夢の話だよ
カム菜
夢の話だよ
夢の話だよ
夢の中でなら何をしてもいい。
それは、どこにでもいる、というには少しばかり過分な不幸と共に人生を送っている私にとっての拠り所であった。
自覚のある根暗であるからか、人に嫌われがちな私は、対人関係において嫌な気分になることが多いのだがそういう嫌な気分になった日の夜には必ず明晰夢を見るのだ。
明晰夢。夢の中だと自覚できる夢。夢の中で自由に行動できる夢。
夢はいつも真っ白な部屋の中、嫌な人が拘束されて地面に横たわっているといったところから始まる。夢の中の私はなんでもでるので、私が念じれば殺風景な部屋の中にどんなものでも出現させることができた。
その夢の中で私はいつも人を苦しめて苦しめて殺す。そうしなければ夢から覚めることはないと、夢の中の私は理解しているからだ。
………もちろん半分は嘘だ。夢から出られないと理解しているのは本当だけど、夢の中での殺人は多いに楽しんで行っている。現実においては虫も殺せない小心者である私にとって、この夢はたいそう魅力的な憂さ晴らしであった。
夢を見始めた当初は自分の残酷さに多少恐怖したが、夢の中でミンチになった嫌味な同僚が次の日も元気に嫌味を言ってきたあたりでどうでもよくなっていた。所詮は夢だ。別にいいだろう、と。
今日の夢に出てきたのはお昼に対応したクレーマーだった。無理難題を突きつけてきてお客様は神様だろうと騒ぎ立てていた迷惑な奴。こいつの対応に時間が取られたせいでお昼の休憩時間が削られたのも腹がたった。
そのクレーマーは今私の目の前で拘束されて転がされている。早く助けろこのぐず、などと喚き散らしている。この状況下でなぜ強気でいられるのだろうか?……まぁ、私の夢の中だから私がそういう人であってほしいと望んだからなんだろうけど。
さて、どうやって殺そう?そりゃあまぁ対応したときはムカつきはしたけれど、クレーマーにいちいちじっとりとした殺意なんて向けていたら接客なんてやってられないし、そこまでの恨みはない。夢の中では体感何日でも過ごせるようではあるが、あまり長くいると次の日に疲れが残る傾向にある。明日は、少し面倒な仕事があるから疲れはなるべく残したくない。
ならば、ここはシンプルに暴力でいこう。
ギャアギャアとわめくクレーマーの腹に思いっきり蹴りを入れる。夢の中では私の体は強化されているので、むちゃくちゃなフォームであっても足を痛めることはなかった。クレーマーは「何ぼさっとしてんだてめ、ゴブっ?!」とつぶれた様な悲鳴をあげ、何が起きたか分からないと言った顔で一瞬固まった後、めちゃくちゃな罵声を浴びせてくる。うるさい。うるさかったので静かにしてください。と声をかけてから続けて腹を蹴り続ける。「お、おい!ゴヒュッ」「やめ、グァッ!」「何、グボァ!」そんな悲鳴が聞こえるのを無視して蹴り続ける。蹴るたびに中がぐちゃぐちゃになっていく感覚と、何本かの骨が折れていく感覚が伝わってくるなぁ、などと考えながら思いっきり蹴ったり、飽きたら馬乗りになって顔面を殴ったりしたりしていた。
作業に夢中になっていると、ふと、クレーマーがごめんなさいとしか言わなくなっていたことに気づいた。そのころには腹は鬱血で、人体の色か?ってくらいにどす黒く変色していたし、顔の大きさは二倍ぐらいになって前も見えていない様子だった。反省しましたか?と声をかけると、はひぃ。と歯の抜けた口から間抜けな声での返答が返ってきてクスリと笑ってしまう。「よく言えましたね、許してあげましょう」そう声をかけると男はほっとした様子になって涙まで浮かべていた。その顔を踏み潰して脳漿をぶちまけると、その日の夢はそれで終わった。
その次の日は、陰口を叩いていた同僚だった。この同僚は本当に嫌なやつで、この夢の常連であった。嫌なやつを痛めつけれる、のはいいけど何度も顔を見ることになるのは良いのか悪いのか分からないな。と思った。
今日は早めに寝たし(実は、今日この同僚の夢を見るだろうと思い、たっぷりと痛めつけてやろうと思ってそうしたのだ)、何か変わったことをしてやろうと思う。あいつは何を嫌がるだろうか。そういえば、今日あいつは虫が嫌いだと言っていた。
無意味に指を鳴らすと、部屋の中に黒い箱が現れた。その箱は人が一人入れるくらいの大きさで、中に入るために横に階段が付いている。
「佐藤さんさぁ、今日虫が嫌いって言ってたよね?小さい蜘蛛ごときにキャアキャアと騒いでたよね?あれ、迷惑だから克服するの手伝ってあげる」箱の中には肉食の毒虫が大量に入っていた。箱は不透明だから上から見なければ虫を見なくて済むのだけれど、こいつを入れるときにはどうしても目に入ってしまう。うぞうぞと蠢いていて、不快な羽音がして、とても気持ちが悪い。
佐藤さんは目に涙を浮かべながら首を横に振っていた。言葉にならない悲鳴が口から漏れ出ている。これまで夢に出てきた時にはもう少し反抗的だったから、虫が嫌いなのは本当なのだろう……いや、私が虫嫌いをそれだけ真にうけたのか。
悲鳴をあげたら口から虫、入っちゃうかもね?と声をかけて箱の中に突き落とす。「んーー!んーーー!」くぐもった声が聞こえてきた。おぉ、ちゃんと悲鳴を我慢している。やるじゃん。
そう思っていたら「ぎゃあっ?!痛い、痛い、痛、おご、おええっ」と、悲鳴が変わった。中の虫に噛まれて、反射的に声を上げてしまったのだろう。そのときに随分と虫を飲んだ様子で、これから彼女は口の中に侵入した毒虫たちにやわらかい内臓を食い散らかされることになった。毒で死ぬのが先か、内臓を食われたショックで死ぬのが先か、どちらだろうとぼんやり思う。
「イヤァァァ!!おぇ、ごぶっ」「やべでやべでやべで」「あ、ぎ、あ、ぁ……」しかし中が見えないし、箱に近寄るのも嫌だから干渉しようがなく、段々と弱っていく悲鳴を聞くくらいしかやることがなくて退屈になってきた。せっかく地獄の苦しみを味わってもらってるのに、私の暇つぶしにもなってないなんて、少し気の毒だなぁ。なんて思う。その日はそれから、中の悲鳴が完全に消えるまでぼうっとすごして夢は終わった。
次の夢は衝撃的であった。床に転がされていたのが小学生くらいの子供であったからだ。その子供は、今日お店の中で走り回っているのを注意した子だった。たしかに、注意した後反抗的な態度を取られてイラつきはしたが、まさかこんな子供が出てくるなんて。血の気が引いていくのを感じる。今まで、この夢に出てきたのは大なり小なり殺意を抱いた相手だった。そういう物だと思っていた。私は、こんな小さな子相手に殺意をいだくような人間だったのか?!
「おばさん、誰……?ここどこ……?」そう、怯えた様子で声をかけられた時、私は咄嗟にその子の首を絞めていた。この空間に罪なき子供がいることに、1秒たりとも耐えられないような恥ずかしさを感じていたからだ。黙ってくれ、消えろ、すぐに楽にしてあげる、私はそんな人間じゃない、思考回路がまとまらず渦巻いていた。
嫌な汗が出ているからか、焦りからか、子供はなかなか死ななかった。疲れて手を緩めてしまいつつも、それでも無我夢中に祈る様に力を込めていた。人は、こんなにも死ににくいものだったろうか?永遠とも思える時間が過ぎて、私は目を覚ました。起きてすぐ吐いた。人を殺す夢を見始めてから初めてのことだった。
今日の夢は、セクハラ部長だ。セクハラを拒絶してから私にキツくあたるようになったクソ野郎。心置きなく痛めつけられる。最近は、夢の中でどんなことをしてやろうかと拷問なんかについても調べる様になったから、今日はその中の一つをアレンジしてやろう。「前から思ってたんですけど、部長のその頭、半端に髪の毛残してるより思い切ってスキンヘッドにした方がいいですよ」そう言って私は部長を台に固定していく。念じれば一瞬で終わる作業だけど、こうして何かをされる予感も人を苦しめるものだと分かったから、あえて手作業でやる。「じゃじゃーん。ゲストのヤギくんです」部屋の中に唐突にヤギが現れる。「これから部長の頭に塩水を塗るんですけど、ヤギってミネラルが大好きだからなめとっていくんです。そこからどうなるかは……まぁ、お楽しみで」そう言って部長の頭にハケで塩水を塗っていく。くすぐったそうにしてるのが不愉快だ。ヤギはそれをみるとすぐに舐め始めた。やはりくすぐったそうにしている。この拷問は本来、足の裏でやるもので、最初はくすぐったい、で済むのだけれど「痛?!痛い、痛い、おい、なんか痛いぞやめさせろ!!」ヤギの舌はざらざらとしていて、コンクリートなんかも削ってしまうぐらいのものなので人間の皮膚なんてすぐにボロボロにしてしまうのだ。足の裏よりも皮膚が薄いから、早めに削れてるのかな、なんて思う。
でも、足の裏でやるときと違うのはこれからだ。頭皮の下には頭蓋骨がある。その中には『くされ脳みそがはいっている。』最近気づいたのだけれど、この世界では私が許さなければある程度絶命を引き延ばせる。なんで気づいたんだっけ?まぁいいや。ともかく部長はこれから死ぬことも許されずに生きたまま脳みそをこそげ取られていくことになる。どうなるかな。ヤギを撫でながら様子を観察していく。頭蓋骨を削るのはそのままだと時間がかかりそうなのでヤギの舌を強化しておいた。「ギャアアアア痛い痛いやめ、やめろ!!」「やめてくださいお願いします死んじゃう死んじゃう」「ごれどうなっでるんですかァァァァ?!!」悲鳴に戸惑いが混ざり始めた。みると頭蓋骨がだいぶ削れていた。これは脳にも相当な振動が伝わっているだろう。脳には痛覚がないはずだけど、意識そのものを削られていく恐怖はどれほどだろうか。そう思っている間にもヤギは頭をこそいでいく。塩水を少し足してやったけど、今更沁みるのは気にしていられないといった様子だった。「あ、あぁあ……」「おぐ、あええ?あえ??」だんだんと、明瞭な発音がなくなってきた。白目をむいて顔面を涙やらなんやらでぐちゃぐちゃにして、なにより血まみれで、その様はなんだか奇妙に愛おしいとすら思えた。
半分ほど食べ進んだところで、ぴくんぴくんと痙攣するだけになった。まだ動いているけど目覚める感覚がある。死んでも神経がどうとかで動くことがあるとかなんとかってやつだろうか。今日はスッキリと目覚められそうだ。
スッキリと目覚めて朝会社にいくと、偉い人が集まっていた。そして私は怒鳴られた。身に覚えのないミスを責め立てられている。訳もわからずに辺りを見渡すと、嫌味な同僚とセクハラ部長がこちらを見てニヤニヤしていた。はめられたのか?しかし私に味方しようなんて人はいなくて、みんな遠巻きに気の毒そうに、あるいは面白そうにみているだけだった。目の前が、真っ白になる。悪い夢を見ているようだった。
夢。あぁ、なんだ、夢か。夢の中では何をしても良いのだから、こういうこともありえるよね。あぁ悪夢だ。早く目覚めなきゃ。
夢の話だよ カム菜 @kamodaikon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます