孤独と希望と絶望と、そして世界観

静かな雰囲気を纏ったSFで、『こんなパンデミックももしかしたらあるのかも知れない』なんて思わされました。

小説って、読者の「なんでこうなるの?」という疑問を先読みして、それに対するアンサーをどこかに書く事がサービスの一環としてあるような気がします。

でも、現実世界での出来事に明確で正確なアンサーが与えられる事は多くありません。この度の新型コロナウィルスへ人類が対抗できた最適解を、渦中にいる私たちが知る事はおそらく出来ません。現実は小説と違って疑問に対する答えを、造物主が用意していないのです……、いや、小説内の登場人物と作者の関係性のように、この世界を作った造物主が【新型コロナウィルスの設定と対策】というアンサーを用意していたとしても、私たちにはそれを知る術がないんでしょう。

と、いう事で、読者が持ってしまうであろう「なんでこうなるの?」という疑問に答える説明を作中に入れる必要なんてものは本来は要らないんですよね。現実世界でも、神は懇切丁寧に万物の道理を教えてなどくれませんから、作者はアンサーを明記する必要などない。

ただ、アンサーを書かない代わりに、なんらかの説得力はあるべしなんでしょうね。それは文体であったり、なんらかの匂わせであったり、希望や絶望を思わせて物語を終わらせる感じだったり。アンサーを書かない選択をするという事は、おそらく、どこかに説得力を持たせるというのが必須なのでありましょう。

この【クラウンゴール】という作品は、全体的な世界観と希望と絶望を思わせる終わり方が、とても良かったです。読者が持ってしまうであろう「なんで?」へのアンサーは書かれていませんが、孤独と希望と絶望がテーマなのでしょうかね、孤独と希望と絶望が結末でガラリとその意味を変えてしまう感じが素晴らしかったです。