そろもん!-友達が欲しいソロモンちゃんは72柱の魔神を呼び出すことにした-

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『我を呼んだのはお前……』


 か? と、定番の台詞を口にしようとしていた我は、目の前にいた人物を見留て思わず口をつぐんだ。


 ……幼女。


 召喚陣の前にいたのは、人間の『幼女』と呼ばれる存在であった。


 フワフワと流れる亜麻色の髪。クリクリと動く同じ色の瞳。簡素な白い衣服。体のどのパーツを取っても小さくて柔らかそうだ。その小さな手には白いチョークが握られている。幼女の手には似合いの代物だ。恐らくあれが我を呼び出した召喚陣を描いたのだろう。


 ……っていやいや、そんな幼女のお絵かき感覚で呼び出されても、我は困るのだが。


 我は地獄の王である。決して、幼きヒトの子のお絵かき程度で顕現するような存在では……


「うわぁ! 本当に呼べたぁっ!!」


 だが目の前の幼女は我の混乱に拍車をかけるかのように歓声を上げる。あ、やっぱり君が呼んだのね? 他の大人が呼んで、君は生贄用に用意されたとか、そういうわけじゃないのね?


「ねぇ! 悪魔はこう言うんでしょ? 『願いを言え。さすれば我は汝が魂と引き換えに願いを叶えてやろう』って!」


 目を輝かせた幼女は精一杯厳めしい声を作って我の台詞を真似してみせた。……あ、はい、そうではあるんですが。……あの、本当にお絵かきしたら偶々呼べちゃったとか、そういう事故じゃないのね? 割と真面目に、目的があって我を呼んだのね?


『……お嬢ちゃん。何の願いがあって我を呼んだの? 何かの間違いじゃなくて?』

「むぅっ! 何か違うっ!! 悪魔っぽくないっ!!」


 調子を崩された我は思わず目線を合わせるために膝をついて幼女の目を覗き込む。それがお気に召さなかったのか、幼女はぷぅっと頬を膨らませると我にやり直しを要望してきた。あの、そこ重要なの? 地獄の王が目の前にいることよりも?


『ね、願いを言え。さすれば我が叶えてやろう……』

「わぁ! やっと本物っぽくなった!!」


 いや、ですから我、本物の悪魔なんですけども……


 手を叩いて喜んだ幼女は、にぱっと無邪気そのものな顔で笑うと、小さな小さな手を我に向かって差し出した。


「あのね! ソロモンのお友達になってほしいの!」


 理解不能な願いを吐いた幼女は、さらに続けて言った。


「おじさん、仲間がいっぱいいるんでしょ? みんな一緒にソロモンのお友達になってよ!!」


 …………。


 言いたいことは色々と、数多あるわけだが。


『「おじさん」というのは、我のことなのだろうか……?』


 まだまだそんな歳じゃないと思っていた所に『おじさん』という呼称は思っていた以上に刺さる。


 久しぶりの人間界で、我はそのことを最初に思い知った。



 *   *   *



「あのね! ソロモンね、王様なんだけど、お友達がいないの」


 幼女の名はソロモン。こんなよわいでこんな外見なのに、この国の王であるという。……大丈夫か、この国。


「臣下はたくさんいるけど、お友達は一人もいないの。『王とは独りソロであるべきです。ソロモンだけに。ププッ』とかじぃは言ってたけど、そんなの寂しいもん。ソロモンだって、お友達が欲しいのっ!!」


 そのじぃ、色々問題ありそうだから処刑した方がいいんじゃないのか? と思ったが、口に出すのはやめておいた。面倒事に首を突っ込みたくはない。悪魔は自堕落であるべきだ。


「人間のお友達を作ろうと頑張ったんだけど、みんなソロモンとはお友達にはなってくれなかったの。『魔法が使える人間とは、お友達になっちゃいけません』って、みんな言われちゃうんだって」


 確かに、幼女は悪魔である我の目から見ても魔力にあふれていた。なるほど、人間にしてはあり得ない魔力量である。人が寄り付かないのも道理。この幼女はどちらかと言えば、ヒトよりも我らの方に存在が違い。


「だからね! ソロモン、ヒトじゃないお友達を作ろうと思ってあなたを呼んだの!」


 だが、そうだからと言って、その考えに至って実行してしまうのは、ヒト……それも『幼女』と呼ばれる齢のヒトの子としてどうなのであろうか? いささか早計なのではないだろうか? 親は一体どんな教育をしているのやら……


「だから、あなたの名前を教えてほしいの。ソロモンと契約して、お友達になってよ!」

『け、契約とは、もっと重たい代物のためにするものだと思うのだがな……』


 というわけで、我と幼女は召喚陣の外枠を挟んで契約する・しないの押し問答の最中であった。


 いや、地獄の王たる我を召喚しておいて、願いが『友達になってほしい』って。72柱も召喚して友達になりたいって。


 そんなことのために、その齢で魂かけちゃうって、我、どうかと思いますよ? 君、まだまだ長生きするんでしょ? 長生きすればこんなことに魂かけなくても、友達くらいできるかもしれないよ?


「ソロモンにとっては、重たいことだもん……」


 我の言葉に幼女は膝を抱えてうつむいた。


 そういえば、こんな齢の幼女が、しかも王だという幼女が一人きりでいるというのに、なぜ誰もこの幼女を探しに来ないのだろうか。友達はいないという話だったが、親なり、家族なり、お付きなり、臣下なり、それこそ問題発言をしているじぃなりが探しに来てもいいだろうに。


「ソロモンには、家族がいないの。お父様も、お母様も、ソロモンが生まれた時に死んじゃったんだって。ソロモンは、生まれた時から王様だった。生まれた時から、独りぼっちだったの」


 その疑問は、幼女の言葉で氷解した。


 同時に我は、息を詰める。


「ソロモン、もう独りぼっちソロはイヤだ……。寂しい……寂しいの」


 ヒトという生き物は、独りでは生きていけない。独り立ちをするまでは二親を始めとした家族に甘やかされ、独り立ちを経てからは友や仲間といった存在がなければヒトとして生きていけない。そうやって生きていけなくなったヒトの子が、堕ちた先で我ら悪魔に魂を売り渡すのだ。


「お友達になってくれるなら、悪魔でも何でもいい……。ソロモンを一人にしないって約束してくれるなら、ソロモンの魂をあげる……」


 幼女は。この国の王だという幼女は。


 無垢な魂でありながら、その寂しさに身をさいなまれていた。


 我は、悪魔だからよく知っている。こういう孤独を湛えたヒトの子を、我は今まで何人も喰らってきた。


「ソロモンにとって、これはそれだけ大切なことなんだもん……っ!! ソロモン、あなたのこと、遊びで呼んだわけじゃないもん……っ!!」


 それは、何と深い慟哭であったことか。幼きヒトの身で、まるで百の孤独を生きた翁のような絶望の声を、どうして上げることができるのか。


 ……そうだ。そもそもこの幼子は、地獄の底まで我を呼び付ける声を上げることができたのだ。


 その声が、どうして軽いと言えようか。


『……ソロモンよ』


 我は召喚陣の中で伸び上がると、初めて幼子の名を呼んだ。


 ハッと幼女が顔を上げる。そのまま幼女は大きく瞳を見開いた。大きな瞳の中に映り込む我の姿は、先程までとは違い、黒く猛々しい炎を上げている。地獄の王にふさわしき、我が本性。


『我を地獄の底より呼びし者よ』


 我の姿にソロモンは目を輝かせた。キラキラと無邪気に煌めく瞳に邪気は欠片もない。


 そんな瞳をヒトの子から向けられたのは、初めてだった。


『願え! 叫べ!! 汝の願いは世界か? 地の果てか? 富の山か!?』

「ソロモンの願いは……っ」


 醜悪その物である我の本性を目の当たりにしても、その瞳が陰ることはない。


 怯むことなく手を伸ばし、無邪気な幼女の笑顔のまま、ソロモンは唯一絶対の願いを口にした。


「あなた達と、お友達になりたいっ!!」

『世界の王たる玉座よりも、天界の叡智よりも、楽園の宝物よりも、我らとの友情を望むかっ!?』

「うんっ!!」


 力強い肯定に引き寄せられるかのように、我の体は収縮していく。ソロモンの願いを受けて、我の体が形を変えていく。


「玉座も、知恵も、宝もいらないっ!! ソロモンは……! 余はっ!! お友達が欲しいっ!!」


 キンッ! と鋭い音が鳴り響き、契約締結を示す光の帯がなびく。


 その瞬間。ポンッ! という軽い音ともに召喚陣が消えた。我の体が召喚陣の拘束から離れ、ぽみゅん、という柔らかい音ともにソロモンの腕の中に落ちる。


『契約は、成った』


 パチパチと目を瞬かせるソロモンの腕の中で、妙にデフォルメされた猫のぬいぐるみの姿を取った我は言葉を紡いだ。その声も、しわがれた本来の声からは程遠い、愛らしい子供のような声になっている。


『我はこれよりソロモンの友。我が朋友とえにしを結ぶ手伝いを果たす』

「……あなたのお友達とは、きちんとソロモンからお願いしてお友達になってもらわないとダメってこと?」

『そうだ。我はソロモンと契約して友になったが、我が配下のことに関しては勝手に契約はできぬのだ。そういう決まりになっていて……』

「……嬉しい」


 我の言葉は途中で途切れた。


 ソロモンが、その小さな腕で、我をギュッと抱きしめたから。


「初めて、ギュってできる相手ができた」


 ……ふん。


 我はこの感触、嫌いではないぞ。ギュッとやり返せないことは、不服ではあるがな。


「これからよろしくね、えっと……」


 腕を緩めたソロモンは、我の顔を覗起き込む、わずかに困惑を瞳に乗せた。


 そういえば、名乗っていなかったか。


『我が名はバエル。誇り高き地獄の王。72柱の1柱目。そして』


 我は胸を張り、ヒトの子の友に初めて名を明かした。


『ソロモンの、初めての友である』


 そんな我の言葉に、ソロモンはもう一度顔を輝かせた。


「これからよろしくね、バエル!」


 ……ふん。


 やはり悪くはないな、こんな契約も。



 これは、我とヒトの子の友、ソロモンとの友情の物語。


 そのほんの、序章である。




【END】


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