第2話 週末何しますか? 勉強会しませんか? その3
*****
俺の直感通り、案の定王子様は体育館を出たすぐの廊下で立ち止まっていた。正直外れていてほしかった。
「二階堂、大丈夫か?」
「よ、吉住!? ど、どうしたの? キミもどこか痛めたの?」
予想だにしていない俺の登場に驚きの声を上げる二階堂。相当痛むのだろう、その額には冬だというのに脂汗が
「まったく。やせ我慢するなよ。本当は歩くのも
「あ、ありがとう。それじゃお言葉に甘えさせてもらおうか───いたっ」
「二階堂!?」
歩き出そうとした瞬間、痛みが走ったのか顔をしかめる。加えてバランスを崩して前のめりに倒れそうになるところを慌てて俺は抱きとめた。
大丈夫かと声をかけようとして胸の中にいる二階堂に目を向けるとばっちり目が合った。その瞬間、甘くていい香りが鼻に届いた。楓さんとは違うけど好きな匂い。胸の中にいる二階堂は耳まで真っ赤にしていた。
「ご、ごめん……吉住。これはその……」
「あぁ……うん。わかってる。痛くてバランスを崩しただけだよな? それを俺は抱きとめただけ。ただそれだけだ」
誰に言い訳しているんだ俺は!? だがこの状況は俺が二階堂を抱きしめている構図にしか見えない。ただ幸いなことに今はまだ授業中で廊下には誰もいないということ。けれど悠長にしている時間はない。急いで二階堂を保健室に連れて行かなければ!
「ごめん、吉住。迷惑かけて……」
シュンとして
「気にするな。それより歩けそうか?」
「ん……ちょっと難しいかな。頑張れば歩けると思うけど……」
「相当痛むんじゃないか。時間もないし……よし。これで行こう」
「え? ちょっと吉住、突然しゃがんでどうするの? もしかして───!?」
あぁ、そのもしかしてだ。神様が俺に与えてくれた妙案は肩を貸して一緒に歩くことではなく二階堂を俺がおんぶして運ぶということだった。誰にも見られていない状況なら恥ずかしさも軽減だし保健室にも早く到着できる。我ながらナイスアイディアだ。
「うぅ……わかった。それじゃ……失礼するね」
恐る恐る二階堂が俺の首に腕を回して
「よしっ。急ぐから落ちないようにしっかり
「う、うん。ごめんね、吉住。それと……ありがとう」
耳元で
誰もいない静かな廊下を歩いていく。二階堂は何も
「すいません、
ガラガラっと保健室の扉を開けながら名前を呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。
「はいは───い! いますよぉ! あ、吉住君! 背負っているのは哀ちゃん? どうしたの?」
カップを片手に白衣姿の若い先生が部屋の奥から優雅に現れた。
この人は保健教諭の三枝
「二階堂なんですが、体育の授業で足を挫いたみたいで……手当てしてもらえますか?」
「わかったわ。それじゃ吉住君、処置するから二階堂さんをそこのイスに座らせてあげて」
先生の指示に従い、痛めた足が地面につかないように気を付けながら二階堂をイスに座らせた。これでひとまず俺の役目は終わりかな。そろそろ体育館に戻らないとまずいな。
「あ、吉住……!」
どこか不安そうな声で俺の名前を呼んで袖を摑んでくる二階堂。
「も、もう少し……もう少しだけ一緒にいて……お願い」
俯き、消え入りそうな声で言われて俺の全身は硬直した。どうした、何が起きたと頭がパニックになっている。
「吉住君。処置はすぐ終わるから一緒にいてあげて。大丈夫、藤本先生には私から説明してあげるから」
救急箱を手にした三枝先生にそう言われたら俺は何も言い返せなくなった。やれやれと頭を搔いてから二階堂の隣のイスに腰かけると、彼女は
「それじゃ二階堂さん、少し触るから痛かったら言ってね?」
靴下を脱がし、赤く腫れている患部を三枝先生がゆっくり触っていくと二階堂はすぐに顔をしかめた。袖を握る手に力がこもる。相当痛むようだ。
「ん……骨には異常はなさそうだね。とりあえず今は湿布を貼っておくけど、必ず病院で診てもらうこと。ねん挫はくせになりやすいし、ましてや哀ちゃんはバスケ部のエースなんだからしっかり治さないとね」
「……わかりました」
「吉住君、今日のところはクラスメイトとして哀ちゃんのサポートをしてあげてくれる? 何かと移動も大変になると思うから、いいわね?」
「あぁ……はい。わかりました」
二階堂は大事な友人だ。それくらいのことはしないとな。
「よろしい! か弱いお姫様を守ってあげるのです!」
「ちょ、三枝先生!? 私はお姫様なんかじゃ───!」
なんだろう。重たかった空気が一転して女子高生のきゃぴきゃぴした感じになった。
「あぁ……先生。処置が終わるまで俺は外で待ってますね」
この女子特有のピンク色な空気感に堪えられなくなって俺は保健室から逃げるように退出した。
*****
迎えた昼休み。俺は体育館には戻らず、
「哀ちゃん、足の
お弁当を食べ終えた大槻さんがカフェオレを飲みながら尋ねた。二階堂の足を考えたら極力移動は控えた方がいいと思ったが、二階堂自身が大丈夫だと言い張るのでいつものようにカフェテリアで食べることになった。
「うん。まだ少し痛むけど歩けないほどじゃないから。週末に病院に行こうと思ってる」
「そっか……それじゃぁ週末の勉強会は……」
「せっかく誘ってくれたのにごめんね。さすがにこの足だと迷惑かけるから。ごめんね」
ぺこりと頭を下げる二階堂。まぁそうなるよな。早期回復のためにもできるだけ安静にした方がいい。試験も近いことだし、無駄な移動をして時間を無駄にすることもない。
「吉住をしごいてしごいてしごき倒すいい機会だと思ったんだけど……残念だよ」
「おいこら二階堂。それはスパルタというより
「安心してください、勇也君。飴なら私がたくさんあげますから! 飛び切り甘い飴をプレゼントします!」
さすが楓先生。俺が褒められて伸びるタイプだってことをよくわかっていらっしゃる。鬼教官によって致命的な心の傷を負った俺を
「甘やかしすぎたらだめだよ、一葉さん。最近でこそ吉住は真面目に授業を受けているけど今まではそうでもなかったんだから。試験勉強も適当だったし、厳しくしないとすぐにサボるよ」
なんでそのことをばらすんだ、二階堂! 俺が一、二学期はすごく適当に勉強をこなしていたことは楓さんには内緒にしていたんだぞ!?
「大丈夫ですよ、二階堂さん。勇也君は毎日すごく頑張っていますから、サボるようなことはないと思います。正直肩の力を抜いてほしいぐらいです」
そう言って優しく
「あ、そうだ! 週末はダメでも放課後はどうかな? ヨッシーもシン君も哀ちゃんも試験期間に入るから部活はお休みでしょう? それなら教室で放課後にみんなで勉強会が出来るんじゃないかな!?」
おぉ。珍しく大槻さんが素晴らしい提案をした。それなら怪我をしている二階堂も一緒に試験勉強をすることができる。楓さんがいるからそんなことはないと思うが、万が一わからないところがあればすぐに先生に質問しに行くことも出来る。イイこと尽くめじゃないか! 見直したぞ、大槻さん!
「フッフッフッ。苦しゅうない。もっと褒めてもよいのだぞ、ヨッシー? 具体的にはジュース一本くらい
うん、前言撤回。ちょっと褒めたらすぐ
「いいですね、放課後にみんなで教室で勉強するの。これなら学校でもお
「頼りにしていますよ、楓先生」
「はい、どんどん頼ってくださいね!」
楓さんがえっへんと胸を張る。その姿があまりにも可愛かったので俺の手は無意識のうちに伸びて、気が付いたときには頭を
「……ねぇ、シン君。どうしてこの二人はナチュラルにストロベリーな空気を
「……秋穂。それは考えたらきっと負けだと思う。見ただろう、課外合宿での星空観察の時のあれを。中々戻ってこない二人を迎えに行ったら───」
「伸二──────!! それ以上は言うなぁ! というか言わせねぇぞ!?」
余計なことを口走ろうとする親友の口を俺は塞ぎにかかる。そういえばあの時はよくも邪魔してくれたなぁ!? おかげで本気で
「一葉さん……キミ、本気で課外合宿の夜に吉住に夜這いをしようとしたの?」
「二階堂さん。これには海よりも深い理由があるんです。なにせあの時の私はいわゆるランナーズハイという状態で……その、勇也君に告白とファーストキスを交わした後だったので……」
だぁぁぁぁぁ!? 楓さんも何を話しているんですか!? 二階堂も
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