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江梨花の協力による睡眠の改善と並行して、よく夢を見るようになった。
不定形の幻、水面の揺らぎ。そんな言葉がよく似合う、刹那の悪夢。それが頻繁に顔を出しては、真夜中に私を脅かした。はっきりとした像はなく、朧げな空気が心にまとわりつき、息苦しさで目を覚ます。高校生の頃に比べれば遥かに良好であるとはいえ、どうにもならない部分は依然として残っていた。
ぼんやりとしたイメージだけが、朝靄のように残留する。
光も届かない水底に横たわり、己の肉体が
恐くもなければ、不安もない。なのにどうしてか、心地よさとはほど遠く、私の首は絞まるばかりだった。
その症状は今でも続き、洗面所の鏡面には、鈍く曇った顔がうつる。体調に異常はないし、やるべきことも、習慣も、変更はない。深くは考えない。その必要もない。すべてのことは、ただそこに在るだけ。ただ、ここに存在するだけ。
平日は労働とともにあり、休日は祈りとともにある。
キーボードを打ち、書類を作成し、頭を下げ、へりくだったメッセージを送りつけ、定時を過ぎて退社し、諸々を済ませてから、寝る前に数ページだけ本を読む。そんな形の安穏があった。
教会に向かい、礼拝に参加し、そうでなければ自宅で聖典をめくり、頭蓋の中で祈りながら雑事を片付け、同じ時間に海へと歩き、帰宅して諸々を済ませてから、寝る前に数ページだけ本を読む。そんな形の牢獄があった。
それらだけが、私が持てる日々のおよそすべてだった。
彼女がいなくなってから、私が積み上げることのできた時間のおよそすべてだった。
私が持っているのは、最果てまでは連れていけないものばかりで、それはたぶん、あの時から内に流れ込んだ黒い“海”が、私の心を豊かに満たすはずだったもののことごとくを溶かしてしまったからだ。
車に乗り込みエンジンをかけ、ハンドルを握り、アクセルを踏む。海を横目に教会へ向かう。礼拝の参加者は普段よりも少し多かった。坂淵先生の緩やかで低い声に耳をすませる。宣教は日常のことから回帰の話へと移ろって、先生はこのように締めくくる。
「いつか来るその日まで、私たちは生き続けなければなりません。苦しみを抱え、悲しみや怒りに身を焦がしながら、それでもなお、やがて訪れる回帰の日まで、私たちの生は続くのです」
先生とは、少しだけ話をした。先生は毎年、朝早くに献花を済ませ、夕方には礼拝堂で黙祷している。私は一旦家に戻って家事を片付け、花を買ってから行くつもりでいたので、長居はせずに教会を後にした。
昼食をとって、掃除や洗濯の未消化分を終わらせていく。それを越えたら、ソファに腰掛け聖典を開き、好きな箇所を口ずさむ。
「セイレーンの歌は哀しみに溢れている。彼の旋律は、我らが犯した罪を嘆く、贖罪の祈りである。
ゆえに、我らは帰らねばならない。未知なる意志にもたらされた、大いなる母の元へ。
ゆえに、我らは戻らねばならない。愚かしさとも罪とも無縁であった、懐かしき生命の源へ……」
しばらく身体を休めてから、花屋に出向いて白と赤のカーネーションを買った。紙袋は、と聞かれたので不要だと答え、ビニールで包まれたそれを大切に抱えて、日が傾きだした道を歩いていく。
五感は自然と世界を拾い、その姿形を露わにする。自動車も、人も、鳥も、虫も、皆同じような形でそこにある。けれど、私はこの目にうつるものが、正しさの一欠片をも見通せないと知っている。何もかもが、変わり、腐り、崩れ去っていく。私が認識できるものといえば、日々の形にへばりついた、歪な文脈だけだ。
誰が定めるでもなく献花の場となったフェンスの前には、すでにいくつかの花束が置かれて、百合の艶やかな白がうっすらと茜色に染まっている。その隣に、私もまた花を捧げた。
祈ることは、いつになっても変わらない。真由海が安らかでありますように。苦しみと離れて、救われてありますように。
そんなささやかなまやかしが、私の持てる信仰の限界だった。当たり前に超常を抱えたこの場所で、力なくちっぽけに生きる、しがない人間の境界が、フェンスに隔たれたここなのだと思う。
境界線に沿って道を歩く。目的地は決まっている。雑木林に隠された、此岸と彼岸を繋ぐ穴。私と真由海、二人の時間を象徴する、秘密の場所。
夜に沈む紺と橙色のコントラストの表面に、雲が疎らに線を引く。黒い水平には、まるで天地創造の原初から存在するかのように、死者によって築かれた塔が、天蓋を支える黒柱が、泰然と影を落としている。自然として、摂理として、その柔らかな胎盤と温かな羊水でもって、私たちを包み、飲み込んでいく。
真由海の肉体はモノリスへと至り、削り取られる一片に混じって生まれ変わる。都市の片隅、生活の一部に組み込まれた消費されていく物質の一つ一つが、彼女の髪で、皮膚で、肉で、骨で、血と臓物と坂淵真由海を宿していた脳みそだった。まぶたの奥底で私が見ることのできた彼女の形は、このようにして回帰する。
けれど、これこそが、異常分子構造体と呼ばれるものと、死に濁った暗い海原を遣わした何かの意志で、目的で、胎内回帰の意味するところであるというのなら、この空虚な宇宙に祈ることに意味などあろうはずもない。痛みも地獄も、すべては肉体に紐づけられた意識の牢獄、魂の鳥籠の中にある。そこから解き放たれた先が、再び産み落とされるための胎の中では意味がなかった。解け、散り、私の前から消えてしまうのなら、いっそその魂までも、巡ることなく、ただ沈黙するようにと願っている。
大好きだった友達の悲鳴も、私には聞こえなかった。それどころか、彼女が悲鳴をあげていたのかも、私には未だにわからないのだ。だから、真由海は、私が思うよりもはるかに凪いだ心持ちで、海辺に立っていたのかもしれないとも思う。
考えれば考えるほど、想えば想うほど、真由海のことがわからなくなる。名前は記号となり、記憶は整理され、坂淵真由海という存在のディティールは分解されていく。十代の彼女に私は追いつけず、引き離されて、もはや交わることもない。
不意に携帯端末の振動を感じてポケットから取り出すと、画面には鹿崎江梨花の名前が表示されていた。“応答”をタップして、耳に当てる。「はい」
『鹿崎です。一週間ぶりですね、先輩』
心なしか、その声は軽快に弾んでいる。先週会った折に、やることがあるから研究所に籠る、と言っていたのを思い出し、
「こんにちは。ギリギリって言ってたけど、終わったの?」
『えぇ、どうにかね。それで一気に暇になったので、休憩がてら先輩とお話ししようかと思いまして。ご迷惑でなければ、ですけど』
断る理由もない。「大丈夫だよ」と答えると、『よかった』と彼女は嬉しそうに言った。
近況報告とモノリス研究の最近の動向を聞きながら、うん、うん、と相槌をうつ。私は、江梨花がそうやって楽しそうに話をするのが好きだった。彼女もまた憂鬱に付きまとわれながら、けれど私とは違う選択をその身でもって示してくれる。喪失は終わりではなく、先を切り拓く余地があるのだと思わせてくれる。
自分がそういう風には生きられないとわかるだけに、彼女の姿は眩しくうつる。他人の花壇が華やかに思えるのは、自らの手では花を育てられないと知っているからだ。土を敷き、種を蒔き、肥料と水をやりながら日々面倒を見る。そんな慈しみと努力を欠いた結果が、足元に転がる枯れた花々なのだと、私はずいぶん前からうっすらと気がついていた。
問題はいつだって私自身の中にこそある。私が愛おしんだのは、そういったどうしようもなさの群れであって、目的に満ちた生ではなかった。想いを受容し未来へ向ける。社会的に意義ある形で、痛みを編纂する。私が目を背け、拒絶してきた変化たちは、過去へ過去へと拘り続ける私を笑うだろうかと思う。先に行けない愚かな私を、指をさして詰るだろうか。そうでなくとも、適応したくない幼稚な私を、邪魔くさそうに爪先で弾くだろうか。
真由海がいなくなってから、海は元の黒に立ち返り、モノリスもまた不気味な巨大構造物へと戻ってしまった。それからというもの、私にはずっと、うすぼんやりとした泥濘が脳の襞に絡みついて、じくじくと私を侵し続けている。仕事の最中も、坂淵先生との静謐な祈りの時も、江梨花と楽しく食事をする時も、まさに今、この時にも。
消え去りたいという欲動は、生を受けたその瞬間、あるいはそれ以前から、万人の中に根を下ろして、相応しい時が来るまで息を潜めている。時々身じろぎしては不安と抑うつをもたらして心を震わせ、そして孵化するのに適した季節になると、不意に殻を破って顔を出し、あらかじめプログラムされたその本性によって私たちを殺していく。
染み込んだ泥は、おそらくはそういう類のものだったのだと思う。真由海を海へと向かわせたのも、きっと同じだっただろう。そして、これを仮に回帰の素養だとするのなら、私も十分にその資格があると言えた。坂淵先生の言う「いつか来るその日」に、この身も意識も溶かし尽くして、胎の外から消える資格、その理由が。
『それで、先輩は』と江梨花が言った。『どう思いますか』と続け、
『分解されたすべての有機物が、再構築されてモノリスになること。そのモノリスを、社会を持続させるための素材とすること。モノリスを維持するために、有機廃棄物を海に流すこと……』
「……海に流す?」
『研究所の一部で持ち上がってる話です。私からしたらありえないことですけどね。わけがわからない』
聞きなれない文脈に問いを返すと、彼女は呆れと怒りに入り混じった声でそう言ってから、『本末転倒じゃないですか』と息を吐いた。重く、深いため息だった。
失われた海洋資源の代用品、モノリスを構成する異常分子。その供給が果てぬように、こちらから素材を差し出そうというのが、その提案の大まかな部分だろう。変化を受け入れ、もはやモノリスからも海からも逃れられないと諦めて、新たに築かれた日々を維持するために何が必要か。答えなんて言うまでもない。私たちはずっと、その恩恵を受け続けているのだ。形を失い消費されるリソースと化した真由海の欠片を、どんな罪も背負うことなく使い潰してきた。自分たちのため、未来のある人々のためにと、おぞましく醜い在り方を、言葉の霧でひた隠しにして。
私は沈黙を挟んでから、「もし、そうなったら」と口にする。
「私たちも、資源の素になっちゃうね」
人の、人による、人のためのリソースに。
資源としての将来性を持った、世界を保つための歯車に。
それを成り下がると言うべきなのか、元からそうだったのか、世界の全貌を見通せない私は、言及する術を持たない。それに、自分は最初から社会にとっての資源だったのではないか、なんて問いは、ティーンエイジャーの頃……真由海と過ごした、図書館での語りの日々に置いてきてしまった。
今の私が思い描けることと言ったら、すべての人が海へと向かって行進する、終末の景色くらいのものだ。
その光景は、美術館で見る巨大な一枚の宗教画のように、鮮烈な穏やかさを思わせる。真っ白な大理石の回廊にただ一人佇んで、永遠の時を過ごす。そんな想像が私の内に生起して、消えるのを恐れるように、身を凍らせて居座っている。
『やめてくださいよ、縁起でもない』
彼女が苦笑するのが声からわかる。『先輩は昔からジョークのセンスがなさ過ぎです。笑えません』
「今笑ってたでしょ」
『これは苦笑いなのでノーカンです』
そうなるかな、と聞くと、そうなるんです、と力強く彼女は言った。
言葉はなめらかに連結して、私たちの間をさらさらと流れていく。そうやって談笑しながら歩くうちに、目的の場所に辿り着く。雑木林はさほど広くはなく、人が通った跡で道もできている。それが誰によってつくられたものかは明白だった。こんなところに足繁く通う人物は、私か坂淵先生しかいない。
『なんだかガサゴソ音がしますけど、先輩、今どこにいるんですか』
「例の、穴が空いてたところ」
江梨花は『ああ……』と声を漏らし、
『そこって確か、もう修復されてましたよね』
「どうだろう。この前来た時は、またこじ開けられてたけど」
『ちょっと、それなら言ってくださいよ……』
尻すぼみになる声を一旦耳から離し、伸びた枝葉を払って進んでいく。波の音が近づいて、乱反射する銀色の光が目に入った。
やはりというべきか、境界は穴を穿たれたまま放置されている。その唯一の脱出口を用意した人物に私は心当たりがあったけれど、黙して語らずにいようと最初から決めていた。同じ場所で共に祈るだけの関係だった。でも、彼の考えも想いもわからないなどと言って、一方的に糾弾することは、私にはできない。
網目の奥では、飽くほどに見た砂と海の模様が夕焼けに燃えている。遠く、鳥が列をなして飛んでいくのが見える。彼らは旅の途中か、それとも巣へと帰っていくところだろうか。
「何も変わってない気がするのにね。一人でいると、いつも寂しいよ」
呟くと、『この時期は、とても冷えますから』と小声が返る。
『人肌が恋しいんじゃないですか』
「かもしれない」
金属の網に指を添えると、冷たく硬質な感触が皮膚をくすぐる。指の腹で撫ぜて弾けば、カシャカシャと軽い音がした。
映像の記憶は、いつも頼りない。細かな要素を捉えきれずに、「たぶんこう」「確かこれ」「そんな気がする」を繰り返して、どんどん画質を粗くする。一致度は誤魔化して、真相は忘却の彼方へと消えていく。
翻って、触覚は残酷なほどに雄弁だった。真由海がいた頃と今の景色を区別できないにも関わらず、日暮れ前の金網の冷たさも、握りしめた手の汗ばんだ温もりも、私は鮮明に思い出すことができる。
江梨花の言う通りだと思う。
真由海が恋しい。十五歳のあの子の姿を、いつまでも追い求め、探し続けている。
『それで』話を切り替えるように江梨花が言った。『結局、フェンスの修理は必要なんですか』
語尾を上げた問いに、やや間を空けてから「必要みたい」と答えると、彼女は『まったくもう』と嘆息して、
『気をつけてくださいよ。対象喪失を経験してる人は、そうでない人よりもずっと──』
と。
不意に、声が途切れた。
意味のとれない騒めきが、微かに響く。江梨花の潜めた息遣いが、耳の奥をざらりと撫でていった。
「……江梨花?」
風にそよぐ枝葉のさざめきに混じって、嘘でしょ、という震えた呟きが、やけにはっきりと耳に残った。
『何で、よりによって……』
彼女の怯えと混乱が、手に取るようにわかった。鹿崎江梨花が恐れる事態が起きているのだと理解して、それが何かということに、私はいともたやすく思い至る。
あまりにも単純で、あまりにも明快で……絶え間なく、望んできたことだった。
広く、深く、遠い海を、モノリスを見た。
そして、世界の肉壁が蠕動するのを、私は幻視する。
江梨花が私を呼んでいる。必死に、呼び止められなかった私とは違う温度で、焦燥と不安に凍えながら、私の名前を叫んでいた。彼女が抱いた後悔の念を吐き出すように、何度も、何度も。
先輩、先輩、と。
『今すぐそこから離れてッ! モノリスの活性化パターンが違うんです! これじゃ、まるで──』
──まるで、呼んでいる、みたいな。
耳鳴りと、目眩。
吐き気とともに、手の平から、声がこぼれ落ちる。
鋼鉄の網の先、波が砂を攫うその際に、誰かが立っている。
柔らかな黒髪のなびく小さな背中。素足のままに、跡を残す。
ゆったりと振り向いて、彼女が、笑う。
「──真由海?」
歌が聞こえる。
優しく、甘く、慈しみ、愛し、包む、温かで残酷な、子守唄が聞こえる。
言葉は要らなかった。意味を汲まずともすべては自明で、語る余地などどこにもなかった。
『……輩! 先輩ッ!』
土の中から声がする。足先で踏んだ落ち葉が、私を呼んでいる。先輩、先輩。やめて、どうか行かないで。嫌、嫌だ、なんで、どうして、こんなことに。
混濁する現実に立ちながら、どうしてだろうね、と私は思う。ねぇ、江梨花。どうして私たちは、こんなことになってしまったのだろうね。どうして、モノリスなんてものは存在して、私たちから大切なものを奪っていくのだろうね。どうして、答えは用意されずに、私たちを顧みることなく過ぎ去っていくのだろうね。
母なる海と、死者の塔。その連なりは、ここに来てやっと、かつて見た神聖な面影を呼び覚ます。これまでの現実が夢であったかのように、暗く、輝かしく、私の世界に浮上する。
真由海を奪った海を憎む気持ちはあったのに、それでもまだ、彼女が好きだった景色を、私も好きでいられたらと思わずにはいられなかった。壊して欲しいのに、どうしても惹かれて、求めてしまうエゴが私にはあったのだと、強く強く、思い知らされる。
だから、江梨花。どうか、私を意地悪と罵って。あなたの悲鳴を聞かない私を、犯された欲動と知りながらも、耳をふさぎ、泡沫の鏡に死者を見出す私の魂を、どうか赦さないで。
間違えた心で、消えゆく日々の過ちと罪を重ねていく。それもすべて、この海胎に溶けるならば、この“歌”は未知なるものの祈りだったのだと思う。
そしてきっと、失われた人々の、真由海の歌でもあったのだと、私は気付く。
歌が聞こえる。
私は確かに、温かく凍てついた、失われたはずの声を聞く。
再び背を向けた彼女が、神を賛美するかのように、まだあどけなさの残る音階で、高らかに歌っている。
「真由海」
対象を失ったはずの音の連なりは息を吹き返し、私は彼女の存在を実感する。境界を超え、靴の裏で砂を捉え、叫びを置き去りにして、あの日背を向けた光景へと踏み出していく。
私には信仰があった。塞ぐことのできない空白に目を瞑るための日常があり、悲しみを忘れないための憂鬱があった。償いようのない、私だけの罪があった。
すべては、ここへ至るまでの余暇に過ぎなかったのだと思う。帰結すべき場所は、あの日からずっと、変わってなどいなかったのだ。
私は、ようやく理解する。
“歌”は最初から、誰かを支配するものではありえなかった。ただ、人が内に秘めた密やかな望みを、そっと後押しするだけだったのだ。
ゆえにこそ、死に行く人は、“海”へと向かう。
自らの意志で、波の合間に消えていく。
靴は揃えて、素足を下ろす。真由海の隣に立つと、変わらない姿の彼女が、私を見上げて朗らかに呼びかける。
「海はすべての母って、そういう話、聞いたことある?」
うん、私は知っている。あなたが、話してくれたから。
「胎内回帰っていうの、知ってる?」
うん、私は憶えている。あなたが、教えてくれたから。
「ほら、生命に倦んだすべての人が、生まれた場所へ帰っていくよ」
指差す先で、生者が行進する。かつて生者であったものたち。これまでに消えていったすべての人が、未来に逆行し、ゆるやかな足取りで、母の元へと回帰していく。
「あなたは、どう?」
手を差し出して、彼女は笑う。
私はその手を握りしめ、
「うん。どうか。今度こそ、一緒に」
あの日、果たせなかった約束を。積年の後悔と、罪悪を。この肉体とともに、私は連れて行く。
そしてどうか、あの子と同じ場所へ。
魂が眠る、安らぎの底へ。
私たちは行進する。
海胎 伊島糸雨 @shiu_itoh
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