第3話 ご褒美とは
初恋は叶わない。
いつかどこかで聞いたことのある言葉だ。
結局のところ人によるだろうけど中には初恋を成就させる者もいる。逆に言えば、やはり初恋は実らないというのもあながち間違いとも言い切れない。
俺、赤城圭一の場合がそうだった。
女子が苦手で、話す機会も中々ない非リア充な俺にも初恋をする時期はあった。
何となく気になって、ふとした時にその人のことを考えてしまう。
友達の延長線とは違う、ハッキリ異性として好意を抱いたのは中学生に上がった頃だった。
その相手が、蒼井春香。
最初の印象はあくまでも友達のお姉ちゃんでしかなかった。
夏樹の家に遊びに来ると春香さんはいて、たまに一緒に遊んだりもした。
何がきっかけだったわけでもないんだと思う。
いつの間にか、彼女を見てドキドキするようになっていた。
今まで味わったことのなかった幸福感というか高揚感というか。言い表すことはできないけれど。
でも。
あれは確かに俺の初恋だった。
「ここはね、この公式を使って――」
どういうわけか、彼女のもとへ行ってしまった夏樹の代わりにやって来たのは春香さんだった。
誘った手前放ってはおけず、しかし彼女も蔑ろにできない夏樹の苦肉の策だったのかもしれない。
が。
春香さんの教え方は分かりやすく、分からなかった問題がすらすらと解けていく。
何だか、急に頭が良くなったような感覚に陥ってしまう。
「今はできて当たり前。大事なのは予習復習だからね、これをどうやって自分の中に留めておくかがミソなんだよ?」
俺がバカみたいな勘違いを口にすると、春香さんはそう言って優しく諭してくる。
一〇〇パーセント正論なので俺はただ頷くだけだった。
キリのいいところで俺は一度グッと体を伸ばした。
ちらと時計を見ると、いつの間にか一時間近く経っていた。
結構集中してたんだな。
「ちょっと休憩しよっか」
「あ、はい」
相手は女の人で、しかも歳上の初恋の相手。最初はちょっと緊張していたが、時間が経てば昔のようにはいかないまでも普通に話せるまでになった。
どれだけ変わっても、彼女が蒼井春香であることに変わりはないのだ。
「それにしてもあれだね、圭一くんとこうしてお話するのは随分久しぶりだ」
「そうですね。最近は夏樹も部活で忙しかったし、こうして家に来ることもなかったから」
春香さんは俺の正面に座っており、コップに注いだオレンジジュースをくいっと飲む。
「でもびっくりしちゃった。圭一くん、ほんとに大きくなってたから」
「そうかな。まあ、高校生になってちょっとだけ身長伸びたかな」
「それにメガネも」
「……視力が落ちまして。ついに裸眼ではどうしようもないところまでいったんで」
甘いもの好きと虫歯が腐れ縁なように、オタクとメガネもまた、切っても切れない縁で結ばれている。
そんな縁結びいらんから女の子との縁を結んでほしいもんだ。
「そんなに視力悪いの?」
「ゲームしたりするんでやっぱり視力は落ちますね」
「圭一くん、今でもゲーム好きなんだ?」
ふふっと、春香さんは微笑ましそうに笑う。
「小さい時もずっと夏樹とやってたもんね。私も何度か一緒にやったけど、すごく強かったよね」
こんなこと言いたくはないが、俺が唯一夏樹に勝てるものな気がする。あいつは最近やってないし、俺は毎日のようにプレイしてるので、その結果は当然といえるが。
その状況で負けるようなことがあれば俺はゲーム機を叩き割らざるを得ないかもしれない。
「人生もゲームみたいにできたらいいのになって思いますよ」
ゲームはあれだけできるんだ。
俺の歩くこの人生がゲームのようなシステムで構築されていれば、もっと変われたかもしれない。
「例えば?」
「この試験勉強一つ取っても、頑張れる報酬とかあればなって。クエストクリアしたら報酬貰えるみたいに何かあればなとか、そんなことを帰りに夏樹と話してました」
「うーん。まあ、確かにそれは誰もが考えたことのあることだよね。学校に行けばログインボーナスが貰えるとかね」
「そうなんですよね。ていうか、春香さんの口からログインボーナスって言葉聞くとは思わなかった」
「私もスマホでゲームくらいはするからね」
言いながら、春香さんはスマホを手に俺に見せびらかすようにふりふりと動かす。
勝手なイメージだったけど、陽キャってスマホゲームとかしないとか思ってた。
髪が明るく、美人で、それに加えて気さく。間違いなく春香さんはリア充に属している。
でもそうか、クラスのリア充もパズドラとかしてるもんな。無縁ってこともないか。
「そうだ!」
俺がぼーっと考えていると、春香さんはポンと手を叩いてにこりと笑う。
可愛い。
「じゃあ、ゲームのように試験勉強をしようか」
「えっと、というと?」
春香さんの突然の提案にピンとこなかった俺は聞き返す。
「圭一くんの勉強を見るようにお願いされたときに、ある程度の事情は夏樹から聞いたけど、圭一くん留年のピンチなんだって?」
「まあ、一応」
そんなことまで言わなくてもいいだろうに。夏樹め、余計なことを。
「テストまでの間、私が圭一くんの勉強を見てあげる」
「え、でも悪いんじゃ」
「私今春休みで暇なんだよね。最近になって遂にすることがなくなって困ってたの。だから、先生に指名してくれると嬉しいんだけど」
大学生の春休みは長いんだー、と笑いながら春香さんは言う。
確かに夏樹も言ってたけど。暇潰しでケーキ作ってるとか。
「いや、そりゃ俺としては春香さんが教えてくれるならありがたいというか、嬉しいです」
「ほんと? じゃあ、そういうことでいいかな?」
「そういうことなら、こちらからお願いしたいくらいです」
「よし、契約成立だね。私も頑張って家庭教師を務めるね。だから圭一くんも頑張って勉強して、赤点回避して留年のピンチを乗り越えよう」
ぐっと拳を握りながら春香さんが笑う。俺よりも気合い入ってるんじゃないか?
いやいや、まさか春香さんが協力してくれるとは思ってなかったけど、そういうことなら負けてられないぞ。
いよいよ赤点を取るわけにはいかない。
「それでね」
改めて気合いを入れる俺に、春香さんはさらに言葉を続けた。
「もし赤点を回避してこのピンチを乗り越えられたら、ご褒美をあげよう」
「ご褒美?」
なんだろ。
まさか夏樹の奴、俺が十八禁のエロゲ欲しがってることまで報告してないだろうな?
言ってたらエロ本の場所教えて仕返ししてやろう。
「うん、そう。ご褒美。圭一くんの言うところのクリア報酬ってやつだね」
おお、悪くない響きだ。
そうだよ。そういうのだよ。
春香さんが勉強見てくれるだけで十分な気合いだったが、そういうのがあると俄然燃えてくる。
それがゲーマーである。
「それで、そのご褒美というのは?」
俺が聞くと春香さんはんーっと唸りながら部屋の中を見渡す。どうやらご褒美が何かまでは考えてなかったようだ。
夏樹の部屋を見渡してご褒美の内容が思いつくのか?
と、疑問に思っていると、春香さんが何かを思いついた顔をした。
「こういうのはどうだろ」
「はい」
ぐいっと身を乗り出してきた春香さんと俺の顔の距離が急に近くなる。それに驚き、というより照れてしまい俺は顔を赤くしてしまう。
にたり、と笑った春香さんはその口を開く。
「圭一くんのお願い、何でも一つきいてあげる」
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