我らは通る、このソロ活

ラクリエード

我らは通る、このソロ活

「じゃあ、今回の文集、ふらっと、のテーマは、ソロ、ということで」

 ここは、文芸部。文章を書いてみたい、書きたいと希望する者たち、あるいはどこか部活には入れと強要された者たちが集う、文化部の第三の華だ。ちなみに一番は言わずもがな吹奏楽、二番目は演劇部。

「あ、もちろん『そろ』ばんとか、『そろ』『そろ』忍び足とか、そういうのはナシなー。辞書的に言うなら、一人で行うこと、だ。分かってるよなー」

 部長は黒板を背に手を鳴らすと、それは解散の合図。同時にざわめき始める室内。

 今回のテーマについて話す者もいれば、オススメの作品の話題。あるいは先日発売したゲームの話題、スポーツ選手の話など、書くには関係のなさそうな言葉までが飛び交い始める。

 その数、二十。部活動に身を置く以上、各自が、それぞれの『ソロ』について書く。それらを持ち寄り、二か月に一度の部誌を出すために、部員たちは動き始めた。


 文芸部員の、少年二人の帰り道。

「ソロ、なぁ……ソロ……なに書いたらいいんだ」

 ぶつぶつと頭を抱えるようにしながら歩く、いかにも体育会系な少年がぼやく。

「そんな難しく考える必要なんてないんじゃない?」

 もう一方は背が低く、首を傾げつつ隣を歩いている。

「けどよぉ、一人でできることってなんだよ、ケイ」

 ぐっと天に向けて拳を伸ばし、長身を伸ばす。

「バスケもサッカーもできやしねぇ。ゲームするにしても、漫画にしても、一緒にやったり読んだりするのが楽しいんだろー」

 ケイと呼ばれた低い方は、それはそうだけど、と。

「じゃあ、イリノは一人でやることっていったら何?」

 イリノは二回、三回、うんうんと唸ると、飯か、と答えを導き出す。

「あー、共働きって言ってたねぇ。それについて書いたらいいんじゃない?」

 その意見に耳を傾け、飯、ソロ、飯、ソロと呪文を唱えるも、ダメだわと首を横に振る。

「作り置きにしても、買い置きにしても、味気ないんだよなぁ。ほんと、小学ん頃が懐かしいわ。頭ん中で書こうとしたら、すっごいみじめになって手ぇ止まったわ」

 なら書かない方がいいかも。ケイは楽しいことが一番いいと付け加える。

「まぁ、こっちはどんなのを書こうかもう決めてるし、交差点までイリノに付き合うよ。他にソロって言ったら何考える?」

 起きる、目覚まし、飯、風呂、通学に授業。生活に関するワードを反復する。そろそろと忍び寄るアイデアを捕まえようと、イリノはさらに悶々とする。

「あー、うーん……テスト……テスト、とか?」

 はたと視線を上げる友達に、ああと目を丸くするケイ。

「イリノだったらテスト勉強とかを友達とやって、テストっていうものにソロで挑む、とかなら書きやすそうだね」

 だよな。小さくガッツポーズをとったイリノに、

「他には……暗記法とかをおもしろおかしく書くとか、テスト勉強でどういう対策をすればいいのかとか、やりようはいくらでもあるね」

 とどことなく上から目線の言葉のケイ。

「よっし、んじゃ俺はテストでいくか! 次のアンケート一位はもらったな!」

 先までの悩み顔はどこへやら。にっと笑ったイリノは、実は前回の部誌アンケートで一番人気だったのである。

 図書室の置いてもらっている部誌の、最後につけられている、どれが一番面白かったか、というアンケート。それなりに利用する人口がいるために、毎度、全体で合計五十程度の票が集まる。

「おお、こっちも負けないよー」

 彼の不敵な笑みに、おまえは何を書くんだよ、とイリノ。

「はは、書けば分かると思うなー。楽しみにしててよ」

 そんなふうにごまかしたところで、分かれ道。また明日な、と二人は互いに手を振った。


 ケイは帰宅すると母親が、おかえりとリビングから声をかけた。続けてパソコン使わせて、と叫べば、空いてるよー、とのんびりとした返事。自室に鞄を放り投げ、バタバタと顔を出した我が子に、

「また文芸部? 精が出るねぇ」

 と微笑む母親。そろそろ夕飯の支度をしてもいいのではないかという時間だが、彼女はにこにこと微動だにしない。ほれ、と指さす先には、テーブルに乗ったノートパソコンがある。

「もしかすると、緊急で仕事が入るかもしれないから、早めに仕上げてね」

 母のいるソファの隣の椅子に勢いよく座り、物理的なロックを解除。ぐいとディスプレイを持ち上げて、電源ボタンを長押し。OSの立ち上がりが待ちきれないらしい貧乏ゆすりを咎めることなく立ち上がる母親は、台所に立つ。することといえば、米研ぎだった。

「あ、今日は買ってきた惣菜だから、早いもの勝ちだからね。父さん遅いから」

 三回水を捨てて、炊飯器へとセット。返事がないことも気にせず、ソファに舞い戻った母親は、光り輝くディスプレイに釘付けになり、ひたすらキーを打ち込んでいる息子の姿を目の当たりにする。

 カタカタと、アルファベットがひらがなに化け、変換し、削除し、やり直し、誤字があり、脱字もある。

 若いなぁ、と微笑む母は、テーブルの上に置いていたリモコンを手に取り、部屋を明るくしてやった。

「一人で作業なんて、よくやるよ。誰に似たんだろうねぇ」

 だが周囲の大きな変化にも気づかず、ケイはひたすら、一本道を突き進む。

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我らは通る、このソロ活 ラクリエード @Racli_ade

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