後編

 ブライは、昔から光り輝くものが大好きでした。金銀財宝の眩しい輝きに魅せられていたのです。しかし、同時に誰かからそれを奪うのは悪いことであると自覚していました。


 ブライが幼いころ、父親である鬼の総大将が大切にしていた宝石が無性に欲しくてたまりませんでした。そこで、父親にばれないようにこっそり懐にしまい、自分のものにしようとしましたが、すぐにばれてしまったのでした。当然、父親からは強烈に怒られました。


「おうおう、金目の物を全て置いていきな」


 あの頃のことを思い出していると、突然現れた5人組の野盗に道をふさがれ、金品を奪われそうになりました。


「まずはその頭巾に隠れた面でも拝ませてもらおうか……ひっ」


しかし、野盗は襲った相手が鬼であったことに気づき、恐れおののきました。


「ええい、相手が鬼だろうとこっちの方が数は上だ。やっちまえ」


 野盗は自らを鼓舞するかのように威勢の良い声をあげ、ブライに襲い掛かります。野盗の手には、彼らに似つかわしくない立派な刀が雑に握られています。

 野盗の刀がブライめがけて振り下ろされた刹那、ブライは持ち前の瞬発力と反射神経でそれを躱し、勢いのままに棍棒を野盗の頭に振り下ろしました。

 頭がつぶれた野党がおそらく頭領だったのでしょう。統率が乱れた集団ほどもろく崩れやすいものはありません。ブライはほんの一瞬のうちに野盗の集団を壊滅させてしまいました。


「……人を殺めてしまった」


 ブライは家畜以外の命を殺めたのは初めてでした。反射的に棍棒を振り下ろしたときの、命が失われていく間際の声が脳裏にこびりついて剝がれません。最高に最低な気分でした。


 野盗の懐には、どこかで奪ってきたであろう金品が大量にしまってありました。それを奪うことに一抹の罪悪感がありました。しかし、これも元は盗品。それに、これから生きていくうえでも、奴を見つけるためにも金目のものは必要になります。ブライが金品を他者から盗むのはこれが二度目です。


「あのときとは違い、俺を叱り飛ばす者はいないのだな……」


 ブライは野盗の懐から大量の金品を奪い取ると、目的を果たすために歩き出しました。


 島に上陸した桃太郎一行は、行く手を遮る鬼たちを一人また一人と退治しながら、奥に構える総大将のもとへと迫っていきます。

 島の大部分はごつごつとした岩が占めており、本拠地でもある鬼たちにとってはとても有利に戦況を運べるはずでした。しかし、桃太郎はそんな鬼たちの隙をついて攻撃することに成功しました。


 まず手始めに、雉に島の防衛網および監視の手薄な場所や本陣の場所など、様々な情報を収集してもらいました。


「桃太郎様、島の南側にある入り江なら鬼どもの見張りもおりません。多少遠回りになりますが、そこから侵入しませんか?」


「ありがとう、雉さん。よし、南の入江まで船をこぎますよ」


 島に侵入した後は、犬の嗅覚を頼りに見張りの鬼を避けつつ本陣へと近づきました。


「くんくん、桃太郎様、茂みの奥から鬼の臭気が漂っているよ。見つかったらまずいよね」


「ありがとう、犬さん。今鬼たちに警戒心を植え付けてはいけない。迂回しましょう」


 見張りの鬼たちの監視を抜けて、鬼の総大将が居を構える屋敷の前へとたどり着きました。そこは屋敷というにはひどい有様でした。流木をなんとか組み上げただけの造りで、雨風がギリギリしのげるかも疑問です。


 桃太郎は、猿の素早さと爪による攻撃を皮切りに、不意打ちによる攻撃に成功しました。


「桃太郎様、儂が先陣を切りますぞ。皆の者はついてまいれ」


「ありがとう、猿さん。よし、鬼を一人残らず皆殺しにするぞ」


 猿の爪で、犬の牙で、雉の嘴で、そして桃太郎の刀で、屋敷にいた鬼たちを次々と殺していきました。ついさっきまで平和であった鬼の屋敷は、ほんの一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと化しました。辺り一面に転がるのは、血の海に浮かんだ鬼たちの肉片。


「殺せ、殺せー。神の島に土足で踏み入れた鬼どもを皆殺しにしろ」


 桃太郎はそれこそ鬼の形相で、逃げ惑う鬼たちを女子供に関係なく次々と血祭りにあげていきました。

 そこへ、慌てた様子で棍棒を片手に総大将が現れました。


「貴様、何者。一体何のつもりで我が同胞を殺害しつくすというのか。回答によっては容赦せぬぞ」


 総大将は怒りをにじませながらも、努めて冷静に対処しようとしておりました。


「黙れ、鬼め。この島は神が住む神聖な島だ。この島に無断で立ち入った時点で貴様らは万死に値する罪を背負った。それどころか、屋敷を構えるなど、言語道断。どうせこれから僕たちの村々を襲うつもりだろう?そうなる前に僕らの手で悪を討つのだ」


「待て、人間よ。どうやら誤解があるようだ」


 この時点で鬼たちは人に危害を加えてはおりませんでした。それどころか、鬼たちは平和を愛する種族で、人に害を加えるつもりはありませんでした。


「この島がそなたたちにとって神聖なものであると認識せずに、無断で居を構えたことについては詫びよう。しかし、そなたたちの集落を襲うことは決してない。今日のことには目をつぶる故、一度冷静に話し合おう」


 総大将の言葉に嘘はありませんでした。鬼たちは生肉を食らう習性があるため、野蛮であり、人を襲うというイメージを持たれていました。しかし、むやみやたらと動物を襲うことはなく、家畜を飼い畑をおこすなど、人間と変わらない文明的な生活を送っていました。


「問答無用、鬼という存在そのものが悪なのだ。悪は絶対に許さない」


 桃太郎は、鬼そのものを悪だとみなしていました。そこに話し合いの余地はなく、鬼の総大将を殺害すると屋敷にいた鬼たちを皆殺しにしてしまいました。


「悪はすべて討ち果たしましたよ、おじいさま、おばあさま」


 晴れやかな顔をして、桃太郎一行は島を去っていきました。


 そんな桃太郎一行を、怨嗟の表情で島の岩陰から見つめる一匹の鬼がいました。総大将の息子であるブライです。ブライは偶然屋敷から離れた畑で仕事をしていたため、惨劇から逃れることができました。そして、桃太郎一行の悪逆非道な行いをじっと隠れて見ていたのです。


「許さない。平和を愛する父上を、家族を、友を、皆殺しにした桃太郎を」


 ブライはその瞬間から復讐の鬼となりました。


 ブライは、野盗から奪った金品を使って桃太郎一行に関する様々な情報を得ることに成功しました。飢えを満たすために人から家畜を奪い喰らってきました。その姿はまごうことなく、人々に恐れられる鬼そのものなのかもしれません。それでも野盗の一件を除いて、自らの意思で人に手を掛けることだけはありませんでした。


 長旅の末、とうとう桃太郎が住む村を見つけました。村では桃太郎が鬼退治をした英雄のように祭り上げられていました。


「いやあ、悪い鬼どもがいなくなってせいせいするわい」


「本当に、桃太郎様のおかげじゃ」


 鬼たちが何をしたというのでしょうか。誰かに迷惑をかけたわけでもなく、島でおとなしく平和に暮らしていただけだというのに。擦り切れる寸前だったブライの心は、完全にちぎれてしまいました。


「貴様ら人間に、我ら鬼の苦しみを味わわせてやる」


 ブライは右手に構えた棍棒を無造作に振り下ろし、村人を殺戮しつくしました。老若男女を問わず血祭りにあげました。その光景は、桃太郎たちが島でしたことを再現するかのようでした。


「お前はあの島の生き残りか。よくも村人たちを。今度こそ殺してやる」


 村の惨状に気づいた桃太郎が現れ刀を構えて応戦しますが、ブライの敵ではありませんでした。


「この鬼、強い。まさか、総大将よりも強い鬼が生き残っていたというのか」


「この程度の人間なんかに、父上は殺されたというのか」


 総大将は人を殺めることに抵抗があり本気ではなかったのです。


「憎き鬼め。やはりお前たち鬼は、存在が悪そのものだ。生きていてはならない存在だ」


「黙れ、おぞましい人間め。この世に生きることが許されない命など、あってたまるか」


 桃太郎は、ブライの棍棒で頭を砕かれ、あっさりと殺されてしまいました。


 ブライはその後も、人間への憎しみを抱き続けました。村から奪った金品を島に持ち帰り、時々人里に降りては家畜を喰らい、村人を殺しつくしました。


 かつて、


 鬼ヶ島に住み人々を襲う鬼を退治すべく、は旅に出ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新訳:桃太郎 護武 倫太郎 @hirogobrin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ