第1話 赤点回避への道
「状況を改めて整理しよう」
放課後。
机に突っ伏しうなだれる俺、赤城圭一に深刻な声で話しかけてくるのは蒼井夏樹。
幼馴染であり親友だ。
俺は顔を上げる。
夏樹は前の席に座り、腕を組む。
軽く染められた茶色い短髪。スポーティーというか、爽やかというか、つまりいい感じだ。
顔も整っていて、体格もいい。気さくで面白く友達も多い。つまりリア充だ。
これでバスケ部で一年生ながらレギュラー入りしている上に俺より勉強ができる。つまり完全な上位互換だ。
俺が夏樹に勝てる要素なんてアニメの知識か格ゲーくらいだ。誇れねえ。
「お前は今度の学年末テストで赤点を取ると不味いんだな?」
「取っちゃいけないわけじゃない。四つ以上取ると進級が危ぶまれているだけだ」
「十分ピンチなんだよばか野郎」
やれやれ、と呆れるように夏樹はこめかみを押さえる。
「ちなみに勉強の方はどうなってる?」
「う、うん……まあ、それなりにいい感じだったり、するかな?」
俺は誤魔化すように明後日の方を向き、上ずった声で言葉を並べた。
「分かりきった嘘をつくなよ」
すいません。
本当は全然上手くいってなくて困っていたところです。
「勉強しようとはしてるんだぞ? ただ何もかもが分からなさすぎてやる気がなくなり、気づけば本棚に手が伸びてるんだ」
「漫画読んでるじゃねえか!」
「待ってくれ! ゲームはやってないぞ? これは本当だ。神に誓ってゲームはしてない!」
「漫画が許されると思ってるところが問題だよ……分かってんのかよお前、留年したら来年一緒じゃなくなるんだぜ?」
「分かってるよ……」
ヤバいということは理解している。
それは今日先生に呼び出され忠告を受けたことで更に危機感が増した。
でも。
人間やらなければと思えば思うほど別のことをしたくなる。なんだっけか、強迫性なんとかだっけ? テスト前とかは部屋の掃除とか始めちゃうんだよなあ。
しかし。
今回ばかりはさすがにヤバい。
「よし」
ガタッと音を立てて夏樹は勢いよく立ち上がる。そして、大きな声で高らかに宣言した。
「勉強会だッ!」
* * *
一年生最後のイベント、学年末テストが四日後に迫っている。
成績を少しでも上げようと奮起する生徒もいれば最後くらいどうでもいいかと適当に向き合う生徒もいる。
中には俺のように危機的状況に立たされている生徒もいるだろう。
夏樹は放課後は部活動があるので普段一緒に帰ることはないがテスト一週間前は部活動が休みになる。
だからこうして二人並んで帰ることができているわけだ。
「それで……えっと、何だっけ?」
「勉強会だよ。今から俺んちでカンヅメだ」
「ええー」
それだとゲームも漫画もアニメも観れないじゃないか、と言いたいところだけれど、今回ばかりはそんなこと言ってられないな。
今までやってこなかったツケがここにきて爆発したのだ。
自業自得極まりない。
なので。
「よし、ここは一つ気合い入れて頑張るか! これは試練だ、これを乗り越えればきっとご褒美が待っているに違いない!」
俺は拳を握り付きあげる。
夏樹だってここまで心配してくれているのだから、ここで応えねば親友失格だ。
「ご褒美ね。そうだな、確かにそういうのあるとやる気出るよな。そういうことなら、ここは不肖この蒼井夏樹がご褒美を考えようじゃないか」
「それは太っ腹だな」
「ちなみに圭一はどんなご褒美がいいんだ?」
「そりゃゲームだな。欲しいものが溜まっててお小遣いだけじゃ手を出しきれない」
「ブレないなお前……。だが、残念ながら俺も同じく金欠なので高価なものは用意できねえ」
まあ、わかってたよ。
冗談だからな。
親友にゲーム買ってもらうとかさすがの俺も申し訳無さ感じちゃう。
「エロゲ?」
「んー、まあそう言っても差し支えないものもある」
一口に恋愛シミュレーションゲームといっても十八禁のアダルトなエロゲもあれば未成年にもできるライトなものもある。
いずれにしてもシナリオを楽しむいわゆる泣きゲーであることに変わりはない。
そりゃ、まあ思春期真っ只中の男の子としては十八禁シーンに興奮してしまうこともあるが。
「圭一はリアル女子には興味ないのか?」
「どういう意味?」
「平たく言うと、彼女欲しくないのかって」
「そりゃ欲しいよ。でも欲しいからって言ってできるもんでもないだろ。俺女友達もいないし」
俺のクラスでの立ち位置は確認するまでもなくモブ。その辺の生徒Eだ。
夏樹達主人公クラスの奴らが織りなす学園ライフの後ろにいる冴えないキャラクターが俺。
別にイジメとかには合っていない。
もはや認識さえされていない。影が薄いとかのレベルじゃないかもしれない。
女子との会話なんてゲーム以外ではここ最近記憶にない。
「話せば普通に面白い奴なんだけどな」
「女子との会話は慣れないからたまに発生するとキョドるんだよ」
「……重症だな」
呆れた、というわけでもないだろうけど夏樹はガックリと肩を落としながら言う。
小学生からずっと一緒にいて、中学生くらいからそれぞれ好きなものとかに違いが出てきて、それでも仲良くやってきた。
けれど。
俺と夏樹の間には大きな差が出来てしまった。
その差が、どうしても気になったりしてしまう。夏樹もそれに気づいていて、でも互いに口にはしない。
いや。
できない。
それを口にしてしまったとき、俺と夏樹の関係が変わってしまうような気がして怖いのだ。
「でもそうか。興味がないわけじゃないんだな?」
「そりゃそうだろ。俺だって一応健全な男子高校生だ」
「つまり、彼女作ってデートとかしたいし、何ならエロゲみたいなこともきちんとやりたいと?」
「……何の確認だよ」
俺は。
そうなってしまう前に。
夏樹の親友として恥じないくらいには人間として成長したい、と思う。
クラスでも人気者、友達も多く彼女もいるリア充の夏樹の隣にいて恥ずかしくないと言えるようになるのなら。
せめて。
彼女くらいいれば、少しはそう思えるのだろうが。
「んん!」
その時、夏樹がピコンと何かを思いついたような顔をしてにんまりと笑う。
「なんだよ、気持ち悪いぞ」
「いやいや、俺も中々いいことを思いつくなと思ってさ」
「何さ?」
「いや、気にするな。そんなことよりお前は赤点回避のことだけを考えるんだな」
この笑みが一体何を意味するのか。
この時の俺はもちろん何も分からなかった。
あらかじめ聞いていたとするならば、俺はこの時の選択肢を変えていただろうか?
答えは、きっとノーだろう。
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