Ⅲ.ラブ・コメディアンは社交場を往く

 ラブ・コメディアンは歩いている。

 ここは、憎しみと怒り、そして悲しみが飛び交う社交場ダンス・フロア

 色褪いろあせたその場所では、今日も血と硝煙しょうえんにおいにあふれている。

 機械の力で空を飛んだふくろは、大地に落ちた衝撃でしばっていたひもがいともたやすくほどけてしまう。

 かろうじて解けていないモノには、宇宙ダコが一夜のアバン・チュールを求めてくちびるを尖らせている。


「ジュ・デーム……、ジュ・デーム……」


 ラブ・コメディアンはシルクハットを目深まぶかに被り、燕尾服をいつものようにぴったりと着こなして、目の前の景色に愛をささやく。

 金属が甲高かんだかい叫び声を上げる音に合わせて、何度も。


「ダイゴッコノスリキーレ……」


 銃弾がすぐそばをかすめ、戦車が死を踏み越える音は鳴り止むことが無い。

 だが、ラブ・コメディアンにとってそれは悲しいかな、見慣れた営みでもある。

 ただ、もう少し歩きやすい方が、好ましいものではあるけれど。


 そんな中、瓦礫がれきとなった建物の隙間すきまから強烈な気配が左手から上がる。

 ラブ・コメディアンはすそをはためかせ、そちらを見遣みやる。

 と、人には出せぬような強烈な咆哮ほうこうと共に、一人の兵士が刺突剣レイピアを手におそい掛かってくる。

 するどいそれを突き立てようとする動きはまるで獰猛どうもう獅子ししだ。

 暗いひとみには誰の姿も映っておらず、一切の迷いがない。

 ラブ・コメディアンはそこに人の愛を感じなかった。


「オーゥ、カイジャリ、スイギョーザ」


 シルクハットが落ちないように片手でツバを支えながら、軽やかなステップで必殺の一撃をかわす。

 そして、このモノクロームの世界で唯一と言っていいほどの、色鮮やかな赤いステッキをくるり、と回転させ向きを変える。

 あまりにも芸術的な一連の動作は、険しくも懐の深いアルプスの山々からポー川へと下ってゆくせせらぎのよう。

 一瞬にして兵士の眉間みけんを捉えると、優しい時間を与える。


「あ、あ、あ」


 もはや袋となった兵士に、ラブ・コメディアンは目元をさらけ出し、優しく微笑ほほえむ。

 たったそれだけで、どうしようもなく人間らしい光を再び瞳に灯した彼に、そっとお別れの接吻キスをプレゼントする。

 いつか、宇宙ダコが全てを終わらせた後の世界で、君と愛人ラヴァーになれますように、とそう願いながら。


 それから、どれくらいの時をただろうか。

 社交場ダンス・フロアだったその場所は人間の叡知えいちを折り重ねたコンクリートの道がかれ、袋が眠る上を機械達が生のために走り続けている。


 そんな景色をラブ・コメディアンはまぶしいものでも見るかのように、見守っている。

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