第3話 朝風呂ハプニングと買い物デート その3

    *****


 スーパーでの買い物を終えて帰宅したときには21時を過ぎていた。パスタを作ると言ってもミートソースなどの凝ったものは難しいので簡単に作れるペペロンチーノにした。

「ん───! 美味おいしいです! ニンニクの強い香りにパセリの爽やかさが交じっているのでとても食べやすいです。コショウの風味もまた食欲をそそります! 勇也君は天才ですか!?」

 もぐもぐと食べる一葉さんの反応を見るに口に合ったようで、俺はほっと胸をでおろした。

「……これで天才なら世の中のシェフは神様で、星持ちは創造主か何かになるよ」

「いいんです。私にとってのシェフは勇也君ですから。他の誰が何を言おうと、勇也君の料理は美味しいです」

 俺はぽりぽりと頰を搔いた。両親以外に料理を振る舞ったのは初めてだったから、満面の笑みを浮かべながら美味しいと一葉さんに言ってもらえて素直に嬉しかった。それ以上に照れるけど。

「フフッ。これは私も負けていられませんね。明日は私が作りますから楽しみにしていてくださいね? 勇也君の好きなものを作ってあげますからね!」

「俺の好きな物、何か知っているの?」

「もちろんです。勇也君が一番好きなのはずばりハンバーグです! 普段は菓子パンなのに学食でハンバーグが出る日は必ず食べていますからね。どうですか? 間違っていますか?」

「……正解。俺が学食のハンバーグは欠かさず食べているなんてよく知ってるな」

 えっへんとドヤ顔しているところ悪いけど、それは少し怖いよ一葉さん。一体どこからそんな情報を仕入れたんですか? 一葉さんのような有名人が俺のことを聞いていたらあっという間にうわさになると思うけど───

「フッフッフッ。甘いですよ、勇也君。情報の入手先は何も生徒だけとは限りません。私にこの情報を提供してくれたのは───学食の皆様です!」

 何してくれてんだよ学食のおばちゃん! ってことはあれか。俺が部活でおなか空かしているのを知っていて時々余り物をこっそり分けてくれたりしているのも全部一葉さんに話しているのか!?

「もちろんです。勇也君の好みから嫌いなものまで。お友達とどんな話をして盛り上がっているかなど色々教えてくれましたよ? 今の勇也君のブームは最近発売されたファンタジーゲームですよね? 巨乳のおさなじみヒロインの魅力について語っているとかいないとか……」

 どうしてピンポイントで俺達の会話が聞こえているんだよおばちゃん!? あれか、どこかに隠しカメラとか盗聴器が仕込まれているのか!? 怖くてもう学食いけないんだけど!?

「学食のおばちゃんは特殊能力持ちですからね。それと。食べ盛りの勇也君に学食の余り物を提供してあげてくださいと言ったのは私です。そんなことがどうして私に出来たのかとかは聞かないでくださいね? 禁則事項ですっ!」

 しーと唇に人差し指を当てながらウィンク飛ばされて俺の心はズッキューンってか。ネタが若干古いけどわいさは原作さながら。あの巨乳のドジっ子キャラは最強だ。

「そのネタ、よく知ってるね、一葉さん」

「フフッ。あの作品は有名ですからね。私も読んでいましたから。でも私はドジっ子巨乳キャラより文芸部の無口キャラの子の方が好きですけどね」

 一葉さんがライトノベルを読んでいたとは意外だった。それに奇遇なことに俺もメインキャラクターの中では無口キャラが一番好きだ。なぜかって? 普段は感情に乏しい子がデレる瞬間が最高じゃないか。

 なんて他愛たわいもないことを楽しく話しながら、俺達は遅めの夕食を楽しんだ。


    *****


 パスタを完食し、洗い物も済ませてまったりしていると、一葉さんがハッと何かを思い出して唐突に話題を振ってきた。

「そう言えば、勇也君に尋ねたいことがあったんです。聞いてもいいですか?」

「どうしたの、改まって。別に俺に答えられることならなんでも答えるよ?」

「それでは遠慮なく。ゆ、勇也君はゲームに登場する幼馴染ヒロインのような、巨乳な……お、おっぱいが大きい女性が好きなんですか?」

「……はい? なんですと?」

 世界が静止した気がした。一葉さんは今なんて言った? おっぱいが大きな女性が好きかどうか? はっはっは。そんな馬鹿なことを一葉さんが質問するわけないじゃないか。俺の聞き間違いだよね?

「じ、自分で言うのもなんですが私は大きい方だと思います。他のみんなと比べても負けていないと思うんです! 思うんです!!」

 言いながらぐいっと顔を寄せてくる一葉さん。その拍子にたゆんと揺れる二つの果実。しかも今日着ているのは彼女の身体からだにフィットしたシルエットのリブニット。そのせいかいつも以上に暴力的に見える上に、しかも前のめりになっているのでテーブルに乗っかっているのがまたなんとも目に悪い。俺の聞き間違いではなかったのか。

「ねぇ、勇也君。私は……そんなに魅力がないですか? これでも今日本で一番可愛い女子高生に選ばれたんですよ?」

「いや……それは……その……」

「私はこんなにもウェルカムなのに……悲しくて泣いてしまいそうです……」

 およよとわざとらしく片手で顔を覆って泣きをする一葉さん。だけど指の隙間から俺の様子をちらりとのぞいているのはバレバレです。昨日といい今朝といい、やられてばかりいるからここら辺で反撃しておこうか。

「はぁ……一葉さんに魅力がない? そんなはずないだろう? 一葉さんは知らないと思うけど俺はあなたに憧れていた一人だぞ? クールな人かなって思っていたけど実はお茶目で話好き。仕草もいちいち可愛くて、隙あらば誘惑してくるくせに顔を真っ赤にしているのもまた可愛いとか反則だろ! そんな子が自分のことを好きにしていいって言ってきて普通なら耐えられるはずがないだろうが!」

 バン、とおおにテーブルをたたきながら俺も前のめりになる。ビクッ、と肩を震わせる一葉さん。その瞳からは期待と恐怖がかいえるのは俺の願望かそれとも。

「いいか、男はみんなおおかみなんだぞ? おふざけが過ぎると……ほ、本気でお……襲っちゃうぞ? いいのか?」

 なんて言いながら俺の声は震えているし、なんなら手も震えている。慣れないことはするもんじゃないが、これで一葉さんも少しは反省してくれるといいのだが。魅力がありすぎるから軽率なことは言わないでほしい。

 だが、これは完全に悪手。裏目に出た。だって一葉さんたら俺の顔をそっと両手で包み、ご尊顔を近づけてきたのだ。えっ、待って! 近い! 鼻先がくっついている!? ぷくっとした柔らかそうなれいな桃色の唇が目の前にあるんだけど!?

「私はね、勇也君。あなたとなら本気で……いいと思っているんですよ?」

「ひ、一葉……さん。でもそれは……」

「フフッ。わかっていますよ。でもその代わり。私のことをで好きになった暁には容赦しませんからね」

 肉食獣のような鋭くなまめかしい目つきでペロリと舌なめずりをする一葉さん。俺の心臓が大きく脈打つ。同級生とは思えないようえんな仕草に思わずゴクリとつばを飲み込む。このまま真珠のような黒い瞳に吸い込まれてしまうのではないか。

「ち、ちなみに一葉さんの本気ってどれくらいなのかな?」

「そうですね……私が本気を出したら勇也君を一晩寝かせることはありません、とだけ言っておきましょうか」

 幸せとかうれしいとか期待とかを通り越してむしろ怖いんだけど。一葉さんの瞳は完全に獲物を見つけた捕食者のそれになっているし。俺は自分の身体を抱きながら思わず距離を取った。

「なんで距離を取るんですか? あれ、立ち上がってどこに行くんですか? ゲームはしないんですか? 勇也君、戻ってきてください!」

 身の危険を感じた俺はゲームをすることは諦めて寝室に撤退することにした。自分の貞操は自分で守らなければ。

「また逃げられちゃいました。でもいずれ必ず……!」

 ぐっと拳を作りながら決意する一葉さんを視界に捉えた。守り切れるかこの先不安になった瞬間である。

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