Epilogue(1)
冬の日没は早い。
まだ帰りのラッシュアワーだと言うのに、すっかり陽は落ち、街は夜の景色になっている。
官庁街の一角にある、
1時間ほど前から、どこのテレビ局でも、全く同じ緊急特番を報道している。
ニューヨーク市で、大規模なテロ事件が発生したというニュースだ。
街全体が州兵によって封鎖されており、一般人は誰も近づけないらしい。まだ被害の規模や、どのような攻撃だったのかはわからないようだが、現地の物々しい様子を、日本人のレポーターたちが懸命に伝えてきていた。
狩月ケイゾウは、ぼんやりとそのニュース報道を眺めて呟いた。
「これからしばらく、米国政府は事後処理で忙しそうな感じですねえ」
応接デスクでモバイルPCの画面を睨んでいた、白衣の女性が反応した。
「事後処理については他人事だから、日本の私たちは気楽だな」
「他人事にできるから、協力したとも言えますねえ」
白衣の女性、副局長であるドクターは、自分の凝った肩を揉みながら言った。
「まあ、うちの工作員が関わってるわけで、完全に他人事と言うわけでもないけどな。しかし、ニューヨーク市への電磁パルス攻撃。世界中で緊急放送されてる、歴史に残るテロ攻撃が発生したと言うのに、日本の情報捜査機関の大ボスが、よくもまあ、呑気にテレビなんて見てるもんだよ。SNSも大騒ぎだって言うのに。相変わらず、肝の据わった爺さんだ」
ドクターの、普段通りの辛辣な意見に、狩月は苦笑して見せた。
「鈍感力というやつですよ。あんまり固いこと言わないでください。その日本の情報捜査機関の大ボスは、早速、官邸に緊急招集をかけられてるんです。連動して日本国内でのテロが起きる可能性はないのか、警視庁やら防衛省がピリピリしてるんですから。これから長ーい報告会が始まるんですよ? その前に、ちょっとくらいリラックスしてても良いじゃないですか」
「よく言う。米国のテロの背後で、うちの人間が動き回ってたんだぞ。がっつりと関係者、ある意味で当事者じゃないか。知らんぷりできる、面の皮の厚さに感心するよ」
「おやおや、ドクター。そこは認識の相違ですねえ。この事件に、うちの人間は関係なんてしていませんよ。そこのところを、誤解してもらっては困りますねえ」
「はいはい。表向きは、そう言うことになってるからな。まあ、結果オーライ。今回の作戦は見事に成功したと言って過言ではなさそうだ。元大統領の身柄を拘束したそうだからな」
「身柄の拘束ですか。私だったら口封じのために、消えてもらいますがねえ」
「実際、拘束と言っておいて暗殺している可能性もあるだろう。そこはもう、米国任せさ」
ドクターと話をしている最中、狩月のデスクの上の外線電話に、着信が入る。
「おや。ようやく繋がりましたか」
狩月は嬉々として、受話器を取った。
受話口から聞こえてきたのは、聞き覚えのある無愛想な老人の声だった。
『…………何の用だね、狩月局長』
「お久しぶりですねえ、グルーバー長官」
電話をかけきたのは、CIAの長たるグルーバー長官だった。
実際のところ、2人は数日前に会ったばかりだ。それが密会だったこともあり、狩月は白々しく「久しぶり」などと発言している。グルーバーは不機嫌そうな声色で、狩月に応えた。
『知っての通り、我が国は今、とても慌ただしい状況だ』
「そりゃそうでしょうねえ。承知していますよ」
だったら、なぜ直接連絡しろと秘書官に伝言を残したのか。
そう言いたいのを我慢して、グルーバーは狩月へ、淡々と言い聞かせた。
『
「外国の関与ですか~。本当に関与していたら、大変な事態ですよねえ」
CIA側から要請したとは言え、自身の組織が事件に関与していることを、狩月はとぼけている。狩月の軽々とした態度は、生真面目なグルーバーにとっては、いつも腹立たしかった。
『……あまり悠長に君と話をしている暇はないのだがね』
「そうですね。では、単刀直入にお話させていただきましょうか」
ふざけた態度だった狩月は、突如として真顔になる。
「今回のニューヨークでの事件。背後で暗躍していた国際指名手配犯を逮捕したそうですね」
『……』
思わず黙り込んでしまう。
油断させておいて、急にナイフを突き立ててくる。いつもの狩月のやり口である。
諜報の世界に身を置いて長いグルーバーは、狩月がそれを、確信を持って尋ねてきているのだと、速やかに察した。迂闊に否定すれば墓穴を掘るだろう。敢えて認めることにした。
『なぜ、それを知っている?』
「いやですねえ、長官。そんなのはお互い、企業秘密に決まっているじゃないですか」
『……』
「お話したかったのは、その人物についてのことです。彼。いいえ、彼女なのでしょうか。これから
狩月は、それを申し出てきた。
「それだけの“貸し”は、ありますよね?」
言わんとすることは理解できている。それは、ほとんど脅し同然である。
断れば、いつ何時、どのような情報を漏らされるか、わかったものではない。
世界最大の諜報機関CIA。それを手玉に取りながら、島国の老人は不敵に笑んだ。
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