エピローグ

 聖魔時代の王国史には、同時期に2人のセリムが登場する。

 聖人セリムと工神セリムだ。


 聖人セリムは王都地下の闇を浄化し、神龍とともに聖王国を救ったと記録されている。しかし、彼については謎が多く、存在を疑われる場合もある。


 工神セリムは魔物を防ぐ無人防御結界を開発し、その後の世界の飛躍的発展のいしずえを築いた人物だ。彼は、森林のエネルギーを自動的に取り込み結界を維持させるという、当時の技術力から隔絶した設計図を生み出している。

 工神セリムの記録は多く残っている。彼が創業した商会が、現在まで存続しているからだ。彼の商会は後に、世界経済を牛耳るほど隆盛を極めていた。


 近年、聖人セリムと工神セリムを同一人物とする創作小説が、民間で大流行している。ただし、専門家はこの説に懐疑的だ。

 大きな理由の1つは、まず単純に、聖人の偉業と工神の革新的な発明を1人の人間がやり遂げるには、人間の命は短すぎるということだ。聖人と工神が同一人物なら、彼は15,6歳で奇跡を連発していたことになる。

 次に、聖人セリムはベルクマン家出身であったが、工神セリムは当時ルヴィエ領の機密とされていたドワーフと協力関係にあった。工神がベルクマン家出身者だとすると、ルヴィエ家は数多あまたの秘密を他領出身者に握られていたことになる。

 また、工神セリムには、上位貴族というにはフットワークが軽すぎる逸話いつわが多かった。


 とはいえ、多くの矛盾を抱えていても、高潔で慈悲深いセリムの活躍は、ご存知の通り、市中で人気の物語として広まっているのであった。




* * *




「なんだいアンタ。婿に行ったって聞いてたけど、出戻ってきたのかい?」


 玄関先で、アマンダは不審げに俺を見た。


「こっちに俺の商会の支店があるんだ。その視察に来たついでに寄った」

「そうかい。まあ、遠方から来たんだったら、茶ぐらい出してやるよ」


 見慣れた家の中で、なみなみと注がれたお茶は、相変わらずとても薄かった。

 それから、アマンダは昔よくしてくれたように、リンゴをむいてくれた。その手の甲は、シワだらけになっていた。

 今思うと、俺と初めて会ったころのアマンダは、まだ若かったんだな。一時期再開していた薬師も、もう引退したと聞いている。


 アマンダは俺の前にリンゴを置き、それより小さな皿で、肩に乗っていたラフィの分もくれた。

 ラフィは俺の肩からおりて、リンゴを無心につつきだした。


「アマンダに、ルヴィエ領土産だ」


 木彫りの人形を1つ渡すと、アマンダは大きなため息をついた。


「あんたは……、本当に変わらないねぇ。今も、何だっけ、一日一善とかいうのを続けているのかい?」


 <一日一善>か。懐かしい言葉を聞いたな。だが、


「そうでもない。今は、一週一善程度だ」

「ああそうかい。大商会主様は忙しいのかい?」


 そう言われて、意外な気がした。


「アマンダが、俺の商会のことを知っていたとはな」

「そりゃ分かるよ。ヨハンの奴が、アンタのところの商品をやたらと買ってきて自慢するんだから」

「ほう。それはありがたいな」


 商会を立ち上げたのは、側近たちのためだった。

 俺が公爵を継がなかったことで、一番迷惑をかけたのは彼らだ。特に、ヴァレリーとカティアを含む何人かは、俺についてルヴィエ家まで来てくれていたから。

 彼らの能力を無駄にしないために、寒村や貧民街を支援する商品を、なかばボランティアで普及させる商会を作った。だが、小さな店にはオーバースペックだった側近たちは、見る間にそれを、王国全土に支店を持つ大商会に拡大してしまった。


 リンゴを食べ終わった。長居してもわるい。そろそろ出るか。


「ありがとう。そろそろ帰る」

「ああ、そうかい」


 席を立って出ようとすると、しかし、アマンダに止められた。


「ちょっと待ちな! アンタ、何お客様気どりしてるんだい。出された皿くらい洗って帰りな!!」


 まだまだ元気なアマンダに、俺は頬を緩めながら、ひさしぶりの皿洗いをするのだった。







 お わ り





 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。


 思いがけずたくさんの方に読んでいただけて、驚きつつも嬉しかったです。


 たくさんの評価、コメント、レビューをありがとうございました。

 とても励みになり、気づかされることがたくさんありました。


 重ね重ねありがとうございました。


 

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やりなおし貴族の聖人化レベルアップ 八華 @hachihana

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