紡ぎ始める王


「ロエンドール様……父君がハイランス聖教への不敬罪により投獄され……王位を剥奪されたと……」


「――――それで?」 


「は……っ。残る六人の王は、ロエンドール様を次期連王の座に強く推しております。いかがいたしますか?」


 それは、鳴り響く雷鳴の下でのことだった。

 宮廷から遠く離れて戦いに明け暮れ、今もまた巨大な魔物を屠り去ったロエンドールに、侍従はそう告げた。


「ハイランスに目をつけられれば、怯えて玉座を狙う気概すら消え失せる。どこの馬の骨ともわからぬ余を隠れ蓑にし、反逆のほとぼりが冷めるのを待つ算段か」


「ろ、ロエンドール様……?」


「――面白い。連王ともなれば、さぞかし多くの者から憎まれることができよう! ククク……ッ! カハハハハハハッ!」


 こうして連王となったロエンドールは、表面上は自ら魔物を屠る英雄として。

 影では自身に取り入ろうと近づいて来た者達を拷問や私闘の相手として手慰みにし、さらには魔王の力を手に入れて終わりなき戦乱を巻き起こそうと画策した――――。



「グオオオオオオオオオオオオン!」


「な……なんだこの化け物は!? こんな魔物、魔王の時代でも見たことがない!」


 火の手が上がる街に騎士団が駆けつけたとき、そこは正しく地獄絵図だった。

 数日前に騎士団が交戦し、ロエンドールが打倒した巨大な魔狼。

 

 街の中で暴れているその巨大な魔物はその狼の頭部が三つに増え、さらにその体長は二倍以上の大きさに見えた。


 一歩足を踏み出すだけで丈夫な石造りの建物が粉々に踏みつぶされ、その狼が発する咆哮は近くで逃げ惑う街の人々の耳を容赦なく貫いた。


 かの伝説の勇者パーティーですら、おそらく一筋縄ではいかないであろう相手。

 駆けつけた騎士団の団長は、即座に交戦を諦め、人々の避難誘導へと指示を切り替える。だが――――。


「――――この魔物は俺が相手をする。団長や他の者は、そのまま民の避難を」


「ロ……いや、ルード……貴様、顔つきが……」


 城ほどもあるような巨体を誇る三頭の魔狼の前に、自身の剣を抜き放ったロエンドールが立ち塞がった。

 振り向いたロエンドールの眼差しを見た団長は、そのあまりの変わりように言葉を失う。


「だ、団長! 俺もお手伝いしますっ! ルードさんならきっと!」


「ハルエンス……。わかった、頼んだぞ、ルード……!」


 団長はロエンドールに続いて現れたハルエンスの言葉に頷くと、今まで一度も触れ合おうとしなかったロエンドールの肩に手を当て、謝罪するように頷いた。


「ルードさん、どうかご無事でっ!」


「ハルエンスもな」


 背中側にハルエンスの言葉を受けながら、ロエンドールはまっすぐに眼前の魔狼を見上げた。周囲に巻き起こる炎が魔狼の咆哮と闘気によって湾曲し、渦を巻いてロエンドールの肌を焼いた――――。


「――――俺は、お前を憎んではいない」


 ロエンドールは魔狼に向かってそう呟くと、崩れた石畳を強く蹴り上げ、はるか頭上の標的めがけ、一筋の光芒となって奔った。



 ――――ロエンドールは、自らの手で痛めつけた相手の中で、人間の命を奪うことは好まなかった。なぜなら、相手が死んでしまえばもう自分を憎んでくれないからだ。

 

 痛めつけ、自身へとヘイトを向けさせた上で惨めに生き長らえさせる。

 そうでなければ、憎まれたいというロエンドールの望みは叶わない。


 ロエンドールはそうやって、多くの人々の命を、人生を弄んできた。

 たとえどんな理由があろうと、それは決して許されることはない。


「うおおおおおおおお!」


「グオオオオオオオッ!」


 凄まじい邪気と剣戟の交錯。その巨体に似つかわしくない凄まじい反応と身のこなしを見せる三頭の魔狼の牙と爪が、ロエンドールの持つ刃と無数の火花を散らす。


 果たして、ロエンドールの身勝手によって虐げられた者達の恨みは、ロエンドールの暴虐が明るみとなり、投獄されたことで癒えただろうか――――?


 そんなことはない。

 そんなことは決してない。


 ロエンドールはこれから先、自らがそうなるように仕向けた憎しみを、死ぬまで受け続けることになるだろう。


 その憎しみは、いつか彼の命すら奪うことになるかもしれない。

 その憎しみの結末が果たしてどうなるのか。それは誰にも分からない。


 しかし――――。


「俺は――――! 俺はもう目を逸らさない! 俺の罪から、人々の想いから、そして全ての憎しみからも!」


 しかし、彼はもうその憎しみから目を逸らすことはない。

 命を賭して、その憎しみと向き合い続けて生きていく。


 それが彼の出した答えであり、絶望と恐怖に押し潰されそうになっていた自分をギリギリで生かしてくれた、大切な憎しみヘイトに対しての贖罪だった――――。



 ●    ●    ●



「……大丈夫ですか? ルードさん」


「ああ……」


 それから半刻ほど後。

 

 倒れ、自らの放つ炎に焼き尽くされた三頭の魔狼の躯の前。

 息を切らして駆け寄ってきたハルエンスに、傷だらけのロエンドールは穏やかな笑みを浮かべた。


「こんな……軍隊でもどうしようもないような化け物を、たった一人で……! やっぱり、やっぱりルードさんは……凄いです……っ!」


「これだけが取り柄の男だ……」


 その丸い両目に涙を浮かべ、感動のあまり嗚咽混じりにロエンドールに賞賛を送るハルエンス。

 ロエンドールは既に折れていた自身の剣を力なく鞘に収めると、大きくため息をついて周囲を見回した。


「他の皆や、民はどうなった?」


「あ、はい! それは――――」


「――――怪我人は何人かいるけど、命を落とした者はいないよ。お手柄だったね、ロエンドール」


 その時、状況を確認しようとハルエンスに尋ねるロエンドールに、背後から透き通った声がかけられた。


「法皇、エクス……」


「ようやく第一歩ってところかな? あんな様子の君にいくら罰を与えたりしても、なんの意味もないからね。こうして外に出すことで、君の心境に何か変化があるかと期待していたんだよ」


 声の主は純白の法衣を纏った銀髪の青年。穏やかな笑みを浮かべ、髪の色と同色の輝く瞳をロエンドールとハルエンスに向ける、ハイランス聖教の法皇エクスだった。


「ほ、法皇猊下――――! い、いつからこちらに!?」


「やあ、ハルエンス君。君は気付いていないだろうけど、今回君が果たした役割でこの世界の命運は大きく変わったかもしれないんだ。どうか、君が持つその輝きを大切にするんだよ」


「猊下が……俺の名前を……っ!?」


 エクスの瞳に見つめられたハルエンスはまさに縮み上がるようにして平伏すると、なぜ法皇が自分の名前を把握しているのか全くわからずにぐるぐると目を回した。


「――――最初から、こうなるとわかっていたのか? 俺が再び心を開き、世界と向き合えるようになると」


「はは。残念だけど、私にはリレアの未来視みたいな力はないよ。でも、誰だってそうだろう? 何かに行き詰まったり、煮詰まったりしたら気分転換するものさ。これっぽっちも特別なことじゃない」


 エクスは肩をすくめ、『私もたまにはゆっくり休みたいんだけどね』と言って笑みを浮かべた。


「この旅路の途中で君が何かに気づけたというのなら、それは君や、君と関わった人々の力さ。私は何もしていないよ」


「そうか……そうかもな」


 その言葉に、ロエンドールは視線を恐縮するハルエンスへと向け、何か思うところがあるように瞼を閉じた。


「それで、これからどうしたい? 君が望むなら、今すぐ連王国に戻ってもいいんだよ」


「俺を自由にするというのか?」


 そんなロエンドールに向かってエクスが発したその言葉に、さすがのロエンドールも驚きの声を上げた。

 平伏していたハルエンスもその顔を上げ、不安げな表情で二人を見上げている。


「君の贖罪は、他人から罰を与えられることでそそがれるものじゃない。君自身が懸命に生き、その結果を受け止めることが贖罪になると私は考えている。だから、ここからは君の好きにするといい」


「俺が、これからするべきこと……」


 ロエンドールは呟き、周囲を――――満天の星空を見上げ、しばし静かに考えを巡らせた。

 そして暫くして納得したように晴れやかな表情を浮かべると、ロエンドールを見つめるハルエンスに向かって笑みを浮かべ、手を差し伸べた。


「まずは、このボロボロになった街の片付けと復興を手伝うとしよう。聖教騎士団は困難に直面する人々を見捨てはしない……だったかな、ハルエンス」


「る、ルードさん……! はいっ!」


 ハルエンスは差し出されたロエンドールの手を固く握り返して立ち上がると、涙と泥と煤で汚れた顔をくしゃくしゃにして、にっこりと笑い、頷いた。


「貴方から与えられた任はまだ終わっていない。まずは、俺に与えられた責務を全うする。俺の意志は、まだその先だ」


「わかったよ、ロエンドール。私も妹も、君の出した次の道行きをこの目で見るのを楽しみにしている。そして――――誠実に私の任を遂行してくれること、感謝するよ」


「ああ……その時には、必ず」


 そうして、ロエンドールはハルエンスと共に仲間達の輪の中へと戻っていった。

 去って行く二つの背中を見送りながら、エクスは満足したように頷く。


「――――リレアの未来視では、君が自身の道を歩むことで、神と魔の時代は本当の終わりを迎えるとされている。この調子だと、どうやら今回の未来視も大当たりになりそうだね」


 笑みを浮かべたエクスはそのまま踵を返し、悠々とした足取りでその場を離れた。

 

 やがて、エクス自身もこの世界から去る時がくる。


 もう一人の法皇であるリレアも、かつて災厄の魔女と呼ばれたフェアも。


 その力を失い、今は一人の少年と共に日々を過ごすかつての魔王も。一振りの剣を頼りに巨大な龍を屠る勇者も、いつかは全てが伝説と神話の中に消えるだろう。


「でもそれでいいんだ。人も動物も、生きとし生けるもの全ては誰に言われなくてもがんばって必死に生きている。喜びも憎しみも、命がもたらす大切な贈り物なんだよ――――」


 最後に一度だけ振り返ったエクスは、騎士達の輪の中で笑みを浮かべるロエンドールの横顔を目に焼き付けて光の中に消えた――――。



 ロエンドール・ルードグラロウスⅣ世が連王国国王に復帰し、魔王と魔物が消え去った後の諸侯同士の混乱を見事に平定するのはこれから数年後のこと。


 名君として長く大陸を平和に導いたロエンドール王の下、魔王という巨大な枷から解き放たれた人類は、大きな飛躍の時代を迎えることになるのであった――――。



 

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まめたんくっ! ~効果範囲無限、完全タゲ固定のチートヘイトスキル持ちタンクですが体が小さくて弱いので追放されました。でも僕はいつか必ず皆さんのパーティーに戻ってみせます!~ ここのえ九護 @Lueur

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