変わらない距離で
仁菜は、ここじゃない時間の中で、俺の恋人だった時があるんだよ。
俺と達馬、二人同時に、君にはじめましてして。
二人そろって恋に落ちてしまったのだけれど。
仁菜を振り向かせたのは俺だった。
俺たちは、とてもうまくいっていたし。俺は仁菜に夢中だったし。
仁菜も俺のことを、とても好きになってくれた。
興味のなかった車もドライブも『幸也ごと好きになっちゃった』って言ってくれるくらいに。
だけど仁菜が、俺と一緒だろうがドライブなんてつまらないって貫き通してくれればよかったのに。
俺が、一緒にいられるだけでも幸せだよねって気づけるくらいに、おうちデートでも重ねればよかったのに。
あの日、あの時。
二人で一緒にドライブなんてしてなければ。
仁菜の乗った助手席に、車が突っ込んでくることなんかなかったのに。
仁菜が死んでしまうなんてこと、なかったのに。
仁菜を失った俺の世界は崩れ落ちたし、頭が狂いもしたんだろう。
そのせいか、わからないけれど。
世界の理は歪んだし、時間の法則はねじれた。
俺の時間は仁菜との未来を失って、その反動か何かなのだろうか。
気づいたら、仁菜と出会う前の日々に戻っていた。
だから俺は決めた。
ドライブに行かないよりも。車を運転しないよりも。
もっともっと確実に、仁菜を死から遠ざける方法。
俺と恋人同士にならないこと。
いっそ出逢わなければいい。
ラブソングやフィクションでさんざん使い古されたせいで、ずいぶん軽く感じるようになった言葉を。
心臓を握りつぶすような決意とともに、何度も何度も口にして。
俺と仁菜は、結局この時間の中でも出逢ってしまったけれど。友人である達馬の彼女になったというのなら、出逢うことを回避するのは難しいだろう。
でも俺より先に、達馬が仁菜にはじめましてして。
俺より先に、仁菜の心を射止めたんだったら。
俺の彼女になることで巡ってしまう、残酷な運命を仁菜はきっと変えることができるだろう。
だから仁菜、俺とは一生。
はじめましての時から、変わることのない距離のままでいよう。
はじめましての距離 いいの すけこ @sukeko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます