夢の完全治療法
水原麻以
世界から病気や障害を根絶する研究
ある医学生が卒論研究の過程で奇跡的な発見を成し遂げた。
脊椎動物のDNAのなかに、ありとあらゆる障害を発現させる一組の遺伝子コードを見出した。
彼はマウスで実験を重ね、次に人間のips細胞から培養した臓器で検証した。
「やっぱりだ。老化も障害も肉体死をつかさどる細胞死の延長線上にあるんだ」
動物の細胞が死ぬ仕組みは二通りある。アポトーシスとネクローシスだ。
前者はプログラミングされた死であり、後者は外的要因が引き金となる。
障害は両者が複雑に絡み合って成長段階を何らかの形で狂わせることで生じる。彼はそう仮定した。
先天性の四肢欠損や多肢などの原因がそこにあるらしいと突き止めた。
また、老化に伴うさまざまな障害はアポトーシスの働きであることもわかった。
細胞死は悪いことではない。成長に不可欠なものだ。
たとえば五本の指は余分な部分の細胞が死ぬことで形成される。
「つまり、アクセルやブレーキに似た機構なんだ。巧く操ればこの世から障害を根絶できるぞ」
彼の発見は教授の目に留まり、研究室の正式なテーマとして採用された。
予算がつき、国からも補助金が降りることになった。
そして、あれよあれよという間に民間企業が参入し、障害の治療が臨床試験段階を迎えた。
「この子が……この子がお話できるようになるんですね?」
障害者施設を訪れた際、すがるような目線が彼に注がれた。ベッドには無表情の少女が寝たきりになっている。
呼吸以外は何をするにも人手を要する。
「紗良ちゃ~ん。この先生がねぇ。治してくれるんだって~」
介護士が虚ろな目をした少女に話しかける。当然ながら返事はない。次の瞬間、介護士が顔をしかめた。
どこからともなくプ~ンと匂いが漂ってくる。
「あらあら、出ちゃったのね~」
介護士は笑顔を引きつらせながら、彼を部屋の外へ追いやった。
(やっぱり嫌なんだな……)
医学生は排泄処理の大変さを思い知らされた。それも、もうすぐ終わる。自分の研究が介護現場を解放するのだ。
絶対にやり遂げる。俺がやって見せる。
彼は新たな決意に胸が熱くなった。
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