はじめましての距離

いいの すけこ

適切な距離は

「はじめまして」

 仁菜になが笑う。

 その笑顔を、どれだけ見たかったことか。

 はじめましての時の、適切な距離はどれくらいだっけ。

 本当は触れたい。抱きしめたい。

 だけどそれは。


「いやあ。俺、お前より先に彼女もちになっちゃったわ」

 仁菜の隣で達馬たつまが笑った。

 そうだ、今は。仁菜は達馬の彼女なのだから。

 俺は仁菜の隣じゃなくて、触れられるほどの距離でなくて。

 こうして数歩離れたところから、俺は仁菜にはじめましての挨拶をする。

「はじめまして」


「家でのんびり漫画読んだり、おやつ食べたりゲームしたり。そうやってだらだらしながら休みの日を丸々使っちゃうの、一番最高の過ごし方」

 賑わうチェーン店のカフェで、ソファ席の大きなクッションに体を預けながら仁菜が言う。ふかふかのクッションに誘引されてまるで自宅のようにくつろぐけれど、本当は大勢の人で混雑するようなカフェなんて、彼女はあまり得意じゃない。

「だから、おうちデートが一番好きなの。友達とか、みんな『遊びに行かないんじゃ、つまんないじゃん』とか言うんだけど。みんな彼氏と映画行っただの、遊園地行っただの。週末の度に一日中遊びまわるなんて、彼氏がいるってめんどくさいんだねって思ったもん」

「俺ら、そこからして気があったんだよな。俺もインドア派だから、できるなら家に引きこもってたい」


 仁菜と達馬は顔を見合わせた。近い距離で、見つめあって。

「二人で一緒に過ごせれば、それだけでいいもんね」

 まったくもってその通りだ。

 二人がいれば、ただそれだけで世界が成立する。きっとそれでよかった。

 微笑みあう二人に苦いものを感じながら、俺は一言だけ返す。

「本当に」

「あれ? 幸也ゆきやが同意してくれるとは思わなかったわ。お前、超アウトドア派じゃん」

「そうなの?」

 仁菜が首をかしげる。

「そうだよ。こいつ、それこそ休みの度にどっか出かけるやつだもん。目的なくてもドライブとかしちゃう」

 実は最近じゃ、運転はしていないのだけれど。それは言わずに、俺はうなずいた。

「うん。車好きなんだよね。運転楽しいよ」

 そしてこれも、今では大いに嘘だ。

「へえ。私と幸也くんじゃ、合わなそうだね。あ、カレカノって意味でね。悪口じゃ、ないから」

 慌てて取り繕う仁菜に、俺は笑って言った。

「いいよいいよ。合わなくったって」

 合わなくていい。

 仁菜は達馬とのんびり、おうちデートでもして。

 ずっとずっと、ゆっくりと平穏な毎日を過ごして。

「生きていてくれればいいから」


「ん、幸也くん、なんか変なこと言った?」

「別に、知らなくていいこと」

 そう、このまま仁菜が幸せに生きてくれるなら、知らなくていいこと。


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