ソロ番アルバイト

烏川 ハル

ソロ番アルバイト

   

「今夜はホワイトクリスマスか……」

 誰もいない店の中で、私の独り言が響く。

 レジ台のカウンターに肘をついて、ぼうっと外を眺めていたら、雪が降ってきたのだ。

「どうりで寒いわけだ」

 今さらのように、私はブルッと体を震わせる。

 私のアルバイト先は、駅前の小さな商店街にある、昔ながらの寂れた商店だった。自動ドアのような小洒落た設備はなく、出入り口は、曇りガラスの引き戸になっている。夏も冬も開けっ放しであり、12月下旬の今は、寒い風が吹き込んでいた。


 店によっては、この時期は書き入れ時なのだろう。

 お歳暮とかお年賀とか、ギフトに適した商品だったり。子供向け玩具は、クリスマスのプレゼントとして、いつもは売れないような高額商品まで売れたり。それこそクリスマスという意味では、ケーキ屋とか、恋人たちがデートするレストランとか……。

 でも、この店は、そのどれとも違う。それなのに、店主は副業もあって忙しいため、わざわざ私のようなアルバイトを雇っているのだった。


 特に店主の副業は、夕方以降がメインだ。店の奥にある住居部分の二階を使って、お稽古事の先生をしているからだ。子供たち相手の教室なので、当然、彼らが学校から帰った後が習い事の時間となる。

 そして、その教室が終わるまでは、それの関係で商品が売れることを期待して、店も開いたまま。つまり、こうした個人商店にしては珍しく、かなり遅くまで営業している店だった。

 そのため、バイトも早番と遅番に分かれている。今日のシフトでは、私は遅番に入っているのだが……。

「早番とか遅番とかいうより、むしろソロ番だよなあ?」

 自嘲気味な呟きが、私の口から飛び出した。

 クリスマスのせいで、独り身の寂しさが身に染みるのだろうか。そういえば、昨日私と一緒に遅番だった女の子は、楽しそうに「クリスマスは彼氏と初デートなんです」と語っていたっけ。つまり彼女は今頃、私の知らない男とイチャイチャしているに違いない。


 そんなことを考えていたら、後ろでドタドタと、足音が聞こえてきた。

 住居部分の階段を、子供たちが次々と降りてくるのだ。彼らは、私の横を通って、

「お兄さん、さようなら!」

「また来週、よろしくお願いします!」

 などと挨拶しながら、店の中を突っ切って帰っていく。

 子供たちの集団が消えると、またしばらくの間、静寂が訪れて……。

 再び聞こえてきた足音は、今度は一つ。二階の教室の後片付けを終わらせて、店主が降りてきたのだ。


「おう、待たせたな。今日は一人だったから、大変だっただろう?」

「大丈夫です。なにしろ……」

 客なんて滅多に来ませんから。

 そう口走りそうになるが、思いとどまるだけの分別は持ち合わせていた。私は慌てて、別の言葉を続ける。

「……こうして一人なのも、慣れてますからね」

「せっかくのクリスマスだというのに、寂しいこと言うもんだな」

 店主は笑いながら、軽く頭をかいた。

「まあ、そのクリスマスに遅番のバイトを頼む俺が、言えた義理じゃないが……」

 普通ならば若者は、クリスマスの夜は忙しいはず。そんなニュアンスだったので、僕は冗談を被せる。

「どうせ独り身。遅番というより、ソロ番という感じでしたね」

「ソロ番か。上手いこと言うもんだな」

 店主がニッと笑いながら、愛用のどてらを羽織った。彼が店番をする際の、いつもの格好だ。

「おう、あとは俺がやるから、お前はもう上がっていいぞ」

「わかりました。では……」


 専用のロッカールームなんてないが、一応は食事休憩などに使える小部屋がある。私にとっては、鞄と上着を置いておく場所だった。

 そこで帰り支度をして……。

「お先に失礼します」

「おう、またな」

 最後にもう一度、店主に挨拶する。レジ前のスツール椅子に座り込んで、彼は新聞を広げていた。


 こうして、雪がちらつく中。

 ソロ番のアルバイトを終わらせた私は、アルバイト先のそろばん屋――そろばん教室も開いている店――から、一人寂しく帰宅するのだった。




(「ソロ番アルバイト」完)

   

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ソロ番アルバイト 烏川 ハル @haru_karasugawa

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