勇者よ、守るべきものを踏みにじれ

魔王子に生まれ変わってしまった勇者、彼の一人称で進む物語は、語り口と合間合間のパロディで一見すると"ぬるく"見えるかもしれない。
しかしながら、読者と主人公が『魔王子ジルバギアス』の日常の温度へ慣れを覚えれば、すぐさま冷や水を浴びせて思い出させる。

『勇者アレクサンドル』がどうして生まれたかを。

父母は殺され村は滅ぼされ、生き延びた者たちは尊厳を踏みにじられ、かつての戦友は終わりのない戦いで身をすり減らしては命を散らす。
ひとたび戦争で人間の国が呑み込まれれば、待ち受けるのは虐殺か、囚われの身としての未来なき延命か。

酸鼻極める敗者の有様が、ここは魔王城であり、主人公にとっての敵地だと知らしめる。

かといって、魔族を始めとした魔王国の面々は、決して心無き怪物ではない。
彼らには彼らの戦う理由が、種族の文化があり、情も誇りも、親子の愛も持ち合わせている。

仇としての身も凍る非道な一面、身内としての温かな一面。
どちらも真実、だからこそ煩悶が生まれる。

勇者であり魔王子、相反する立場で見える世界に悩み、惑い、それでもジルバギアス/アレクサンドルは進む。
本懐を果たすその日まで、守るべき者たちの血で手を汚し、魂の慟哭を上げながら。

その苦しみこそがこの物語の真髄であり、あるいは我々読者も、勇者が歩む修羅の世界を観測する魔神なのかもしれない。

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