クレマチスのせい


 ~ 五月四日(水祝) ~

 クレマチスの花言葉

 旅人の喜び




 旅人は。

 ずるい。


 自分は散々楽しんでおいて。

 行く先々ではみんなを喜ばせて。


 誰かを楽しくさせるために、自分は我慢してきた俺と。

 似たような生き方をして来たあいつ。


 少なくとも、世界で二人だけは間違いなく。

 文句を言っていいはずだ。



 人ばかりでなく。

 物だってそう。


 めぐる先、めぐる先。

 自分は楽しんで。

 周りを喜ばせて。


 旅人よ。


 お前は凜々花をこんなに笑顔にさせて。

 自分も楽しそうにたなびいているが。


 どうして俺だけを不快にさせる。


「おにい、すげえ怖え顔でにらんでっけど。前世でこいつらに何かされた?」


 凜々花がどこぞで貰って来た。

 四匹のこいのぼり。


 親父に頼まれてポール買って。

 工事業者手配して。


 かび臭い表面を丁寧に掃除して。

 古い紐を張り替えて。


 落っこちて来ねえようにロープにこぶ作って一匹ずつ結んで空に泳がせて。


 その後、ポールの先に飾りを付けるの忘れてたから、一からやり直し。


「最大限控えめに言っても、一番称賛されるべきはこいつじゃなくて俺のはずだ」

「おにい、思う存分楽しんでこいつ飾ってたじゃん。なぜゆえ称賛されんのん?」

「……お嬢様の目には、俺が嬉々としてこいつを飾ったように映ったと仰る?」

「うん」


 そうか。

 ならば仕方なし。


 最近、料理の腕がめきめき上がってきている春姫ちゃんからのおすそわけ。

 よくできた柏餅を齧りながら。


 せめて。

 恨みを込めてこいつらを見上げることにしよう。



 ――春と夏との境目。

 肌寒さも無い、うっとうしさも無い最高の季節。


 霞がかったような色合いの空を見上げて。

 なんとなく、近い将来に思いを馳せる。


 そろそろ受験の準備を始めないと。

 同好会の活動日を増やさないと。


 最近運動不足だから筋トレしないと。

 出費がかさんでるからバイトしないと。


 あとは……。


 こいつか。


「あ! 凜々花の舞浜ちゃん、こんちゃ~!」


 凜々花に声をかけられて。

 嬉しそうにがっちゃがっちゃ手を振るのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 数か月前は。

 こいつのことが本気で好きだと思ってたけど。


 恋人になりたいとか。

 真剣に考えて、眠れぬ夜を幾晩も過ごしたけど。


「……考え直すわ」

「な、なにが……?」


 錯綜する自分探し。


 今日の秋乃が。

 なりたい自分。



 真昼間の田舎町を徘徊する鎧武者。



 一切かかわりたくない。

 どうして俺はこんなやつを好きになったのか謎過ぎる。


「やべえ……。舞浜ちゃん、超クール……」

「ほんと? 今日のは自信あった……」

「TPOの申し子だぜ。凜々花、感動!」

「こどもの日、だけに……、ね?」


 さっき、春姫ちゃんから届いていたメッセージ。

 

 今すぐ恐山へ行って、ロンメル将軍からいい日焼け止めのブランドを教えてもらって来い。


 意味不明だったけど。

 なるほどこれは。


 愛する姉のおバカを見られたくなかったと、そういう意味か。


「た、立哉君……。そんな怖い顔して、どうした……、の?」

「自分をスカイツリーのてっぺんまで上げた発言すな。鏡見て出直して来い」


 兜から覗く、漆黒の面。

 秋乃が被った総面頬そうめんぼう


 子供が見たら泣き出すほど怖え般若顔してるじゃねえか。


「ほんと惚れ直したよ舞浜ちゃん……。これ、もはや歩くレッドカーペットだよ」

「レッドカーペットが歩いてどうする」


 お前のツボが心配だぜ、凜々花。

 それとさ。



 なんでこれが秋乃だって一発で分かるんだお前。



 ……静かな環境。

 濃い緑の香り。


 世界はこんなにも心地いのに。


 たった一人のせいで。

 身体が頭痛薬と胃薬を要求している。


「警察に掴まったら、自宅じゃなくて俺の携帯に連絡しろ」

「銃刀法違反? この刀、本物じゃないよ?」

「人類って枠からちょっと外れてるのが違反だ。お前がいていいのは、多分地球じゃない」

「オ、オリジナリティーある?」

「多分、今地球上でそんなかっこしてるのはお前ひとりだ」

「そ、そこまで褒められると照れる……」

「褒めとらんわ」

「ほ、褒美をとらせちゃうぞ?」

「キビ団子渡すな」


 ただの鎧武者じゃなくて。

 桃太郎だったか。


「おとも……」

「かつてはこれ一個で鬼と死闘を演じるほどの価値があったのかもしれんが。今は便利な世の中だからこんなのクリック一つでいくらでも手に入る」

「おのれ密林……」


 日本一の桃太郎が。

 電子文化に警鐘を鳴らしつつ。


 具足をがっちゃがっちゃ言わせながら駅の方へ向かう。


 そんな姿をカメラに収めてご満悦の凜々花が。

 俺から巻き上げたキビ団子を丸呑みしながら、急に変なことを言い出した。


「黒い色したイカリング」

「…………やばい毒でも入ってたか? キビ団子」

「そじゃなくてな? パパがお花屋さんのおばちゃんに頼まれて探してるって」

「なにを」

「黒い色したイカ」

「ぜってえ間違ってっから、それ」


 聞き間違いか勘違いか。

 まあ、なんにせよ。


 文面通りに持って行ったら大笑いされる案件だこれ。


「こいのぼり、お花屋さんで店番してるおにいやんとこから貰ったんさ」

「そうなんだ」

「んでな? お礼したいなーって凜々花が言ってたら、パパが欲しいもん聞いて来てくれてな?」

「なにを」

「黒い色し」

「そもそも、なんでおにいやんさんから貰ったのにおばちゃんさんに御礼すんの?」

「パパ、お花屋さんのおばちゃんさんのファンだから」


 意味が通るようで通ってねえ。

 よく分からん。

 スルーしとこう。


「……まあ、おばちゃんさんはともかく。おにいやんさんにお礼しとかなきゃいかんな」

「そだねー」

「何を差し上げればいいかな……」

「おお! それ、凜々花リピートしといた!」

「リサーチな」

「ちいせえころ、ドレスで着飾った人魚をお嫁さんにしてえって言ってたらしいから、ちょいと今からそこの小川に行って来る!」

「あんな用水路に人魚挟まってたら氾濫するわ」


 よしんば、捕まえたとしても。

 めちゃめちゃ困るぞそんなもん貰ったら。


 昔っから、素っ頓狂なことばかり言い出す凜々花を。

 心配してた時期もあった。


 でも、それが個性と、凜々花の周りにはいつも大勢の友達がいて。


 兄としては嬉しくて。

 型にはめることなく過ごして来て。



 そして。

 最近、ちょっと後悔していたりする。



 人魚を捕まえに行く。

 そう宣言した凜々花が。


 家から釣竿とたも網を持ち出して。


 そして今度は。

 こいのぼりを下ろし始めたんだが。


「…………何をしたいんだお前は」

「友釣りっつってな?」

「お前の天才はよく理解できたけど。せっかくもらった品がダメんなるから却下」

「おお、確かに。ほんじゃ戻すか」

「いや、丁度いいから直そう」

「何を?」

「一番下の鯉だけ、ちゃんと泳いでなかったろ。この金具のせいだ」


 子供鯉の口からのびた紐。

 こいつにだけついてたアジャスター。


 よく分からねえから、真ん中あたりまでこの金具で紐を縛って。

 そのまま上げていたんだが。


「口がすぼまって、風が通り抜けなかったんだ。このパーツ必要なのか?」


 他の鯉には付いてなかったし。

 やっぱいらねえみたいだな。


「あ! そんじゃそれ、凜々花にくれろ?」

「いいけど。どうすんだこんなもん」

「あんな? 凜々花の舞浜ちゃんが、髪飾り探しててな?」

「これで縛るのかよ」

「よくね?」


 真っ黒の、U字型したアジャスター。

 石の飾りみたいなものもついてるけど。


 髪留めにするにはちょっとどうかと思う。

 

 ……でも。

 さっきの鎧兜の時も思ったけど。


 凜々花と秋乃のセンスは近いようだし。


「それじゃ、無理強いにならねえようにな」

「大丈夫! 舞浜ちゃん、最近スタイリングに目覚めてるみてえだからぜってえ喜んでくれる! 駅の方行ったよね? 渡して来る!」

「ああ、パトカーが止まってたらそのそばにいるはずだから」

「わかった!」


 妙な金具を大事そうに持って。

 嬉々として飛び出した凜々花の背中が遠くへ消える。


 しかし、髪飾りねえ。

 秋乃を、また困らせることになりそうだ。


 あいつ、凜々花からのプレゼントじゃ断れねえだろうし。

 いつも髪をセットしてもらってる花屋のおばちゃんに。

 これで縛って下さいとか言うことになるなんて罰ゲームだぜ。



 ……だから。



 旅人はずるい。



 こいつにくっ付いてきた旅人が。

 凜々花を笑顔にさせて。

 多分、お花屋のおばちゃんを大笑いさせて。


 だというのに。

 そんな二人の笑顔を壊さないように。


 秋乃はまた。

 きっと我慢する。


「奇跡的な確率だろうけど。……あの、妙な旅人が、秋乃のことも笑顔にさせますようにっと」


 俺は、ありもしないことを願いながら。

 鯉を再びポールへ揚げる。



 すると。



「…………まあ、ちょっとだけな」


 昨日まで仲間外れだった旅人たちの末っ子が。

 親子揃って、元気に泳ぎ出した姿を見て。



 俺の頬が、ちょっとだけ。


 ほんのちょっとだけ、緩んだ気がした。




 Fin.


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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 チラ見せの三日間 如月 仁成 @hitomi_aki

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