ふりだしにもどる

砂田計々

ふりだしにもどる、一回休み

 

 中古で買ったコンパクトカーは異様に大きなエンジン音がした。


 自動車免許は、高校を卒業してすぐの春に自動車学校へ通って取得した。

 大学生活でも車に乗る予定はなかったのだけど、周りの仲間もだいたいこのタイミングでとっていて、自分もそれについていった。

 その後は運転する機会がなく、ペーパードライバーのまま十五年、勤めていた職場が田舎のほうへと転勤になり、いままで電車圏内で済んでいたのが突然、車の運転が必要となった。

 七年型落ちのその車は、坂道でアクセルを踏み込むとよく唸る。

 近くで見ると細かい傷がついていたり、ドラレコもカーナビも付いていないけど、それでも、初めて車を手に入れた気分は悪くないものだった。

 

 早朝、予定通り目が覚めて、車に荷物を積み込む。

 普段の通勤距離と比べると、今日は初の遠出となる。

 スマホで何度もルートを確認して、まだ夜気の残る薄暗い朝に、ゆっくりと車を発進させた。


 高速道路の入口に差し掛かって、自分を落ち着かせようと深く息をつき、姿勢を正す。合流はまだまだ慣れない。

 前方と後方を同時に注意しながら、スピードを徐々に上げて車線を変更する。

 これがどうにも難しい。

 ミラーで確認する右後方の距離感がいまいち信用できない。

 猛スピードで走っている車同士が一瞬にして示し合わせて、何事もなく合流するというのは奇跡ではないだろうか。もし、互いの認識があいまいなまま、じゃあ僕が行くね、わたしも行くね、となったらもうアウトで、そんなことをあの一瞬でやっていたら大惨事になってしまう。自分で車を運転するようになってからは、なんとなく合流しているようにみえる車も、その一つ一つが奇跡なんだと実感した。

 運転に慣れている友人に以前そんな話をしたら、あまり深く考えない方がいいと言われた。

 自然と友達の輪に入るのが上手だった同級生たちは、大人になっても合流くらい、なんとなくできてしまうんだろうなと思った。

 よし、うまく合流できた。


 余程のことがない限り、追い越し車線は走らずに、安全運転を心掛けた。

 高速は乗ってしまえば信号がなく、歩行者もいないので走りやすい。

 連休初日の渋滞を避けて、早朝に出たのも正解だった。

 その後、そのまま道なりに100キロほど走った。


 これも以前、降り口でいつも、失敗して真ん中の壁に激突し車が半分に割れて、右半分はそのまま高速を走っていき、左半分は高速を降りていくイメージを思い浮かべてしまう、と友人に話したら、あんまり運転中に余計なことを考えない方がいいと注意されたけど、やっぱり考えてしまった。


 高速を無事降りて、国道に入るとよく知った風景が広がっていて、ようやく帰ってきたと思った。

 懐かしい景色にも少しずつ変化がみつかって、なぜだか感心してしまう。

 遠い日に、その当時は自転車で、何度も行き来した通りを、新鮮な目線で走り抜ける。

 高校時代に自転車通学で通った、なんと遠いんだと感じていた距離も、ものの数分で通過してしまう。

 坂の上のトンネルを抜け、水かさの減った川沿いの堤防道路、両側一車線の町道を通り抜けると、もうすぐそこがゴールだった。



 ――到着。

 出発からおよそ三時間。

 久しぶりに眺める門の前には、まだきれいな軽トラックが止まっていた。

 たしか父が定年退職してから、いろいろするのに購入した、と言っていた。青臭いにおいのする荷台には、切った木の枝や刈り取った雑草が積んだままになっているのが見えた。


 門に手をかけて、そういえば、と思う。

 実家のカギを預かっていなかった。

 時刻は七時を回ったところ。

 誰か起きててくれ、と朝の呼び鈴を鳴らして、中から気配がするのを静かに待った。




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