Epilogue(3)


▼ 23:00 JST ▼


 内閣情報捜査局CIROビルの地下施設。

 地下作戦本部バンカーフロアには、今夜も深夜勤務の情報分析官たちが詰めており、24時間態勢の情報分析が行われている。基本的に情報分析官の仕事は交代制である。だが任務によっては時に、泊まりがけになることも多い。そのためフロアの隅には、宿泊用の設備も完備されている。

 シャワー室の一室が、使用中になっていた。

「ふぅ~。生き返るわ~」

 ノズルから糸のように噴出する温水を頭からかぶり、黒髪の少女は安堵のため息を漏らす。

 濡れた髪を掻き上げ、胸元に落ちてくる温水で四肢を濡らし、笑みを漏らしている。

「作戦終了。後は、ブレイカーたちを帰りの飛行機に乗せれば、私も家に帰れるのね~」

 イーグルアイは、もう何日も家に帰らず、地下作戦本部バンカーフロアに引きこもってきた。

「泊まりがけの作戦って、ゲームにログインできる時間が減るから、嫌なのよね。せっかく大型アプデがきてたから、徹夜でインしようって、クランメンバーと話してたのに……いきなり仕事なんだもん。次に副局長が女子会を開くって言ってきたら要注意よ、ホント」

 元々の性格が引きこもり気質であるため、屋内に長らく留まることに抵抗はないが、その居場所が職場であるというはストレスだ。ここでは、ネットゲームをする自由もなければ、好きな漫画を読んでいる暇もない。元大統領の暗殺作戦中なら、尚更のことだ。

「それにしても相変わらず、とんでもない組織よね、ここ。給料は良いけど、命がいくつあっても足りないって感じだわ。まあ私、運動音痴だし、情報分析官だから比較的安全だけど」

 言いながら、最前線である米国へ出向中の、カナタたちのことを思った。

「…………信用してる、かぁ~」

 思い出し、口に出すと、頬がニヤけてしまう。

 鏡に映った、そんな自分の顔を見て赤面してしまう。

「ち、ちが! 嬉しくなんて!」

 1人で言って、1人で照れている。鏡の自分に、照れ隠しを言っている。

 そのバカバカしさに気付いて、イーグルアイは複雑な顔をした。

 物憂げに壁へ寄りかかり、シャワーを浴びながら、ぼやいてしまった。

「…………やっぱ私……好きに、なっちゃってるのかな」

 俯き、耳の先まで赤くなった。異様にシャワーが熱くなったように感じ、イーグルアイは慌てて蛇口を捻って、温水の噴出を止める。

 身体を拭き、いつもの仕事用のスーツに着替えて、シャワー室を後にした。

 下位レベルの情報分析官とは違い、イーグルアイのような上級分析官が使う仮眠室は個室である。自分用の仮眠室に戻り、備え付けのPCで簡単にメールをチェックした。

 そうしてからベッドに横たわり、天井を見上げる。

「なんだか、どっと疲れたわね」

 言いながら、自分のスマホを取り出した。受付画面に表示された時刻を確認し、もうかなり夜が更けていることを実感した。何となく、写真フォルダを開き、自分が内閣情報捜査局CIROの一員になってからこれまでの、様々な思い出が詰まったアルバムを閲覧し始める。

 本名を知らない同僚たちや、リセやルークと一緒に行ったショッピング。それに旅行の写真。これまで解決してきた様々な事件の後、みんなで行った打ち上げ大会。その温かい記憶を振り返っていると、いつも孤独を感じずに済んだ。

「…………え?」

 だが、とある写真を開いたところで手が止まる。

 何か、違和感があった。何なのかはわからないが、見逃してはいけない何かである。

 その違和感の正体を突き止めようと、イーグルアイの思考はフル回転を始めた。

 やがて――――その原因に思い至ってしまう。

「………………嘘………………でしょ……?」

 信じられない。

 信じたくない。

 たまらずベッドから飛び起きて、室内に備え付けのPCの前へ、再び舞い戻った。

「そんな、まさか……私の勘違いに決まってるわよね……!」

 アクティブ・ディレクトリでログインし、自分の仕事用の端末に遠隔アクセスした。自分の気が付いた事実の裏付けを取ろうと、懸命に機密ファイルを検索して、確認する。

 そうして、その絶望的な結論に至り、一気に血の気が失せる。

「じゃあつまり…………“エリスの正体”って……!」

ぷしっ ぷしっ

 空気の漏れるような音が、突如として室内に響いた。

「……?」

 背中から腹部にかけて、熱を感じた。なぜなのか理解できなくて、イーグルアイは自身の腹部を見下ろす。白いシャツが、真っ赤に染まっている。熱は激しい痛みへと変わり、立っていられないほどの重い苦痛に変わった。

「…………いたっ……!」

 銃で撃たれたのだ。

 発砲音が静かだったことからして、消音器サプレツサ付きである。

 他の職員たちは銃声に気付いていないだろう。その絶望を理解しながら、イーグルイアは我慢できず、膝を落としてその場に倒れ伏す。床に頬を押しつけ、動けなくなる。

 途端にぼやけ始める焦点。背後から自分を撃った犯人の足が、目の前に見えていた。

 今にも途絶えてしまいそうな意識を懸命に繋ぎ止め、何とか犯人の顔を見上げようとする。

 そうして確認できた人物の正体に気付き、イーグルアイは悲しくて、涙を流した。

「……やだよ……どうして…………?」

 もう、そう言うだけで精一杯だった。

 イーグルアイの意識は消える。

 その様子を見届けた後、犯人は、音もなく仮眠室を後にした。

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ザ・ブレイカー 兎月山羊/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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