Ⅵ.ラブ・コメディアンは賭場を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 ここは、人々の渇望と羨望によって美しく彩られた、賭場とば

 荒野を開拓し作られた街のあちこちで、歓声と狂喜、絶叫と落胆らくたん交錯こうさくしている。


 スロットの軽快な金属音。

 カードがシャッフルされる音。

 ルーレットを回るボールのカラカラという小気味好こきみよい音。

 ビロードの美しい赤絨毯じゅうたんかれたその場所では、様々な音であふれている。


「ジュ・デーム……ジュ・デーム……」


 ラブ・コメディアンも欲望の音に合わせ、うたう。

 すると、カードに熱中していた男が諸手もろてを上げ、雄叫おたけびを上げる。

 どうやら、うまく行ったようだ。

 シルクハットを目深まぶかかぶるラブ・コメディアンの口元には笑みがかぶ。


「ダイゴッコノスリキーレ……」


 ラブ・コメディアンは少し歩いたところで足を止める。

 赤いステッキで身体を支えながら、ルーレットに興じる人々をながめている。

 すると、入り口からけたたましい音と、怒声が飛び込んでくる。

 そちらを見ると、貧しい身なりの少年がひざまずいて許しをいているではないか。


「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ」


 ラブ・コメディアンは颯爽さっそうと少年に近づく。

 いきどおる黒服を制すと、右手をひるがえし、チップを出現させる。

 それにそっとキスをし、少年に手渡すと、彼を連れてルーレットへと向かう。

 彼はラブ・コメディアンから貰ったチップを「Even」、つまり偶数に置く。

 そして、ルーレットは回る。

 ボールが止まったのは、――赤の12。

 少年のチップは2倍となって払い戻される。

 その後、少年はありとあらゆるけに勝ち続けた。

 いかなるイカサマもせず、歴戦のディーラーが起こす奇術トリックをも弾き飛ばして。

 ラブ・コメディアンがその場を去った後も、ひたすら勝ち続けた。


 しばらく経ったある夜。

 ラブ・コメディアンが再び賭場を訪れる。

 かつての少年は貴金属ききんぞくをあしらった、立派なスーツに身を包んでいた。

 そして、賭場のオーナーに成り上がっていた。

 ラブ・コメディアンは肩をすくめると、入り口の方で怒声が上がる。

 そちらを見ると、貧しい身なりの少年がひざまずいて許しをいているではないか。

  ラブ・コメディアンは颯爽さっそうと少年に近づく。

 いきどおるオーナーを制すと、右手をひるがえし、チップを出現させる。

 それにそっとキスをし、少年に手渡すと、彼を引き連れてルーレットへと向かう。


 こうして、賭場のルーレットは再びまわり始める。

 勝者と敗者は常に紙一重かみひとえなのだ。

 そんな人の生を、ラブ・コメディアンは涼しげな目元をさらし、見守っている。

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