two-faced

古邑岡早紀

case1 先輩と後輩(表)


「その……。最近よく求められるんです。……ハイ。そのぅ、『しよ』って。でもなんか実際するとあんまりよくないみたいで、満足してもらえてないのはなんとなく、そのー。わかっているんです。……つ、まりですね。女の人にとってはどの辺りがツボなのかなぁ、と」

 莫迦かコイツは。

 あたしは冷めた目で、小さくなっている後輩を眺め回した。

『どうしても相談したいことがあるんです。時間を割いていただけませんか?』

 と実に真剣にお願いされた。

 これは会社を辞めると言い出すか、彼女ともめていると言い出すか。弓崎が飲みつつ相談といったらどちらかしかない。

 そして今回は後者だったというわけだ。

 前から莫迦だと思っていたが、普通こんなことを相談してくるか?

 それでもあたしは弓崎の指導員だったころの条件反射か、ついこいつの相談には乗ってしまうのだ。

 とはいえあまりのくだらなさに大きく溜息をつき、タバコに火をつけた。

「つまり彼女との円満なセックスライフについてご教示がほしいってことか」

「弘田さん、それ直接過ぎ……」

「弓崎にそんなこと言われたくない。あたしはお前の指導教官だったかもしれないけど、プライベートは知ったこっちゃないし、ついでに言うと先輩とはいえ異性にそんなことを聞くお前の神経がわからない」

 そういい捨てると弓崎は途端にしゅんとした。

「俺だって相談するかしないか、すげぇ悩んだんスよ。でもなんか、こう、結構切実なことになっちゃって」

 んであたしに相談かよ。

 それってまるきり対象外ってことだよね? まあいいよ。対象外でも。対象にして欲しいとも思わないし。

 でも一応あたしは女だぞ? そりゃアラフォーに足を突っ込んだとはいえ、女よ女。いやそもそも今って女ざかりだぞ。それをこの扱いか? 女のプライドとことん傷つけるやつだよな、弓崎って。

 あたしは煙を大きく吸い、ゆっくりと吐き出した。

 まぁいい。あたしの女のプライドはとりあえず置いておこう。いつまでもこんなすがるような目で見られちゃたまらない。

「で? 何が切実?」

 受けたあたしの言葉に、弓崎は途端に満面の笑み。

「それがですね、だんだんとこう、ぎくしゃくしてくるというか。俺は彼女の満足のいくようにしたいんですけど、何が望みなのか全然わからなくて」

「だから、セックスでしょ?」

「いや、そう思ってこういろいろと屈指して手をつくすんですが、満足してくれないというか」

 満足しない、ねぇ。 

 あたしは上から下までじっくりと弓崎を眺めまわした。

 ……モノはよさそうだけどねぇ。

「……弘田さん、その、種馬を品定めするような視線は辛いんでやめてください」

「うるさいな。相談してきた分際で生意気」

 こんななんの身にもならん相談された身としては、少々楽しませてもらわなければ割になわない気がするんだよ。

 だからあたしは最高に意地の悪い笑みを浮かべて言い放つ。

「足りないんじゃないの?」

 すっぱり一言で済ませた途端、弓崎はあからさまに傷ついたという顔をした。

 そんなことで傷つくなら相談してくんなよ。

「それ俺が早いってことですかね……」

「いや、やったことないからわかんないし」

 でも5分で全て完了されたら女としても拍子抜けだよなとつぶやくとそこまでひどくないです、弘田さんの彼氏は最短5分でコンプリートですかといってきた。

 だから今、特定の男はいないってーの。何度言わせりゃわかるかな、こいつは。

 弓崎は自分と彼女の関係が第一で、どうもあたしの話を聞いている節がない。あたしに興味がないのは重々わかるが、いちいちあたしのプライベートを説明しなきゃならないような返答は勘弁して欲しい。

「俺、早いのかな……」

 そう反芻する弓崎はあたしの言葉に侵されて徐々に不安そうな表情へと変わる。

 莫迦正直な犬は、莫迦正直に暗示にかかる。

 しかたないね、ほんとに。

「あたしは足りないっていったんだよ。すぐさま射精しちゃうかどうかってことは問題にしていないけど」

「だから弘田さん、表現があからさまですって」

「あたしの物言いに難癖つけるなら帰るよ」

 そう言い切ると弓崎は大人しくなった。

 そうそう。その調子で素直に聞け。

「弓崎、最近忙しいだろう?」

「は? はぁ。まあようやく仕事も覚えてきたので」

 ま。確かに入社した当時、こいつが3年後に会社に残っているかどうか非常に心配したのは確かだ。もぅ絵に描いたようなだめだめちゃんだった。今でも充分ダメ男だがとりあえずまぁなんとかやっている。

「彼女とちゃんとコミュニケーションとってるかい?」

「してますよっ。会う時間もちゃんととっていますし。いろいろ出かけたり、食事したり」

「セックスしたり」

「……はぁ」

 どうせまた『直接的表現』とかなんとかいおうとしたんだろうが、あたしにやり込められるのを予想したのかちょっと言いよどんだ。

「もしかしたら、お前の愛情をかたちでほしいのかもしれないね」

 かたちかたち、と口の中で呪文のようにつぶやきつつ考え込み、それからあたしへと聞いてくる。

「それって、プレゼントとかってことですか?」

 わかってないねぇ、こいつは。

 こういう彼氏を持っている彼女にあたしはちょっと同情する。

「そういうんじゃなくてさ。愛されている実感が欲しいってこと。セックスで強く求められるもよし、ただきつく抱きしめらるもよし、愛の言葉を囁かれるのもよし」

 まだ20代のころ、あたし自身がそんな願望を抱いたことがあった。

 相手は時間を作ってくれる。食事にも行く。そのまま二時間コースでホテルにも行く。でもそれはまるで仕事をこなすようにお決まりのコースで、日常と化していた。

 釣った魚には餌をやらない。

 そんな言葉が頭をよぎったことは何度もある。

 付き合うまでは男のほうがあたしに夢中になっていたのに、釣ってしまったらもうどうでもいいのかと悔しく思ったこともある。

 まるで義務のように時間を作って会いに来て、義務のようにあたしを抱く。抱いたあとは少々の睡眠。愛の言葉も抱擁もキスもなにもない。やることだけやってはい終わり。

 釣った魚に餌をやらない。いやそれよりもっとひどい。これではまるで釣っちゃったもんは仕方がないから、とりあえず定期的に餌を与えてるようなものでは? そう思ったこともある。

 多分相手も仕事で手一杯だったのだ。それでも愛してくれていたから時間を割いてあたしのもとに来てくれたのだろうが、あたしも若くて相手の状況や心情を理解できなかった。

「弘田さんも、そういうものを求めているんですか?」

暫く黙り込んでいた弓崎だったが、何を思ったのかそんなことを言い出してきた。

「お前、あたしの話、聞いていないだろ? 今決まった相手はいないっていっているだろうが」

「いや、それはわかっていますけど、──どうなんですか?」

何でそういうところだけ執拗に責めたてるかな。相談してきたのはお前だろうが。

 あたしは弓崎に向かってわざと煙を吐き出した。

 タバコを吸わない弓崎は思い切りむせ返っている。

「あたしのことを気にかけるより、自分の足元をきちんと見たらどうだい? 今言ったのはひとつの仮説だよ。もしかしたら本当に弓崎が早漏で物足りないだけかもしれないしね」

 痛いところをぶり返されて、弓崎は再びしゅんとした。

 それでこそ弓崎。

 あたしはにやにやと笑って、タバコを指にはさんだままでグラスを口もとに運ぶ。

「そんなに気になるなら、あたしが試してあげようか?」

 弓崎は一瞬何を言われたのかわからなかったらしく、目をまん丸にして、それから真っ赤になりつつ動揺して見せた。

「え、俺と、弘田さんが? やるんですか!?」

 あたしは視線をそらさない。弓崎の動揺を見て楽しむ。

「やってみればあんたが早いかどうか、わかるけど。ついでに上手いかそうでないかもね」

 弓崎はますますおろおろする。というより恐れているだろ、お前。その証拠に弓崎は即座に断言。

「んな恐ろしいことできないッス!!」

 それを普通口にするか? 思っていてもいわないだろうが。

 あたしは笑ったまま言い放つ。

「弓崎、あたしに喧嘩売ってんの? お前今、あたしの女としての自尊心を思い切り叩き壊したぞ」

「え、弘田さん、俺と本気でしたいっすか?」

 逆質問されて、あたしはちょっと考え込んだ。

 これと、セックスねぇ。

 モノはよさそうだが、長い目で考えると。

「──めんどくさいな」

 正直にいったら今度は弓崎が顔をしかめた。

「俺、面倒?」

「いろいろな意味で面倒だね」

 会社における関係も、性格も、なにもかも。

 そしてあたしは面倒なことはとても嫌う。

 ゆえに却下。

「とりあえず弓崎はもうちょっと処世術を身につけることだね。お前の受け答えを見ていると営業として先が思いやられるよ」

 そうして結局話は仕事のほうへと流れていくのはいつものパターン。

「あ。そういえば俺、見積のことで弘田さんに聞きたいことがあったんですよね」

 まぁ。飲みにいって6:4の割合で仕事の話が出てくるようになっただけでも、成長したか……。

 そう思うことにしてあたしは弓崎の仕事にアドバイスを与え始めた。

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