第5話 お泊まり
放課後は蒼井家に行き、春香さんに勉強を見てもらう。
春香さんは教え方が上手くまだ三日しか経っていないがそれなりの手応えを感じていた。
この三日間で俺は確かに力をつけた。
だが、あくまでも俺の成績は最低レベル。そんな俺が力をつけてもまだまだ足りない。
それは春香さんも感じていたようだった。
どうしようか、と悩みながら帰っていると隣りにいた夏樹が不思議そうに言う。
「それなら、合宿しかないだろ」
「なんだって?」
「勉強合宿だ。明日のテストのために泊まり込みで追い込むんだよ」
「泊まり込みって……勉強教えてくれるの春香さんじゃないか。夏樹が勝手に決めていいのかよ」
「暇してるしいいんじゃないか?」
適当だな。
今のところ完璧に赤点を回避できる自信はない。もちろん今までよりも点数が上がっているのは確実だろうけど、まだ足りない。
なので追い込むという意見には大いに賛成だけれど。そこまで春香さんに迷惑はかけれないな。
「話はつけとくからとりあえず家帰って準備してこいよ」
「大丈夫なのか?」
「まあ最悪春香がダメなら二人で部屋で楽しく徹夜ってことで」
ということで、にっと笑う夏樹と別れて俺は一度家に帰ることにした。
準備するといっても特に神経質になる必要はない。忘れ物があっても取りに来ることができるからだ。
カバンの中に適当に荷物を入れて俺は家を出る。母さんには事情を話したが特に止められたりはしなかった。
うちは基本的に放任主義だから。
それに相手が夏樹なのだから止められる理由が見当たらない。
準備を済ませて夏樹の家へ向かう。
インターホンを押すと夏樹が出迎えてくれた。
「入れよ」
「お邪魔しまーす」
夏樹の部屋に案内される。
家に他の人の気配はなかった。春香さんは部屋にいるのか?
「春香はなんかどうしても外せない用事が出来たから出掛けてんだってさ」
「そうなんだ」
「つーわけで、とりあえず俺と二人で勉強だな。俺も最後の追い込みを仕掛けねえと」
そんな感じで、夏樹と二人で勉強を進める。
ここまで三日間、春香さんに勉強を見てもらったおかげである程度の勉強の進め方を理解した。
となれば、一人でもそれなりの勉強は可能だった。
あんな姉を持っているから夏樹は部活と勉強を両立させているんだろうな。
羨ましいことこの上ない。
勉強に集中していたから時間の経過に気づかなかったが、夏樹がふと時計を見て俺も驚いた。
「もう七時じゃん」
「どうりでお腹が空くわけだ」
気づいてしまうとお腹の虫は騒ぎ始める。頭も使ったわけだし当然お腹は空く。
「飯どうすっかな。何か作んのも面倒だし」
「何か頼む? それか適当に食べに行くか」
まあこの辺に飲食店はないからちゃっと離れないといけないのだけれど。
「そだな。ささっと何か食いに行くか」
学生の味方四天王といえばマクド、サイゼ、牛丼、ガストだ。コスパがよくて腹が膨れる。
今回で言えばすぐに出てくるという提供スピードもありがたい。
俺と夏樹は少し歩いたところにある牛丼屋に行きささっと晩ご飯を済ます。帰りにコンビニでお菓子とアイスを買って家に戻った。
「あ、おかえりー。圭一くんもいたんだね」
リビングに戻ると春香さんが出迎えてくれた。どうやら入れ違いになってしまったようだ。
薄めのセーターとスキニーパンツの外行きな感じの服装。スカートがエロいという風潮は否めないけど、このパンツも体のラインがくっきり浮き出る分エロい。
間違いない。
「圭一、今日泊まるから」
「泊まるの?」
春香さんは少し驚く。
俺と接するときと違い、夏樹に対してはフランクというか、当然だけど家族の接し方だ。
「テストは明日だからな。最後の追い込みをしろってことで」
「そかそか。私もお昼見てあげられなかったからちょうどよかった。そういうことならここからはこの春香お姉さんが見てあげよう」
にっと笑った春香さんは座っている場所を変えた。どうやらここからはリビングでやろうということらしい。
夏樹と二人並び、お菓子をつまみながら春香さんに勉強を教わる。
しかし、夜の九時を回ったところで夏樹の集中が切れ始めた。
「テレビつけるな」
「何か見るの?」
「ああ。どうしてもリアルタイムで観たい試合があってさ」
夏樹はバスケ部だけどスポーツの観戦は野球とかサッカーも観るらしい。
ラブコメ好きな俺がミステリー見たりするのと一緒かな、と適当に納得して特に触れることはない。
「ちょっとうるさいなあ」
春香さんが不満げに言うが夏樹は聞く耳を持たない。結構強情な奴だからな、言い出したら聞かないときもある。
それはもちろん、家族である春香さんの方がよく分かっているだろう。
勉強合宿だ、と言い出した夏樹の方が先にリタイアということになるが、もともと俺に気を遣ってのことだから仕方ない。
「……ここじゃ集中できないし、場所変えよっか」
「あ、はい」
夏樹の部屋かな? と思いながら荷物を片付けて春香さんの方を見ると、リビングを出てそのまま廊下へと進む。
この先にある部屋は、春香さんの部屋だけだ。
「え、夏樹の部屋じゃないの?」
「あいつ試合観てるときは結構騒ぐし、あの距離だとうるささ変わらないと思うから」
確かに、試合は始まったばかりだというのにクライマックスばりの騒ぎ方してる。
あのテンションでいくと試合後半はどうなってしまうのだろうか。普段スポーツ観戦してる夏樹を見ることがないので新鮮だ。
「さ、どうぞ」
そんなわけで、俺は春香さんの部屋へと招待された。足を一歩踏み入れた瞬間に空気の変化に気づく。
何というか、いいにおいがする。
ベッドとクローゼット、勉強机、それから本棚。置いてあるものは夏樹の部屋と大差ないが可愛らしいインテリアのおかげで感じる印象は別物だ。
使ってるインテリアの色も違うわけでイメージは全く異なる。
女の人の部屋なんて、妹の以外で入ったことはない。一度意識してしまうと急に緊張してきた。
「ちょっと集中切れちゃったし、先にお風呂済ましてくる?」
「え、あ、そですね。俺は全然後でもいいんですけど」
なんか一番風呂とか申し訳ない。それに俺の後に春香さんを入れるというのも申し訳ない。
「気にしないで。お客さんなんだから」
「はあ……あ、そういえばおじさんは?」
いつもなら九時とかには帰ってきてるイメージだけど、今日は帰ってきていない。
「お父さんはさっき遅くなるって連絡あったよ。会社の人達と呑み明かすんだって」
「へえ」
大人な理由だなー。俺もいつかそういうことするのかな、なんてまだまだ先の未来を気にしてみる。
「そういうことだから、気にせずお先にどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
これ以上遠慮する方が失礼かなと思い俺は風呂を済ますことにした。どうやら知らない間に風呂は沸かしていたようだ。
リビングの夏樹に一言断っておいたが「あー」という返事しかなかった。もう俺の声は届いていないのだろう。
そんなわけで風呂に入り、緊張を何とかほぐそうとする。
けれど、ここに春香さんも入ってるのかとか思いながらその姿を想像してしまい余計にドキドキする。
集中、できるだろうか……。
そんな不安を抱きながら俺は風呂を出た。
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