第2話 運命のクラス替え その3

ガラガラと教室の引き戸を開けると、すでにいた生徒たちの視線が一斉に集まった。その中には親友とその彼女がいて、俺達に気付いて手を振っている。

「おはよう、勇也。今年もよろしくね」

「おはよう、伸二。今年もよろしくな」

 いつものように挨拶をして俺は伸二の後ろの席に座る。去年と変わらない新鮮味のない並びだがこれはこれで安心するな。

「おはよう、ヨッシー! 休み明けでメオトップルもパワーアップしたのかな? 見ているだけで糖尿病になるかと思ったよ!」

 伸二の隣に座っていた大槻さんがヘラヘラと笑いながら話しかけてバシバシと肩を叩いてきた。遠慮というか手加減を知らないのか地味に痛い。

「おはようございます、秋穂ちゃん。勇也君が痛そうにしているのでほどほどにしてあげてくださいね?」

 それが当たり前というように、俺の左隣りの席に荷物を置きながら楓さんがにっこりと大槻さんに微笑みかける。

「おはよう、楓ちゃん! まさか私達五人がみんな同じクラスになれるなんてこれは奇跡といっても過言ではないのでは!?」

「―――私はできることなら別のクラスがよかったけど……仕方ないね。また一年間よろしくね、吉住」

 言いながら俺達の所に近づいてきたのは二階堂だ。トイレかどこかに行っていてその戻りだろう。そしてさも当然のように俺の右隣りの席に着いた。

「本当なら私は離れた席に座りたかったのだけど秋穂に呼ばれたんだよ。どうせなら顔なじみで固まろうってね。だから私はこっちの席にしたんだよ。吉住の左隣りは一葉さんの特等席だろうからね」

 ウィンクをしながら二階堂はキメ顔でそう言った。いや、申し訳ないが俺にはさっぱり意味がわからない。

「なぁ二階堂。どうして俺の左隣が楓さんにとって特等席になるんだ?」

「えぇ……そんなこともわからないの? だって左に座っていればキミの顔がいつも見られるじゃないか」

 いや、二階堂さん。呆れた顔で言われてもその説明じゃ一層意味がわからないんですけど?

「頼むからもう少しわかりやすく説明してくれないか?」

「もう、勇也君は鈍感さんですね。特別に私が教えて差し上げます!」

 どこからともなく取り出した眼鏡を装着しながら話す楓さんはノリノリのご様子だ。二階堂はやれやれと肩をすくめて教師役を譲った。そしてクラスは突然伊達メガネを身に着けた楓さんを見た男子たちによってざわつき始める。

「いいですか、勇也君。私の左隣に勇也君がいると言うことは、私が左肘を突くと自然に勇也君の横顔が視線に収まるんです! つまり授業中に勇也君の顔を覗き放題というわけなんです!」

 最高でぇぇす! とまるで白熱したライブに参加しているオーディエンスのように拳を天に突き上げる楓さん。うん、つまり俺は何をするにしても楓さんに見つめられているというわけか。何気なく左を向いたら楓さんとバッチリ目が合って微笑みを向けられるのか。うん、それは確かに最高だ。

「ねぇ、秋穂。やっぱり私、離れた席でいいかな? これを毎日見せられたら砂糖漬けで飲めないブラックコーヒーが飲めそうになるんだけど?」

「ダメだよ、哀ちゃん。一人だけ逃げようなんてそうはさせないよ! 倒れるときは一緒に前のめりだよ!」

 さっと離れようとする二階堂に逃がすまいと飛び掛かる大槻さん。その俊敏さたるや、バスケ部エースをもってしても反応できないほど。まるで獲物に飛び掛かる捕食者だな。そして捕食者は一度抱き着いたら離れない。

「捕まえたよ、哀ちゃん。一人だけ逃げようたってそうはいかないだからね! それにしても……バスケ部で毎日運動しているだけあっていい身体してますなぁ。無駄な肉はない上に適度に引き締まっている。そして哀ちゃん……キミは着やせするタイプだね?」

「ちょ、ちょっと秋穂! どこ触っているのさ!?」

「ぐへへ……良いではないか、良いではないか」

 大槻さんは二階堂のウエストを触るだけでは飽き足らず、その手を触手のように気色悪く動かしながら禁断の花園、すなわち果実へと伸ばした。二階堂は顔を真っ赤にして抵抗するが、大槻さんの巧みなオフェンスに翻弄されている。

「ハァ、ハァ、ハァ……制服越しでもわかるハリと弾力。これは良い物ですなぁ」

「んぅ……秋穂、いい加減に……んぅ」

 鼻息を荒くしながらセクハラ親父と化した大槻さんと、声に色艶が混じり始める二階堂。明和台の王子様の意外な一面に、男子女子関わらずクラスメイト全員がごくりとつばを飲み込む音が聞こえた気がした。というかいい加減にしろ。

「あ痛いっ! 何をするのさヨッシー! か弱い女の子にいきなりチョップをするのは酷いと思うんだけど!?」

「いや、高二になった初日に教室でいきなり二階堂のことを弄る大槻さんのほうがよっぽどひどいと思いますけど!?」

「うわぁぁ……吉住ぃ。どうしよう、私お嫁に行けない身体にされちゃった!」

 二階堂、ここでの悪ノリは状況を好転させるどころか悪化させるだけだからな? 俺に寄り掛かってくるな。ほら、楓さんの頬がみるみるうちに膨らんでいるじゃないか!

「二階堂さん、勇也君だけはダメです! 勇也君のお嫁さんになるのは私です! 定員一名はもう予約済みであとは婚姻届を書くだけですから!」

 膨らんだ頬が見事に爆発四散した。それがもたらした被害は甚大で、 男子は声にならない悲鳴を上げ、女子はうっとりと羨望のため息をつく。あっという間に教室が混沌に包まれる。

 だがその甲斐あって大槻さんは引き攣った笑みを浮かべて大人しくなり、二階堂は口を真一文字に結んで押し黙った。

「結婚おめでとう、勇也。ご祝儀はいくら包めばいいかな?」

「……伸二。お前なぁ……」

 相変わらずの人を小馬鹿にするような笑顔で伸二が言った。そうなることは高確率で決定しているとはいえご祝儀って。

「いくらなんでも気が早すぎるぞ。そもそもまだいつどこで式を挙げるとか話しすらしていなんだぞ?」

「うん、突っ込むところがそこなんだね。勇也と一葉さんと同じクラスになったらこうなることはわかっていたとはいえ辛いなぁ」

 肩をすくめてわざとらしくため息をつく伸二。そんなつれないことを言うなよ、相棒。俺とお前の仲じゃないか。

「確かに勇也のことは親友だと思っているけど、毎日砂糖をぶん投げられたらさすがに距離を取りたくなるよ」

「いや、砂糖って……それを言うならお前と大槻さんだって同じだと思うけどな。毎日バカップルぶりを見せつけられると思うと胃が痛いよ」

「ハッハッハッ。勇也と一葉さんには敵わないよ。このメオトップルめ」

「ハッハッハッ。お黙り、バカップル」

 このやりとも最早定番となりつつある。そして今年はもっと増えるんだろうなとぼんやり考えていると、教室の扉がガラガラっと開いて担任の先生がやって来た。

「おはよう! みんな席に着け。ホームルームを始めるぞぉ」

 背は小さいが筋肉質でガタイのいい肉体派教師。体育の担当教師で名前はふじもとたかし先生。明和台高校の運動系の部活で唯一全国大会の常連である陸上部の顧問を務めており、生徒思いで評判の良い先生だ。

「今日から一年間、君たちの担任を務める藤本隆です。どうぞよろしく! さて、早速で申し訳ないが、簡単な自己紹介をしてもらうぞ。トップバッターは……よし! 今目が合った吉住君からやってもらおうか!」

 藤本先生が〝自己紹介〟と言った瞬間に目を逸らしたけど、しっかりばっちりバレていたみたいだった。

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