Ⅳ.ラブ・コメディアンは皓月千里を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 夜のしじまが満ちる中、鉄塔てっとうたちを結ぶ長い鋼線こうせんの上を優雅ゆうが闊歩かっぽしている。

 先導するのは、一羽の黒い精悍せいかんな顔つきのカラス。

 ラブ・コメディアンの黒い燕尾服えんびふくと同じようなその尾は、右に左にとれている。

 その動きに合わせていくと、ラブ・コメディアンの足さばきも、ぐんと軽やかになる。


「ジュ・デーム……、ジュ・デーム……」


 大きな丸い月が皓皓こうこうと輝きを放ち、一羽と一人のダンスを見守っている。

 だが、しばらくすると、その光は徐々じょじょかげりを生む。


「ダイゴッコノスリキーレ……」


 カラスが止まったのを見て、ラブ・コメディアンもその場で頭上をあおぐ。

 月はじらうように赤みを増し隠れていく中、その周りにある星は「私たちを思い出して」と言わんばかりに、はるか過去に送り出した祈りオラシオンをこの青い惑星へと届けている。

 その想いに気づく者は決して多くはない。

 ここでは、限られた命のきらめきを目の前の一日へ燃やし続ける生物がほとんどで、それがかなわなくなった時に初めて、天を仰ぐのだから。


 月が完全に戸を閉め、闇がさらに深まったその時。

 目の前に全身が白く輝く、紫の長い髪をしたうら若き淑女レディが現れる。


「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ」


 ラブ・コメディアンは淑女レディのことを知っていた。


「一曲、おどって頂きませんか」


 たましいに直接ひびき渡る少女の声は、実に甘美かんび健気けなげだ。

 在るべきひかりを無くしたこのひと時だけが、二人の時間だった。

 ラブ・コメディアンは小柄な淑女レディと踊り始める。

 カラスは仲間を呼ぶと、それぞれがテノールに、ソプラノに……と重ね合わせ、美しいポリフェニーで場をいろどる。

 輪舞ロンドするたび、少女からまばゆい光が放たれ、辺りの森林へと流れ落ちると、そこから新しい芽吹きが生まれる。

 だが、月が本来の輝きを取り戻していくと、淑女レディの姿は闇の中に溶け込み、やがて手の感覚も失われる。

 淑女は完全に消える前に、ラブ・コメディアンの耳元でささやく。


「いつか、貴方が私たちを救ってくれますように」


 ラブ・コメディアンはシルクハットのつばを上げ目元を見せると、笑みをこぼす。



 再び、星空に大きな丸い月が皓皓こうこうと照り輝く中、一羽のカラスとラブ・コメディアンは歩き始める。

 ラブ・コメディアンは淑女レディのプロフィールを膨大な記録から抜き出す。

 彼女は上位存在により定められた、この星を終わらせるための鍵だ。

 たとえ彼女が望まなくても、そう運命付けられている。

 


 宇宙ダコの姫。



 それが、彼女の呼び名ニックネームだ。


 

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