Ⅴ.ラブ・コメディアンは海を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 ここは、数多あまたの文字が降り注ぐ、電子の深海。

 舞い落ちるそれらは、華麗かれいなタップ・ダンスをきざむとメッセージを形作る。

 宇宙クラゲ達が見つめる中、それらは複雑にからみ合うと、海の底でゆるやかに積み重なっていく。

 はるか頭上にある緑の海面は、ところどころ太陽の光を受けチカチカと輝きを放っている。


「ジュ・デーム……、ジュ・デーム……」


 革靴かわぐつでは不向きなこの場所でも、ラブ・コメディアンはご自慢じまんの赤いステッキ片手に優雅ゆうがな足取りで進んでいく。

 しばらくそうした後、山のように高くそびえる堆積たいせきの前で足を止めると。

 そこにある、折り重なったメッセージのいくつかを拾い上げる。

 真っ白いものは、電子の中で温めたアイの言葉があふれており、いつもの幸せがうたわれている。

 黒ずんだものは、電子の中で冷めたアイの記憶が満ちており、いつかの幸せがうたわれていた。


 それを見つめながら、ラブ・コメディアンはとある淑女レディのことを思い出していた。

 世間を知らず温かい現実で育った彼女は、電子の中でも無邪気に言葉を投げかけていた。

 彼女のそれはやがて力を持ち、人々の心に芽吹めぶいていく。

 その結果、彼女は多くの人にとっての英雄となり、周りは戦場となり、全てを巻き込んで笑顔のまま炎の中に消えていったのだった。


「ダイゴッコノスリキーレ……」


 周囲からふと視線を感じ、ラブ・コメディアンが左右に目を向ける。

 そこに居たのは、拾い上げたそれらを物欲しげに見つめる二つの影だった。

 そう、宇宙ガニと、宇宙ダコだ。

 真っ白いものは宇宙ガニの好物であり、

 黒ずんだものは宇宙ダコの好物なのだ。


「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ」


 ラブ・コメディアンが軽く口づけをしてからそっと差し出すと、け寄って美味しそうにむさぼる。

 だがそれだけでは満足できず、彼らは例の堆積に向かうと、仲間を増やし思うがままに食い平らげ、各々おのおのの居場所へ戻っていく。

 おびただしい数の白い水瓶みずがめが並べられた場所では、

 宇宙ガニが吹き出す白い泡で満たされていく。

 おびただしい数の黒い水瓶みずがめが並べられた場所では、

 宇宙ダコが吐き出す黒いすみで満たされていく。

 

 それらは季節がめぐれば、やがて虹色にじいろの泡になって、再び地上へと舞い戻っていく。

 意味を失った文字は再び人々の想いと共に黒と白に色分けされ、いくたびの物語でおどり明かし、海の底へと辿りたど着くのだろう。

 ラブ・コメディアンはシルクハットのつばを上げ目元をさらし、そのさまを笑顔で見守っている。

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