発砲事件

「障害が個性だなんて、人権屋の自己満足ですよ」

彼は迷惑そうに答えた。ある野党の機関紙が取材に来たのだ。

ノーマライゼーションという思想があるという。介護業界の考え方で「介護をしてやる」という上から目線ではなく、障害者自身の自己決定を尊重するという方針だ。

自分でできることはなるべく障害者本人にやってもらい、どうしても困難な部分だけを援助する。着替えの服を選ぶにしても「これにしなさい」と介護者が押し付けるのではなく、選ぶまでじっと傍で見守る。

もちろん、そんなことをやっていれば現場が滞ってしまう。少数精鋭で回している施設では、なおざりになっているのが現状だ。

しかし、これは国際的なやり方だ。

大切なのは健常者も障碍者もノーマライゼーションというクッションを介して分け隔てなく日常生活を送ることだ。

「あなたは医療畑でご存じないかもしれないが」

記者はノーマライゼーションの尊重を切々と訴えた。

「それこそが思い上がりですよ。自分たちの理想論に酔っている」

医師となった男は国政の足を引っ張る輩を舌鋒で打ちのめした。

新聞社ぶんやさんなら、福祉予算が財政を圧迫していることぐらい常識でしょう」

「福祉から拓ける事業もあるんです。介護ロボット、介護職員の雇用、新薬、バリアフリーの機器……」

記者が真っ赤になって反論すると、彼はとどめの一言を放った。

「ぜんぶ利権でしょ?」

「」

これ以上は埒が明かないと思ったのか、記者は白旗を揚げた。

「赤じゃないんですね」

追い打ちをかけるように彼は背中から撃った。

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