【KAC202110】KACを斯く書く

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

春の心はのどけからまし

 ゴールというテーマを目にした際、母の言葉が頭を過った。

「団塊の世代は生まれた頃から競争で、学校でも社会でも競争し続けて、最後には火葬場が一杯になるからそこでも競争になる」

 皮肉屋の母らしい一言であるのだが、だからといってそこで順位を争う必要もなかったのではないかと笑ってしまう。ただ、これを主軸として書いていくことでこの一連の創作マラソンたる「カック二〇二一」も終わる。存外に最後は呆気ないものだったなと思った時に、私の中で一つの天邪鬼が囁いた。

「そんな楽をしていいのかい? エッセイに逃げてはないかい?」

 これが引き金となり、私は二日に及ぶ苦悩の中へと飛び込んでいくこととなったのであるが、果たして自作の長編作品の外伝を書くのは楽ではなかったのか、という問いが今では私の中で渦巻いている。とはいえ、明らかな苦しい回り道はいくら何でも酔狂が過ぎる。

「人間は自ら苦しむ道を選び、その苦しみは喜びである」

 そのような一文を見てなんと業が深いのだろうと笑ったことがあるが、なに、私自身もその一人であったということを身を以て今回も思い知らされた。


 さて、繁忙期故に出社までの残り時間も少ないため、ここからは早速各作品について様々な裏話を話していきたい。尻切れトンボのようになっているとすれば、それは時間切れであったのだろうと思っていただければ幸いである。



【KAC20211】おうちですごそう(SF:テーマ「おうち時間」)

 第一作目から酷く悩まされた作品で、ネタ被りを覚悟しながらも「SF」というジャンルを余裕のある時に書いておこうという小賢しい思惑から出来上がった作品。その上、女性主人公を初めて書いたということもあって、最初から自分の振れ幅を大きく振り切った作品と考えている。ちなみに、犬のコロという名前はサイコロステーキが食べたいなと書いたときに思っていたため。


【KAC20212】肥後に走る(詩・童話・その他:テーマ「走る」)

 本作のテーマ発表の際には何を書こうか思いつかず、ここは得意ジャンルで攻めるより他にないと踏んでいた。そこで、長編詩に白羽の矢を立てたのであるが、それと同時に新阿蘇大橋の開通をまだ書いていなかったことを思い出し、それならば叙事詩のように書こうと思った次第。久しぶりの長編詩であったため少々時間はかかったものの、前半と後半とで視点を変えて私の「熊本地震」を書ききった。今年の四月で震災から五年を迎える。


【KAC20213】混合文芸特論①~直観による創作(創作論・評論:テーマ「直観」)

 「直観」というテーマを見て、最初にファンタジーやホラーが頭を過ったのであるが、それでは月並みであるという判断をしたのが我ながら可笑しい。そこで、最も敬遠されるであろう創作論を真正面から書こうとして苦しみぬいたのが本作である。混合文芸論を名乗っておきながら、その実は初心者の方に書ききることを勧める内容となっているのも異質。


【KAC20214】注がれた悪意(ミステリー:テーマ「ホラー」or「ミステリー」)

 発表されて間もなく、ツイッターに阿鼻叫喚が広がったテーマ。私はホラーもミステリーも書いたことがないために、その内容が出てこずにそれに苦しむ作者のエッセイに逃げようとしていた。そして、諦めて対談集「美酒について」を読んでいたところで、本作の構想が出てくるに至った。ありがとう、開高健氏。ありがとう、吉行淳之介氏。ありがとう、私の肝臓。久しぶりにマティーニをいただいてもよく潰れずに耐えてくれた。しかし、本作は両方のテーマを満たせそうな内容になっているのだが、果たして大丈夫なのだろうか。


【KAC20215】二年目の逢瀬(恋愛:テーマ「スマホ」)

 言及はしていないものの、本作のモデルになっているのは熊本県山都町であるが、舞台自体は実在しない町である。スマホについてはエッセイや現代ファンタジーなど色々なパターンが思いついたものの、ここではまだ書いたことのない「恋愛」というジャンルに挑むことにした。ただ、挑もうとして初めて気づいたことであるが、カクヨムでは「恋愛」は女性目線(女性向け)ないしは同性愛などに限るという。そこで、同性愛でもより頽廃的なものを書くことにしたのであるが、安易に人の死を書いたことには少々後悔している。この辺りから、全ての回でジャンルを変えるという縛りを現実の射程内に捉え始めた。


【KAC20216】鏡の先(異世界ファンタジー:テーマ「私と読者と仲間たち」)

 この回のタイトルを見てエッセイに走ろうとしながら、最後まで残しておくべきという自制を働かせるのは至難の業であった。ただ、現代ファンタジーや現代ドラマから文芸部の流れに持っていくのは平凡と判断していたこともあり、最初は歴史小説をと考えていた。そこで、老キケロの「フィリッピケ」か江戸時代の貸本屋を題材にしようとしたのであるが、歴史考証や練り込みの余裕がないと判断。結果的に、制限時間いっぱいの中でこの話に辿り着いた。なお、主人公の女の子とレンティスとの関係が大好きであるため、いずれこれを基にした小説を書くつもりである。


【KAC20217】千日手のはさみ将棋(ラブコメ:テーマ「21回目」)

 回数がテーマとなったために、オリンピックや騎馬突撃二十一回目にしての敵軍撃破などの例を引いていたのであるが、この回に関しては本当に何も出てこずに落とすことすら覚悟をしていた。それほどに難渋した回であったのだが、ふと故米長永世棋聖の動画を見ていたところで思いつき、後は一気呵成に書き上げることができた。最も時間制限に引っかかりそうになった作品。なお、本作の棋譜はその故米長永世棋聖と加藤一二三九段の実戦譜を用いている。そして、読み返すと口から砂糖が出てきそうな思いがする。


【KAC20218】神君カエサルとオクタヴィアヌスの憂鬱(歴史・時代・伝奇:テーマ「尊い」)

 テーマを見てからすぐに戦争などの話を思いついたのであるが、これを避けたのはあまりにも観念的になり過ぎるのではないかという恐れがあったためである。ただ、この回はその直後にアウグストゥスが頭に出てきてくれたことで全てが救われた。なお、ここで歴史小説を書かなければ恐らくこのジャンルは踏むことなく終わったと思われるので、非常に印象的な一作。なお、同カテゴリで一瞬にしても週間一桁に入ったのも印象的。歴史の中でもニッチなジャンルだと思うのだが、本当に予想外に伸びてくれた作品。


【KAC20219】祖父のソロコーラス(現代ドラマ:テーマ「ソロ○○」)

 人間、長いこと悩み続けていると脳味噌が慣れてくるのか、この回は非常にすっきりと書く内容が決まった。問題は設定であり、大きな矛盾を抱えぬようにするため祖父の年齢を喜寿に定めたところで全てが嚙み合ったように書き進めることができた作品である。この作品については応援コメントへの返信でも言及しているが、私の力量というよりも引用した合唱曲『青い空は』に助けられたところが大きい。宣伝になってしまうが、これも混合文芸論の応用と言える作品である。


【KAC202110】辻杜先生の奴隷日記・外伝①~辿り着いた地平(現代ファンタジー:テーマ「ゴール」)

 拙作の外伝を一作として上梓するのはいかがなものかとも思ったが、設定を書き込めぬ以上はそれより他にないと最初から思い定めていた。そこで、様々な登場人物の終着点を思い返した結果、一度は書いておきたいと考えていた山ノ井に焦点を当てられたので結果的には良かったものと考えている。なお、基本的には毎週月曜日に更新している作品なのであるが、今週休止したのは本作を上梓するため。なお、これから主人公たちは丁度清水寺に行くところ。



 思えば遠いところまで来たものだという思いにさせられる。流石に三週に及ぶ長期戦というのはその間に環境の変化を生み、様々な出来事を孕むため初期の作品は既に思い出の彼方へと消えつつある。しかし、今回は開始前に冗談半分で話をしていた全回でそのジャンルを変えて投稿するという目標が達成できたこともあり、今の満足感や達成感というのは一入である。ここで日本酒をやることができればどれほど旨いことだろうか。残念ながら飲酒運転と飲酒業務はできないために夜までお預けとなるが、いずれにしても今の私は酔狂を経ての自己陶酔の中にいる。本来はより内容を磨くべきなのであろうが。

 惜しむらくはホラーを途中で上梓できなかったことである。そこまでの余裕はないだろうと考えての行いであったのだが、最後にノンフィクションを上梓できるということが分かっていれば、どこかで無理をしてでも書いておけば全ジャンル制覇という地平に足を踏み入れることができた。いずれまた書いてみるしかないのであるが、このお祭りの中で達成していればより深い喜びが得られたことだろうと分かるだけにその後悔も強い。ただ、先が分からぬからこそこのお祭りは面白い。そして、分からぬからこそ挑んでみようという思いも湧き上がってくる。

 思えばスポーツでもゴールに至るまでの過程は結果に至るまで決して誰にも分からない。だからこそ、人はその先にあるものを目指してひた走り、そこに至ったときに無上の喜びを得、それを共に分かち合うのだろう。

 それならば、今回のお祭りはここで一つの終焉を迎えることとなるが、私にはまだ書くべきことや書きたいと思う気持ちが溢れているのはまだ見ぬゴールがどこかにあるということだろう。その競争の先に何があるのか、という興味が私には尽きないのであるが、それがどのような喜びなのか味わってみたくもあり、まだ取っておきたくもある。いずれにせよ、私はまだその瞬間に向けて走り続ける一回の走者であり、母のことを笑えぬなという自嘲が少しだけ楽しく感じられた。

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