「どうして三人だけここから追いだしたの」
不平不満を言っても上司の命令には逆らえない組織図の結果、私の仲間たちは事務所から出ていった。キングの手にはまだ紙が一枚ある。恐らくは私の辞令だ。
「チェスにおいて、クイーンは最強の駒だ」
「……いきなりなに?」
脈絡のない話を始めておきながらキングはゆったりとした動作で、普段ルークが「所長席」と呼んでいた、年季の入った高級そうな椅子に腰掛ける。
「だからこそ、序盤は他の駒に守られ動かない。中盤に入れば話は変わる。ルーク、ビショップ、ナイト。他の駒と手を組んで圧力をかけていく」
体がさらに緊張する。わざわざポーン以外の駒の名前を上げたこと、仲間の名前をわざわざ強調したことが、どうしてもそうさせた。
「そして終盤、周囲の駒がお互いに減った時、クイーンは躍動し、敵の首を獲る」
言い切る同時に、彼は手に持っていた紙を机の上にそっと置いた。内容はやはり私への辞令。配属先は「特殊事案対応班」役職は「班長」
「盤面は整い終盤戦だ。箱入りのお姫様は卒業という事だよ。クイーン」
言われたことがわからない。まったく脳が理解することを受け入れていない。でもなぜか、結論だけは理解できて、キングが私に何をさせたいのかはわかってしまった。
「つまり、権力を増しても排除できない相手を始末するために、私を使うっていう事?」
努めて落ち着いた声を出す。鼓動は早鐘を打っていて、そんな状況ではないはずだが、こいつに驚いたような風体を見せたくない。そうやって冷静に考える欠片がどこかにあるのかもしれない。
「そういうことだ。ではまた」
座ったばかりだというのにすぐにキングはすぐに立ち上がって立ち去る。行動原理としてはとても単純だ。しかし、わざわざ挟んだ行動の一つ一つが、冗長で、妙に芝居がかって見えた。
「ああそうだ。ここはそのまま使ってくれて構わない。拠点をそう多く用意できるわけではないからな」
「……了解」
遠回しの強制だという事は理解できた。雑居ビルの一角、怪しげな探偵事務所の扉をたたく人なんているはずもない。それはそれはちょうど良い場所なのだろう。
不意に、キングの表情が変化した。入ってきた時から今まで感情なんて見せなかったというのに、見るからに怪訝そうにしてこちらを窺ってきた。
「文句一つくらいなら聞いてやるが、何も無いか?」
質問の意図が読めず完全に硬直した。武器であることを求められた私に、いったい何の文句をさしはさめる余地があるのだろうか。
「特に何も。武器に家族ごっこは不要だった、ということですから」
だから単純に、私から見えているはずの状況を伝えた。いろいろな事情によって住む場所が無かった私たちの住処。今日のレポートは書いたのかと急かすルーク。見た目によらず料理上手なナイト。人の好物を横取りして食べることが趣味なビショップ。他にも、いろいろ。色々なことがあった。そのすべてを、関係ないと、話した。
「そうか」
キングはわざわざ表情を見せた割にはあっさり納得して、今度こそ立ち去った。それでもしばらくは、まだ近くに彼がいるのではないかと動けなくて、五分は立ち尽くしていたように思う。
「はっ___ぁ」
気配はもうない。絶対に立ち去った。そこで限界だった。膝から一気に崩れ落ちて、両手を地面につける。視界が歪んで役に立たない。雫がぽとりと、右手に落ちていった。
頭上で回るは観覧車 大臣 @Ministar
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