバタと走って、どこかに消えた。


 ふたりが出会ってからもう十年、いや、二十年以上もたとうか、そんな時間が本人たちには関係なく流れているのは、ふたりだけの秘密。


『あなたに出会えたから、いつまでもどこまでも続く、永遠の恋を知っていた……』

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