第146話 奇襲失敗。敵は退けた。

「やあサティス姉さん。そんな夢中になってオイラを追いかけてくれるだなんて情熱的だなぁ」


「イシス。アナタ……」


「おおっと、そう睨まないでよ。ただのサプライズじゃないか。この程度の数なら討伐くらいできるだろうって踏んだのさ。サティス姉さんもいるしね。……でも、こんだけ魔剣使いがいるってのはさすがに計算ミスだったかな」


「計算ミス? アナタらしくない。……ミスを犯した者がどうなるか、その末路を知らないわけじゃないでしょう?」


「ちょちょちょ、そんな大げさ? オイラはサプライズと言ったんだよ? オイラ、サティス姉さんに会いたくて会いたくて仕方がなかったんだから。……思い出すよねぇ。処刑前に行われたあの拷問の日々。すっごく興奮したよ」


 ゾワリと身を震わせる。

 そも、拷問の内容を考えたのはイシスだった。

 サティスの悲鳴を美しく聞くための、サティスの肉体と精神を美しく傷つけるための趣味の悪い企みがあの中にはあった。


「……ん~、意外に反応が薄いね。もっと恐怖で怯えるかと思ったのに」


「当たり前でしょう。私はもう以前の自分とは違う。そんなこけおどし通じませんよ」


 この言葉にイシスの眉が反応する。

 わずかだが苛立ちがにじんで出ていた。

 思ったような反応が返ってこず、そればかりか自分の意志を強く持っているサティスが気に入らなかった。


「あぁ~なるほど。あのガキか……あのガキのせいでサティス姉さんは変わってしまったんだね。かわいそうに。オイラの思った通りの反応をしておけばさらに美しく苦しめてから殺してあげたのに……」


「減らず口を!!」


 お互いの魔術がぶつかり合う。

 イシスの力強くもいやらしい造形と趣旨をした魔術とサティスの精密かつ鋭い速さを持つ魔術が空間を軋ませた。


(サティス姉さんがこれほどの攻防をするなんて……、認めない……サティス姉さんはなんだかんだオイラより弱くなくちゃいけないのに……ッ!! この場面でもオイラに押し負けてなけりゃいけないのにッ!!)


(相変わらず趣味の悪い魔術……。しかも威力も上がってる。彼も修羅場をくぐり抜けてきたということですか)


 しばらく続いたが、「やーめた」と急に切り上げるイシス。

 どうやら奇襲部隊全滅を認識したらしい。


「逃げる気ですか!!」


「悪いけど、今日はここまでだよサティス姉さん。また会おう。アンタはオイラのものだ……。オイラは絶対に勝つ……それまで緩やかなお時間を。じゃあねぇ~」


 憎しみのこもった邪悪な笑みをたたえつつ、イシスは光の粒子となってこの場から消えた。

 彼が消えるだけでこの街を覆っていた重圧が一瞬にしてなくなり、風に乗って平穏の空気が柔らかく広がっていく。


「私は負けない。帰りを待ってくれる人がいるから……」


 拳を強く握りながら、街の方へと駆け抜けていく。

 歓声に包まれる中で、ひとり休息していたセトを見つけ合流。


「セト! 無事だったんですね!」


「サティス……アンタも。よかった。……あ、さっきの奴は?」


「……もういいとかで逃げていきました。ふふん、私の力に心底驚いたようですよ」


「そうか。でも怪我がなくてよかった。……オシリスとかグラビスが駆け付けてくれてこっちもなんとかなったよ。被害だって少ないはずだ」


 突然の奇襲であったが、幸いなことに死者はいないとのことで、怪我人の多くは回復魔術による加護を受けている。

 オシリスは現場で兵に指示を出し、グラビスとデアドラは各々残党がいないか、まだ救助を必要としている人たちがいないか見回りをしているようだ。


「ここはもう大丈夫そうですね。アダムズ様にも報告しなくてはいけないでしょうから、一度屋敷へ帰りましょう」


「あぁ、行こう」

 

 屋敷へ向かっていたときだった。

 遠目に見知った姿がうつったかと思えば、周囲に忙しなく視線を向けていたヒュドラがいた。


「あぁセト、君たちも無事だったか」


「アンタも戦ってくれてたのか?」


「当然だ。白昼堂々天下の往来での乱暴狼藉。許すことはできないからな」


「あの、誰か探してたのですか?」


「あぁ、実は戦っている最中に、妙な服装をした盲目の剣士を見てな」


「盲目の……? あ、まさかチヨメさんのことかしら。彼女がどうしたんです?」


「知っているのか。なら話が早い。彼女どこへ行ったか知らないか? 是非とも話したいんだ」


「その反応からして、逃げたってわけでもなさそうだな」


「逃げる? とんでもない! あの人は逃げ遅れた子供たちを助けたんだ。新調しただかなんだかの剣を振るって……。あれは修羅だな。魔物たちがいすくんで手も足も出なかった。私も、戦いの最中だというのにあの技には……」


 しかし乱戦の中でチヨメの姿を見失ってしまったらしい。

 ずっと探しているが見つからなくて困ったように眉をハの字に曲げていた。


「チヨメさん、新しい刀を手に入れられたんですね。よかった」


「人を守るっていうのはチヨメらしい。……でも、どこにいるかか。う~ん、街を抜け出してるってのは考えにくいかな」


「ん、どこか心当たりでもあるのかな?」


「……俺の勘だけどさ、たぶんメシくってんじゃないか? 案外どっかの店でゆっくりしてるとか」


「う~ん、わかった。近辺の店を当たってみるよ。ありがとうふたりとも」


 駆けていくヒュドラを見送りながら街の様子をうかがう。

 被害は最少とは言え、世界最大の大都市が白昼堂々に奇襲を受けた。


 以前の魔王軍ならそんな大それたことはありえない。


(時代は変わりつつある。それと同じで私やセトに絡んでる因縁の糸に決着をつけるときが近付いてることを表す)


「サティス?」


「え、あ……」


 セトはサティスの不安を察したのか彼女の手を優しく握った。

 表情こそポーカーフェイス染みているが、これまでの関わりからセトの心中はサティスへの心配と不安で満ちている。


「クス、ごめんなさいセト。ちょっとぼんやりしてました。さぁクライファノ家に帰りましょう。報告をしないとです」


「ん、わかった」


 サティスに頭を撫でられて、嬉しそうに表情を緩ませるセトは屋敷へと足を早める。

 

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魔剣使いの元少年兵は、元敵幹部のお姉さんと一緒に生きたい 支倉文度@【魔剣使いの元少年兵書籍化&コ @gbrel57

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