Ⅶ.ラブ・コメディアンは演奏場を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 ここは、人々の熱気を肌で感じることが出来る、演奏場《ライブハウス》。

 暗い舞台の上に居るラブ・コメディアンも、今日だけは赤いステッキをマイクスタンドに持ち替え、ゆったりとした足取りで時が満ちるのを待つ。

 開演の時まで、――あと15秒。

 ドラムはスネアとキックで軽くいんんでいく。

 彼との始まりを待ちわびる愛人ラヴァー達の熱狂ボルテージが臨界に達した時。

 まるで宇宙ダコが生まれる時に見せるような、あざやかな赤の照明が点灯する。

 その中心で、ラブ・コメディアンはシルクハットを目深まぶかかぶり、こうささやくのだ。


「ジュ・デーム……、ジュ・デーム……」

『ジュ・デーム! ジュ・デーム!』


 ラブ・コメディアンの声に合わせて、観客も合唱チャントを始める。


「ダーイ……」

『ゴッコノスリキーレ!』


 お決まりのうた唱和レスポンスすることにより、会場の一体感はさらに高まっていく。

 ラブ・コメディアンはこの場に集まった愛人ラヴァー達に花を持たせる。

 両手を広げ、共に在るための言葉を求める。

 お集まりの紳士淑女しんししゅくじょは声にならないさけびと共に、彼の祈りを代弁する。

 

「「「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ!」」」

 

 ラブ・コメディアンの赤い口元の笑みが深まり、場が最高潮クライマックスに至ったその時。

 会場の扉が一斉に開き、黒い軍服に身を包んだ男達がなだれ込む。

 彼らは叫び声と怒号が飛び交う混沌カオスをかき分け、壇上に上がる。

 そして、ラブ・コメディアンを取り囲むと、手にしていた銃剣で眉間みけんに狙いを定める。

 愛人ラヴァー達は息を飲む。

 そして、間髪入れず、げに恐ろしき瞬間が訪れる。

 乾いた音が幾つも鳴り、凶弾きょうだんが発射される。

 だがその時、ラブ・コメディアンは、ついに『四つ目』を解放する。

 

「クモノライナノーツ……、カゼノライナノーツ……」


 するとどうだろう、彼の頭蓋を打ち砕かんとする至近距離の弾丸は、次々と力を無くし、シルクハットのつばに収まっていく。

 何が起こったのか理解できない軍服達に、彼はほんの少しだけ目元を見せる。

 それだけで十分だった。

 戦意を失いくずれ落ちた彼らの一人に優しく寄りい、そのひたいにラブ・コメディアンはそっと接吻ベーゼを行う。

 それを見守る愛人ラヴァー達は興奮のままに、彼のうた唱和チャントし続ける。


 こうして、紳士淑女は満足げに会場を後にする。

 彼らはいずれきたるべき時に、ラブ・コメディアンと共に世界の終りにあらがう者達となる。

 だが、ラブ・コメディアンはそんな哀しい結末フィナーレを迎えたくはないと願っている。

 が、現実はいつも無常なのだ。

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