第2話 週末何しますか? 勉強会しませんか? その1


 かえでさんと正式に恋人関係になったと言っても特別何かが変わったわけではない。しいて言えば、並んで歩いて登校している時の距離感が縮まったということくらいだ。

「朝からゆう君と相合い傘が出来るなんて今日はツイています!」

「あいにくの雨模様なんだけどね。というか楓さん、自分の傘持っているんだからそっちを使いないよ? 身体からだれちゃうよ?」

 さめの中、一つの傘に身を寄せて登校しているが周りの視線が非常に痛い。だが、楓さんは気にした様子はなく、満面の笑みで腕をからめてきてご機嫌なご様子だ。

「勇也君とこうして合法的に密着できる機会は逃したくないです! だからもっと勇也君も身体を寄せてください! 肩が濡れちゃいますよ?」

 グイっと引っ張られて俺達の間にあった隙間はほとんどなくなる。こんなことならもっと大きな傘に買い替えるか? もったいないけど。

「……朝から見せつけてくれるね、勇也。熱すぎて春を通り越して真夏になったかと思ったよ」

「ヒューヒュー! 朝っぱらから相合い傘なんてさすがだね、楓ちゃん! 今日も幸せいっぱいかな?」

 あきれた親友の声とトラブルメーカーのあおる声が後ろから聞こえてきた。振り返るとやれやれと肩をすくめているしんとニヤニヤと小悪魔のような笑みを浮かべているおおつきさんがいた。

 伸二ことぐれ伸二は俺と同じサッカー部に所属している親友でクラスメイトだ。ひとなつっこい性格な犬系男子であるが、一目ぼれした大槻さん以外の女子には目もくれないいちやつだ。最近では俺と楓さんのことを〝メオトップル〟などと言ってからかってくる。

 その恋人である大槻さんこと大槻あきさんは楓さんの親友でクラスメイト。小柄な体格には不釣り合いな胸部装甲を備える合法ロリを地で行く女の子。とにかく毎日元気いっぱいで笑顔が絶えず、伸二といるときは飛び切り明るいので校内でも有名なバカップルとして認識されている。

「はい、朝から勇也君とくっつくことが出来て幸せです!」

「うん、うん! 幸せなのはいいことだよ! そういうわけでシン君! 私達も相合い傘をしようか!」

「どうしてそうなるの!? って秋穂、言いながら僕の傘の中に入ってこないで!」

 狭いんだから! という伸二の訴えが聞き入れられることはなく、伸二と大槻さんの二人も俺達と同様に相合い傘をすることになった。

 嫌がるそぶりをしているが伸二の口元は緩んでいる。大槻さんにくっつかれて心の中のリトル伸二はガッツポーズをしているに違いない。まぁ無理もない。大槻さんの双丘は楓さん以上だからな。二人のおかげで道行く男子生徒から怨念の視線を向けられる量は倍になったが。舌打ちも聞こえてくる。


よしずみと日暮の野郎……我がめいだい高校が誇る三大美少女の二人と朝からイチャつきやがって……!』

『見ろよ、日暮の顔を。大槻さんに密着されてデレデレしていやがる。うらやま死!』

『吉住だって澄ました顔をしているつもりだが、ひとつさんと腕組んで頰が緩んでいやがるぜ……クソがぁ!!』


 登校中に地団駄を踏むな、お前達。あと明和台の三大美少女ってなんだよ。初耳なんだが。というか三大ってことはもう一人いるのか?

「そんなことより楓ちゃん! 再来週の期末試験の準備は進んでる?」

 外野の声など一切気にすることなく大槻さんが尋ねた。

「はい。今年最後の試験なので範囲は少し広いですが、順調ですよ」

「さすが学年一位。言うことが違うぜ……あ、いいこと思いついたよ!」

 大槻さんの頭の上にピコーンと効果音付きで頭に電球がともった。うん、なんとなくこの後のセリフが予想できるぞ。

「ねぇねぇ、もしよければなんだけどさ、みんなで勉強会するっていうのはどうかな!? 楓ちゃんに教えてもらえたら私の成績もきっと上がると思うんだよね!」

 勉強会か。確かにこの一年間、不動の一位に君臨している楓さんに勉強を教えてもらえれば百人力、成績アップ間違いなしだ。それは現在進行形で専属家庭教師をしてもらっている俺が保証しよう。

「いいですね、勉強会。すごく楽しそうです! それなら私達の家でやりませんか? 家の方が静かなので集中できると思いますし、合間の息抜きもできますよ?」

 ちょっと楓さん!? そこはファミレスとかフードコートとか、もしくは放課後の教室とかでやったほうがいいと思うんですけど!?

「やっほー! 楓ちゃんのおうちで勉強会だぁ! やるのは今週末でいいよね? メンバーはどうしようか? あいちゃんも誘っていつもの五人でいいかな?」

「いや、かいどうのことだからいつものように〝私はパス〟って言いそうだけどな。あいつは学年二位だし」

 この場にはいない明和台の王子様───ただし女子───こと二階堂哀。バスケ部の一年生エースで言動や立ち振る舞いが男よりイケメンなことから付いたあだ名が王子様。楓さんに次いで学年二位の座に君臨している秀才でもある。

「ヨッシー、それは誘ってみないことにはわからないよ? いつも一緒にいるメンバーなんだし仲間外れはよくないと思うなぁ」

「まぁそれはそうだけど……わかった。あとで聞いてみる」

 楓さんがわずかに眉根を寄せているのが気になるが、まぁ二階堂のことだから誘ったところできっと断るだろうよ。


    *****


「今週末に勉強会を一葉さんの家でやるの? いいね、それ。私も参加するよ」

「…………マジ?」

 楓さん達と別れて教室に着いた時にはすでに二階堂は本を読んでいた。挨拶を交わして二言三言雑談してから勉強会のことを話したら予想に反して食いついてきた。

「なんだよ、吉住。私が参加したらダメなの? 一年間隣の席の友人を仲間外れにするなんてひどいな、キミは」

 不満そうにプイっとわずかに頰を膨らませながら二階堂は言った。ダメというわけではない。どちらかと言えば驚いたというのが正直な感想だ。

「ダメってわけじゃないんだ。てっきりいつもみたいに断るものとばかり思っていたから少し驚いただけだよ」

「楽しそうじゃないか、みんなで勉強会するの。一度やってみたかったんだよね、そういうの。それに一葉さんの家がどんな豪邸か興味もあるし」

 楓さんの家は俺の家でもあるが、実は二人きりで住んでいることは二階堂含めて誰も知らない。みんなには俺は〝借金を残して海外に逃げたクソッタレな父さんの旧友の楓さんのお母さんの恩情で一葉家にそうろうさせてもらっている〟という説明をしたからだ。

「何なら私も吉住の勉強を見てあげようか? 学年一位の一葉さんと二位の私が教えれば毎回真ん中あたりをふらふらしている吉住でもいいところまで行けるんじゃない?」

 丁重にお断りさせていただきます、と言いたいところではあるが二階堂にも教えてもらうことが出来れば俺の成績はうなぎのぼり間違いなし。上昇街道まっしぐらだ!

「フフッ。それじゃ覚悟しておいてね? 一葉さんがどうかはわからないけど、私は厳しくするからね?」

「……そこは優しくお願いできませんかね?」

「そうだね……優しくお願いします、哀先生って言ってくれたら考えないこともないかな?」

「優しくお願いします、哀先生!」

 若干食い気味に俺は言って頭を下げた。俺は褒められて伸びるタイプなのでむちばかりだとげんなりしてしまう。その点楓さんはすごく優しい。問題が解けたら褒めたうえで頭をでてくれるからな。それで喜ぶとは我ながら単純だと思うが。

「あ、あぁ……うん、わかった。それじゃ優しく教えてあげようかな」

 二階堂にしては歯切れ悪く応えてから、話はこれで終わりとばかりに読書を再開した。心なしか頰に朱が差しているように見えるのは気のせいだろうか。何やらぶつくさつぶやいているようだが如何いかんせん小声で聞こえない。

「名前で呼ばれた……吉住に名前で……」

 結局、本を開いているだけで二階堂の読書が進むことはなく朝礼のチャイムが鳴った。

 かくして、週末の勉強会のメンバーが決定した。

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