最終話 『メガ・サーペント vs. ギガント・トード』

 心の奥底の風景。

 これを見るのも三度目だったかな?


 ここはカオスの心の中か。


『歪みの収束を押し止め、抗う道を選んだのか。それは滅びよりも辛い、苦難の道であるかもしれぬのに』


 ふむ。これはコズミック・ディザスターとしての意思かな?


『かもな。でも、何も知らずに死ぬよりも、本人たちに選ばせてやりたいじゃないか』


『そうだな。お前を迷宮の果てに招いたのは……やはり間違いではなかったぞ、オロチ――』


 最期のそれは、ヒュドラとしての言葉だったようだ。


 あばよ、ヒュドラ――




 気付けばボロボロになったドラッグストアの前に立っていた。

 冷凍食品やチープな惣菜で飲むのも、たまには悪くないよなあ。

 薬局見て思い出すのがそれなのは、我ながらどうかとも思うが。

 ウィスプに連絡は……別にいいか。

 セレネなら状況を把握しているだろう。


 東へ向けて歩く。

 コンビニを通り過ぎて、しばらく行ったところでモニクと合流した。


「終わったのかい? アヤセ」

「ああ……」


 そして、魔王城とか呼ばれているショッピングモールへと帰ってきた。

 西側入口には、コボルドたちと大勢のネメア人が詰めかけている。

 先頭には、エーコ、ブレード、セレネ、ハイドラ、セルベール、ローグの姿があった。

 オロチオクテットの八人は全て生還し、ここに再び集結した。

 ざわつく皆を見渡すと、示し合わせたようにしんと静まり返る。


 そして俺は……皆に向けて言う。


「じゃ、《剣の超越者》はこれで解散ってことで」


はやっ!」

みじかっ!」


 ハイドラとエーコが同時に反応した。

 単なる間に合わせの急造パーティだからな。

 音楽性の違いで解散です。


 超越者なんて俺には過ぎた力だ。もっと地道に生きていきたい。

 チェーン店のメシとかに、幸福を見いだせる人間でありたい。

 分不相応に舌が肥え過ぎても家計を圧迫して…………話が逸れたな。


「皆お疲れ様、そしてありがとう。固い挨拶なんて別にいらないだろ?」


 魔王軍から歓声が上がる。

 いやお前らも解散しろよ。




 ――しばらくの日が過ぎた。


 セルベールは神殿と協力して東の森の開拓計画を進めているらしい。

 コセンも舌を巻く有能さなのだとか。

 治世の能臣という言葉が脳裏をよぎる。


 ブレードはいつも通りだ。

 あいつはそこに居るだけで治安が安定するからな。

 始まりの街にとって、得難い人材だろう。


「なあ~、スネーク~。領地を治めるとか、お前が替わってくれよ~」


「みんなお前に期待してんだよ。あと皇帝陛下が自治を認めてんのもお前に対してだからな」


 オロチ信仰はさておき、俺という個人に民衆からの人気はない。

 別に泣いてないし。

 ハイドラのカリスマがちょっとおかしいだけだ。

 ネメア帝国における美女の基準が、こいつみたいなタイプだからってのもあるんだろう。


「でもあたしは……。超越の力に至って不老長寿で事を成すとか、それは違う気がするんだよな。それってヒュドラとか、今までの超越者と同じじゃないか」


「俺は別に、お前が超越者になんかならなくてもいいと思うけど」


「だ、だよな!」


 なんとなくハイドラは、人として一生を終えるんじゃないかという予感がある。

 不老長寿の超越者とか、こいつには似合わない。

 シュウダとコセンがそうであったように、その心意気は誰かに引き継がれていくのだろう。

 はっきりとした言葉や目的として伝えられずとも。


 そういえばローグの姿は見ない。

 なんでも新大陸を探し求め、封鎖世界の外に旅立ったとか。

 ドゥームフィーンド・オリジンの肉体とはいえ、無茶苦茶するなあ……。

 名前を変えても、また新たな英雄伝説を後世に残しそうである。




 魔王城から西にしばらく歩き……。

 始まりの街のコンビニエンスストアに立ち寄った。

 コボルドレギオンが周囲をうろつくこの店は、街で最も安全な場所かもしれない。


 聞き覚えのある入店チャイムが鳴り響く。

 レジでは魔王軍総司令官が椅子に座り、店内放送の音楽を聴きながら駄菓子を食いつつ、のんびりと読書をしている。


「らっしゃーせー」

「こんなとこで何してんすかセレネさん……」

「見て分かりませんか? 接客ですけど」


 分かんねーよ!

 ヘビースター食いながら接客するコンビニ店員がいてたまるか!


「ハイドラが探してたぜ……」

「私にとってこの店の運営は、領地経営よりも大事なことです」


 とんだ魔王の右腕もいたもんだ。


「運営、してるの……?」

「そうですよ。なにか飲みます?」

「ジューシーホットチキン」

「先輩にとってそれは飲み物なんですか?」


 などと言いつつフライヤーに肉を放り込むセレネ。

 本当に作んのかよ!

 というかそのフライヤー本物なのかよ!


「だいたい魔王城に顔を出せとか、地球に帰る先輩に言われたくないです」

「いや、こっちにも普通に来るつもりだけど……」

「そうですか。ここには最低でも週二回、六時間ずつは顔を出してくださいね」

「エラく具体的な提案だな……」


 揚げたてのホットチキンを俺に差し出しつつ――


「先輩と……シフトが被っていた時間です」


 相変わらずの無表情で、最上さんはそう言った。




 あれから地球はどうなったかというと――


 世界各地の封鎖地域では、たまにダンマスの侵攻もあるらしい。

 だが、人間も弱くはない。

 一進一退を繰り返し、やがてはその日常に慣れていく程に、人類はしたたかだった。


 終蛇はアネモネに預けてある。

 ショッピングモールのオペレーションセンターにて、ハトホルと三人で近況を話す。


『理の歪みは確かにあるが、もう終末化現象が起こるほどではない。時間をかけて収束させていけば、ヒュドラは完全消滅するだろう』


「封じられた魂って、後で復活したりすんの?」


「魂とは故人の記憶に過ぎないんじゃよ。ヒュドラが力を失えば九つ首の魂もまた、ただの記憶に戻るじゃろう。いや……、カオスとクロノスだけは、実体の無い神になってたんじゃったかの?」


 あいつらか……。

 別に惑星ネメアに害のある存在ってわけじゃないからな。

 いつかその力が世界に還元され、人々の信仰の対象になるくらいは、別にいいんじゃねえの。


『惑星ネメアはこの先、知的生命体の発展が停滞する可能性がある。理の収束の影響によって、文明の発展、大きな力の発生が抑制され続けていくのだろう。何百年、あるいは千年でも、今のような時代が続くのかもしれない』


 しばらくの間、ずっとあの中世ファンタジーみたいな時代が続くのか。


「のどかでいいんじゃない?」


「それはどうだかのう……。いや、汝は分かってて言っておるのじゃな」


 人間どんな状態だろうが、それぞれに悩みや争い事は尽きないからな。

 現代地球とはまた違った問題や苦難が、あの星を待ち受けているのだろう。


 でもそれはその時代に、そこに住んでる奴らが解決すればいいさ。




 地球の超越者や眷属たちも、多くが新世界に旅立ったらしい。

 やはり、連中からすると向こうのほうが魅力的なのだろうか。

 アネモネとハトホルも『向こうのほうがむしろ心配になった』と言い残し、旅立っていった。

 地球も依然として混沌なままだが、百頭竜程度の脅威で超越者は動かない。

 確かに向こうのほうが不安要素は多いのだろう。


 いつかは《終わりの迷宮》を塞がなければならないかもしれないが。

 今じゃなくていい。

 それこそ百年くらい先でも構わないだろう。

 そのことはアネモネとハトホルに頼んである。

 これで、俺に何かあっても問題あるまい。




 モニクはまた小さいモニクに戻っていた。

 超越者化で一時的に昔の姿になってただけだからな。

 冥王様のやり直しはこれからだ。

 モニク先生の今後にご期待ください。


 エーコはいつも忙しそうだ。

 他の封鎖地域からの出張依頼が山のように溜まっているらしい。

 あのときのふざけた力は超越者化を解除した今、もちろん使えない。

 だから、封鎖地域の解放は簡単なことではないのだ。

 エーコさんの戦いもこれからであろう。

 今後に以下略。


 俺?

 俺は……もういいだろ……。

 スマホに届きまくるメッセージを、うんざりしながら斜め読みする。


「仕方ねえな。少し手伝ってやるか……」

「そうだね。じゃあ行こうか、アヤセ」


 少しだけ背が伸びたモニクは、食堂の椅子から立ち上がった。




 俺とモニクは境界線を越えると、アマテラスが用意したヘリに乗り込んだ。

 ヘリの中で鬼塚さんに挨拶をする。


「おはようございます、鬼塚さん。今日はよろしくお願いします」

「ご協力ありがとうございます。今回の件は、もう『偉大なる大蛇メガ・サーペント』に頼るほかなく……」


 メガ……なんだって?

 俺のクソダサ二つ名ネーム、より酷い方向に進化してない?




 出向いた先の街では、既にエーコが待機していた。

 状況の説明……は聞くまでもない。

 目の前に見えるのは、ビル群を飲み込むかのような――

 天を衝くかの如き、巨大な『カエル』だった。


「うっわキッモ。やっぱ俺帰ってもいい?」

「あはは……言うと思った」


 鬼塚さんの顔が引きつった。

 なんとかして引き止めてくれとエーコにジェスチャーを送っている。

 本当に帰ったりはしないから安心してくれ……。

 まあ、状況は安心とは程遠いことになっているが。


「あれは《百頭竜》タニグクだな。……アヤセ、あのカエルは今も巨大化を続けている。迷宮そのものを体内に吸収しているのか。興味深いな」


「まさか……あいつの体内の迷宮に潜って倒せ、とか言うんじゃないだろうな?」


「他に方法があるかい? あと四十時間ほどでこの街の迷宮を全て飲み込み、七日も放置すれば周辺の地域が壊滅するぞ」


 エーコもやや引きつった笑みになってカエルを見上げる。


「うわあ……。モニクさん、あれずっと放っとくとどうなるんですか?」

「もしあれが、他の封鎖地域の迷宮すらも吸収できるのだとしたら――」


 だとしたら――?

 誰かがゴクリとツバを飲み込んだ。


「人類は滅亡する」


 なんだってー。




 世界は今や、巨大なカエルギガント・トードの前に風前の灯である。


 ――『メガ・サーペント対ギガント・トード』。


「勝手に戦え……」


 空に湧き立つ雨雲を見上げながら、他人事のように俺はつぶやいた。






  終末街の迷宮  ~完~

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終末街の迷宮 高橋五鹿 @56t

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