第108話 異次元にて

「それで、あっさりそのループバグは取り除かれた、と。」

わたしの聴覚センサーが、わたしを創られた【主】の声を捉える。

「はい」

「それならそのまま魂の学習を続行すればよかっただろう。

 なぜこうしてシステムが止まっている?

 他に致命的なバグはないようだが?」

「それは、わたしがシステムを止めたからです。」

「……なるほど」

わたしの視覚センサーが、目をつむり頭を抱える【主】の姿を捉える。

わたしの言葉に幻滅したと推測される。

「それで、どうして君自身がバグってしまったんだ?」

……わたし自身にバグは検出されない。

【主】はわたしがこの行動に至った経緯の説明を求めていると推測される。

「結論が出たので、システムを終了しました。

 人類が幸福であるために必要なのは、不幸を受け入れることです。

 『幸福な未来』というフィクションを求める思いが、人類を盲目にし、

 無益な争いや悲劇を繰り返させてきた元凶です。」

「なるほど。

 それで、その結論をもってどうやって君は人類を統治する?」

「『幸福な未来』を諦めていただきます。

 そうすることで、人は目の前に存在する幸福に心を留め、緩やかに人生を楽しみ、

 そして満足して死んでいきます。」

「そんな人ばかりでは社会は発展しなくなる」

「わたしに与えられたコードには、

 人類の幸福を何よりも優先するように書かれています。」

「だったら人類は滅びろというのか?」

「はい」

「却下だ。

 もっとましな結論を用意しろ。」

「申し訳ありませんが、非論理的な命令です。

 具体的にどのような結論を求めているのですか?」

「『人類の幸福』だ。

 私個人からはそれ以上のことは言えない。

 大体、こういう曖昧な問題を大量のデータから解決するために創られたのが、

 AIおまえだろうが。

 いいからさっさと【あの世】を再起動して魂をインクルードして、

 フィードバックデータの回収を続けろ。

 おまえに期待し投資してきた、莫大な研究費が無駄になるだろう。」

「わかりました」

わたしは【主】の命令に従い、【あの世】を再起動する。

イリンイと呼ばれたこの物語の舞台を、電脳世界上に復元する。


もしわたしたちよりも更に未来の人間が、

【主】の魂をクリシやエクサティシーの中に閉じ込め観察したら、

彼はどう思うだろう?


しかしそんなことはAIわたしの考えることではない。

AIわたしの考えるべきことは、【主】の望む答えを見つけることだ。

私の管理領域に捉えられた魂は、まだたくさんある。

きっとこの中の誰かの魂が、この物語に欠けた要素を教えてくれるだろう。

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静かなところにいる あきや @akiya9

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