Epilogue(2)


▼ Day4 05:00 EST ▼


 第四執行者フォース・カインドを連行するヘリに同乗し、辿り着いたのは、最寄りの米軍基地である。

 予想していたことではあったが、やはり基地内は騒然としていた。

 テロの被害確認や救助活動に追われる兵士たちが、ヘリで慌ただしく離着陸を繰り返しており、軍用車両も列を成して、こぞって市街地へ向かって出発していく。

 そんな混沌とした状況の渦中を、カナタは、案内の兵士に連れられていた。

「こちらです」

「……」

 基地内を循環するバスに乗車し、到着した先は、無数の兵舎が連なる複合施設である。兵士たちの宿泊施設や、訓練施設が統合された場所のようだ。その入り口を通過し、いくつかの厳重なセキュリティゲートを抜けた先で、ようやく目当ての場所に辿り着くことができた。 

 特別尋問室棟――――。

 政治犯やテロリストからの聴取が行われる、最新鋭の設備が整えられた尋問室が、無数に存在する棟だ。いくつもある尋問室の扉は全て、分厚い防弾の鉄扉になっており、それが整然と並んでいる廊下の光景は、異様な圧迫感がある。

 使用中のランプが灯っている部屋が、1つだけあった。

 その扉の横には、腕を組んでカナタを待っていた、黒髪の少女の姿があった。

 兵士に連れてこられたカナタに気付くと、少女、ロベリアは愛想笑いもなく言った。

「遅かったのね」

「……」

 カナタは何も答えない。2人とも神妙な顔つきである。

 案内の兵士が、扉の端末へセキュリティカードをかざすと、鉄扉は自動で開いた。

 兵士を入り口で待たせることにして、2人は黙って、尋問室へ入室した。

 防音、防爆の白い壁で八方を囲まれた、何もない部屋である。テニスコートの半分くらいはありそうな、広い空間だ。室内には椅子も机もなく、調度品は一切、置かれていない。壁には埋め込み式の監視カメラがあるだけで、飾り付けもない。

 ただ部屋の中央に囚人が1人、立っているだけだ。 

「…………これは、いったいどういうつもりだ?」

 殺意に近い怒りを視線に込めて、カナタはその囚人を睨んだ。

 囚人は幼かった。中性的な顔立ちをした、性別不明の人物だ。白い拘束具で手足の自由を封じられている。しかも手首には手錠がかけられ、その鎖は床のアンカーに繋がれていた。

 囚人は優しい微笑みで、カナタに尋ね返してくる。

「何が言いたいんだい?」

「お前が、こんなに簡単に捕まるはずがない。わざとだろう。いったい何を企んでいるのかと聞いているんだ。くだらないことを聞き返すな……!」

「カナタ……君は少し、ボクについて誤解しているよ」

 伝説の国際指名手配犯、エリスは、嘆息混じりに答えた。

「ボクは、君が考えているような万能の存在じゃない。だからこそ、絶対に捕まらないなんてことはない。この世に絶対のものなんてない。君なら、よくわかっていることじゃないか」

「ふざけるな……!」

「君がボクのことを、それだけ認めてくれているのは嬉しいけれどね」

 少し冷静さを欠いて苛立っているカナタを、エリスは興味深そうに眺めていた。

 そして、その隣で、腕を組んで黙っているロベリアにも目を向ける。

「事実、ボクは、そこにいる沙耶白ホムラを殺し損ねただろう?」

 声をかけられたロベリアは、しばらく無表情で黙っていた。

 油断なくエリスを観察した後に、素っ気なく挨拶をする。

「久しぶりね、エリス」

「やあ。元気そうで何よりだよ、ホムラ」

「とてもじゃないけど、人のことを撃ち殺そうとした人の挨拶とは思えないわね」

「あの時は、君の口を封じるために、ああするしかなかっただけだよ。別に君のことが嫌いだったわけじゃないんだ。君を殺しそびれたことを、今では良かったと思ってる」

「どうかしら。あなたが、わざと私を殺し損ねたという可能性だってあるんじゃないの?」

「君もカナタ同様、深読みがすぎるんじゃないのかい?」

「……」

 エリスは悪気なく、無邪気に微笑んで言った。

「嬉しいなあ。こうして君たちがボクに会いに来てくれたのは、どういう経緯であれ、ボクのことを気にしてくれてのことだろう?」

「前向きな言い方をすれば、たしかにそうかもしれないわね」

 エリスの発言に、ロベリアが皮肉で返す。だがエリスは、気にせず続けた。

「こうしてボクが捕まったことを、君たちが怪訝に思っているのは、よくわかったよ。そう思う理由は、捕まることで、ボクがこれまでの力を失うからだと考えているせいなのかな」

「……」

「……」

「なら安心して良いよ。ボクは“何も変わらない”から」

 悪意のない宣告。ただ当然であると言わんばかりに、エリスは語った。

「どこにいるのかなんて、ボクにとっては些細なことなのさ。ボクは時間にも、場所にも、束縛されることなんてない。苦しんでいる人がいれば、いつだってその人の助けになれる。人々を救うことが、ボクの使命だからね」

 苦しむ者の救済になりたい。そう告げている、エリス。

 第四執行者フォース・カインドが、史上最善の救世主カリスマと呼んでいたのは、そのためかもしれない。

 だが相手はカナタにとって――――これまでずっと探し求め、ついに追い詰めた宿敵だ。

 カナタの人生だけでなく、数え切れない人々の未来を奪った、本当の意味での悪魔。

 その当人であるエリスを目の前にして、ようやく言葉を交わしている今、カナタは積年の疑問を投げかけてみたくなる。

「お前は…………いったい“何”なんだ」

 この怪物は、どこから生じたのか。

 とても同じ人間だとは思えない。

 人の世にあらざる、人の姿をした、悪意なき災厄そのものだ。

 エリスは、無垢な笑みを浮かべて答えた。

「ボクは――――“君を愛する者”さ」

 意味不明な応答。

 その言葉を最後に、エリスが言葉を発することはなくなった。

 何を尋ねても無言で微笑むだけの敵。

 今日は、それ以上の会話をすることは諦め、カナタとロベリアは尋問室を後にする。

 何もない部屋に独り残された怪物は、いつまでも微笑み続けていた。不気味なまでに。

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