Ⅷ.ラブ・コメディアンは五里霧中を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 鳥達のさえずりが朝の訪れを告げる、霧深きりぶかい街の線路レールの上を。

 辛うじてえる景色は、巨大な時計の楼閣ろうかくに、背の高い建物の輪郭シルエット

 そして、ラブ・コメディアンの周りを歩く宇宙ダコ達。

 彼らは、道端でたおれている浮浪者ホームレスを見るやいなや、接吻ベーゼを求める。

 その熱烈さは新たな居場所ホームを与えるかのよう。


「ジュ・デーム……、ジュ・デーム……」


 ラブ・コメディアンのシルクハットが霧をいていく。

 が、刹那せつな、空白の生まれた場所はすぐに白でり戻される。

 変化を良しとしないそのかたくなさに、ラブ・コメディアンもお手上げ。

 肩をすくませると、赤いステッキを前に突き出す。


「ダイゴッコノスリキーレ……」


 すると、深い霧の奥から一両の路面電車トラムリンクが浮かび上がる。

 普段、街をはし車体ものとは違い、暗い闇を身にまとった機関車は、煙突から白い蒸気を噴き出し、霧の密度を高めている。

 ステッキの先で停止すると、奥の客車から複数の白いローブを着た影が次々と下り、ラブ・コメディアンを囲む。

 それぞれの右手には鋭利えいりな刃物、左手には骨切鋸ハンド・ソーにぎられている。


「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ」


 ラブ・コメディアンは燕尾服えんびふく下衿ラペルを引き締め、しわひとつない姿へと戻す。

 そして、シルクハットを目深まぶかかぶり直すと、笑みを一つ浮かべる。

 そんな彼に、白装束達は唱和しょうわする。


「……世界輪転ウロボロスよ、永遠えいえんなれ」


 四方八方からおそい来る刺客しかく達。

 が、次の瞬間、赤が一閃いっせんし、全員が地にしていた。

 ラブ・コメディアンは身体をふるわせ荒い息を吐く一人のあごを白手袋をした左手でそっと持ち上げ、目を合わせる。


「あ、あ、あ、あ」


 瞳孔どうこうが完全に開きうつろになるのをながめながら、ラブ・コメディアンは優しい接吻キスを与える。

 次の瞬間、彼の旅は終り、糸の切れた肉の木偶でくへと回帰する。

 残りは宇宙ダコ達により、次々と家路へとかえっていく。


 こうして、場に静寂が満ちたその時。

 機関室エンジン・ルームから一人の少女が下りてくる。

 

御機嫌ごきげんよう」


 黒い婚礼衣装ウェディング・ドレスらめかせ微笑ほほえむ少女は、右手に持つ呼びりんを鳴らす。

 すると、木偶でく達は再び糸を与えられ、それぞれの客車へと戻っていく。

 それを見届けたラブ・コメディアンは、軌条レールから外れると、一礼して道をゆずる。

 少女は会釈えしゃくをし、機関室エンジン・ルームへ戻ると、再び車輪は動き出し、煙突から濃厚な白があふれ出す。

 霧の中に消える黒鉄くろがねを見送りながら、ラブ・コメディアンはデータベースから少女の記録を引き出す。

 

 寓話の仕手マザー・グース

 それが彼女に与えられた役割ネームだ。

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ラブ・コメディアン 南方 華 @minakataharu

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