第17話 エピローグ
目が覚めたのは屋上から飛び降りてから三日後の事だった。
純夏が言った通り、僕は屋上から直下のベランダに落下しただけで、いくつかの打撲や擦り傷を除いては特段命に別状はなかった。
それでも体の傷の割に意識が戻るのが遅かったので、病院は僕に様々な精密検査を受けさせた。
入院している間、警察が何度かやってきて事情聴取をした。適当に誤魔化して受け答えをしたのだが、翌週には「失恋のショックで自殺未遂をした青年」ということで片付けられた。
退院してから、生活が大きく変わる事はなかった。
最初こそ周りの人々は僕のことを不憫に思ったり同情したり、本気で怒ったりしたが、それも一月もすればなんてこともない日常に戻っていった。
あれから屋上には厳重な鍵がかけられた。ドアノブにはいくつもの南京錠が下げられていた。何度か屋上に行ってみたが、もう僕のためにその扉が開く事はなかった。もちろん彼女が再び姿を表すことも。
今まで見てきたことの全てが、現実逃避の幻だったのかもしれない。それでも僕にとっては今やどうでもいいことだった。
失恋をした当初、僕は心に空いた穴をなんとか埋めようと足掻いていた。無くした物を見つけようと、いつまでも四つん這いになって足元ばかりを探していた。
もちろん彼女の存在に代わるようなものはどこにも見つからなかった。
それでもあの事件から、僕は孤独を恐れなくなった。
別れた恋人から連絡が来ないことも、週末に何の予定が無いことも、それはそれで、決して悲観することでは無いと思えるようになった。
僕には人を惹きつけるものなんてなんにもないのかもしれない。いつのまにか安定ばかり求めて、自分自身を見失っていた。そして孤独になることを恐れて、当たり障りのない自分を演じることに慣れ切ってきた。
本当の僕は、臆病でちっぽけな存在だった。
それでも純夏は、僕が人の為に身を投げられる人だと言ってくれた。かつての友人は僕を許し、そしてこれから生きる上での道筋を示してくれた。
莫大な時間はどこまでも続く砂漠のようで、それは簡単に人を孤独にする。けれどもその中をなんとか進んでいくことで、僕らはいろんなことを学び、経験して、大切な物を手に入れていく。
時には空を飛んで、時には地中深く潜って、いろいろな方法があるけれど、希望を持って歩き続ければ、きっとその先には新しい世界が開けるはずだ。
心の空白は新しい自分と出会う可能性でもあった。
彼女のおかげで僕は、ようやく立ち上がる事ができた。
あとはどう進んでいくかだ。
目の前に広がる砂漠はもう怖くなかった。
さて、次はどこに行こうかな。
僕はどこまでも続く地平線を見て、その先の未来に心を躍らせた。
遠くの空から、あのクラシックギターの音が聞こえた気がした。
オーガスタの旋律 亮令 @onody1228
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