第7話 答案返却
「どうだったよ、圭一」
三学期学年末テストは終わった。
そして本日、答案返却日である。通常のテストならその後の授業で返却されるが、学年末テストはその後に授業がないのでこうして一日でまとめて返される。
点数がどうあれ、結果が一気に分かるというのは悪いことじゃない。待つ時間は心臓に悪いからな。
「って、何その顔」
全ての答案が返却され、俺がその結果と睨み合っていると夏樹がやって来た。
「え、なに?」
「いや、めちゃくちゃ神妙な顔してたぞ。心境が全く読めなかった」
「……そんな顔してたのか」
自分では分からなかった。果たしてどんな顔をしていたのか。
「まあいいや。春香さんに連絡取りたいんだけど」
「春香に?」
俺が言うと、夏樹は不思議そうな顔をする。そんなに驚くことないだろ。
「別に深い意味はないよ。ただ、勉強見てもらったわけだし、ちゃんと結果報告はした方がいいかなと思って」
「ああ、そういうこと。別にいいけど」
夏樹はスマホをいじる。そして春香さんの連絡先を俺に送ってくれた。
「それで、どうだったんだよ?」
「ん? まあ、それなりだよ」
「何だよそれ。答案見せろよ」
「いや、それはちょっと」
「何でだよ、俺だって協力したんだぞ?」
結果はどうあれ、答案は春香さんに最初に見せようと決めていた。夏樹から春香さんにネタバレされたりしても困るから。
ここは何としても死守せねば。
「おい夏樹、何やってんだよ部活行くぞ!」
その時、廊下の方から夏樹を呼ぶ声がした。
「ほら、呼んでるぞ?」
「……仕方ねえな。一応聞くけど、留年とかいうオチだけはないだろうな?」
「それは大丈夫」
「なら、まあいいよ。じゃ、俺今日から部活だから」
そう言って夏樹は行ってしまった。
テスト期間も終わったことで夏樹は部活の日々に戻っていった。
俺も何か部活入ればよかったかな、と今更なことを考えたりすることもある。
結局入らないが。
「さて、連絡するか」
夏樹から聞いた春香さんの連絡先に答案用紙があったことについてのメッセージを送る。
ここにいてもすることないし、帰ろうかと立ち上がるとスマホが震える。
見てみると春香さんからだった。返信速いな。
『今家にいるから、よかったらおいで』
ただその一言だけが送られてきた。
今から、か。
まさか家にお呼ばれされるとは思っていなかったので緊張する。
「行くか」
これから向かう旨を伝えて俺は早足で学校を出た。
蒼井家に向かう俺の心境は何とも複雑なものだった。
春香さんと交わした一つの約束。
赤点を回避して留年の危機を乗り越えることができれば、何でも一つ言うことをきいてくれる、というもの。
あれは、本当なのだろうか。
俺のやる気を維持させるためのものなのかもしれない。
あの約束があって頑張れたのは確かだ。これで実は冗談だと言われても何も言えない。
俺の目的はあくまでも留年の回避なのだから、それを避けれただけで十分なのだから。
感謝の意味も込めて、ちゃんと結果を直接伝えたい。
そしてそんなこんなで蒼井家に到着する。
インターホンを押そうとして一度躊躇う。緊張している自分に気づき、つい動きが止まってしまった。
深呼吸をして落ち着いてから意を決してインターホンを押す。
『はい』
インターホンに出たのは春香さんだった。
まあそりゃそうか。夏樹は部活だしおじさんは仕事だもんな。
今、春香さんは一人だろうし。
つまりこれから二人きりということか……。
ごくり、と喉が鳴る。
「圭一です」
『あ、圭一くんか。どうぞ』
ドアが開いて中に入る。
エレベーターに乗って部屋の前まで向かい、もう一度インターホンを押す。
するとドタドタと足音が近づいてきて、ドアが開かれる。
「どうぞ」
中から顔を出した春香さんが笑顔で出迎えてくれた。
「お邪魔します」
一礼して中に入る。
靴を脱いで先を行く春香さんの後を追う。
シャツの上からパーカーを羽織り、下は短パン。すごい部屋着感の強い服装にドキドキする。
リビングに到着して立ち止まった春香さんはそのまま少しの間停止していた。
どうしたのか、と思い横に並んで顔を覗き込むと難しい顔をしていた。
「春香さん?」
俺が名前を呼ぶと、春香さんはきゅっと唇を結ぶ。
そして、ゆっくりとこちらを向いた春香さんの瞳は揺れていた。
「……私の部屋、行こっか」
そう言って、春香さんはくるりと回って来た道を戻っていく。
俺はさっきの春香さんの顔が忘れられず、少しぼーっとしてしまった。
「どうしたの?」
リビングから出る春香さんが俺の方を振り返る。その時の顔はいつものものに戻っていた。
「あ、いえ。何でも」
そして。
春香さんの部屋へと移動する。この前と変わらない景色、においが俺の気持ちを高揚させた。
「さて、それじゃあ見せてもらおうかな」
テーブルを挟んで俺と春香さんは向かい合う。
言われて、俺はカバンから答案を取り出し一枚ずつ並べていく。
春香さんはそれをじっと黙って見ていた。俺が全てを並べ終えるまで一言も話すことはなかった。
学年末テストの結果。
留年は回避することに成功した。
けれど、赤点はゼロではなかった。
残念ながら赤点は三つ。今回の勉強で手が回り切らなかった教科と暗記系のものだった。
「……そっか」
結果を見て、春香さんは短く言った。
赤点の数で、俺が留年を回避したことは理解したようだ。
「赤点は三つ、か」
「はい。残念ながら……と言いたいところだけど、俺的には赤点が三つで済んだことが奇跡というか」
いつもはこの程度じゃ済まないし、これはやはり春香さんの力が大きい。
春香さんが勉強を見てくれていなければきっとこんな結果にはならなかっただろう。
「まあ、無事留年は避けれたわけだし」
答案からゆっくりと視線を上げ、俺の方を見る春香さんの顔は真剣そのものだった。
何かを覚悟したような、まっすぐな瞳が俺の顔をじっと見つめる。
「ご褒美、あげようか」
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